第17話 微熱と居場所
夜20時。
生ぬるい風が吹き込むリビングルーム。
ひなたがソファに寝転んだままの姿勢で、右手だけ床に伸ばして本を取る。
「あれ、これ続きじゃないや・・・京-、3巻どれ?」
ソファにもたれてゲームに熱中している京は画面から目を逸らさずに言った。
「そこにあるでしょ。赤い表紙のやつ・・・・あっヤバイ、リカバーっ・・・げっ・・」
忙しなく動く指がコントローラーを叩く。
せっかくの美少女ぶりもメガネと眉間の皺で台無しだ。
「無いよー?」
「ちゃんと見たー?よっしゃ!・・・・あ、ココに鍵があったんだ・・・」
「探してるー・・・」
そんな二人の様子をキッチンから眺めていた実が、手を止めてこちらを見た。
「京の横の攻略本の上」
「あった」
「もうそうめん出来るから、テーブル片付けてよ」
食器棚から器を出しながら多恵が口を挟む。
「「はーい」」
「ひな。柊起こして」
京の横でバスタオルを被って熟睡中の柊介を指して実が言う。
「京、あんたお昼も食べてないんだから夜くらいちゃんと食べなよ。ほら、セーブして」
多恵が相変わらず動こうとしない京に釘を刺す。
放っておくと何時間も寝食忘れて没頭するこのゲーム魔人を止めるのは至難のワザだ。
「わかってるー」
生返事を返す京の手から、次の瞬間コントローラーを奪ったのは柊介の手だ。
眠たそうな目を擦りながら言う。
「結構進んだなー。てかお前クマ出来てるぞ、今日は寝ろよー」
「うん。いい具合に眠たくなってきたし今日は寝れそう・・・」
ひなたは柊介がほったらかしたバスタオルを畳むとソファから立ち上がった。
「何かしよっか?」
「麺つゆ出して、しその葉切って」
「はあーい。あ、梅干入れていい?」
「いいよ。多恵、ドレッシングどっち?」
実がボトルを二つ持って尋ねてくる。
サラダボールにはレタスとプチトマトと山盛りの大根。
「オニオンに一票」
「あたしは和風がいいなー」
京が伸びをしながらキッチンに入ってくる。
あくびをしながら多恵に抱きついた。
「じゃあ京の好きな和風にしよ。ちょっと熱っぽい?」
肩越しに触れた頬が熱い気がして振り返る。
眠たさでぼんやりした目の京が瞬きをして首を振った。
「ダイジョブよ?」
すかさず実が額に手を伸ばす。
「37℃ちょっと」
昔から京の体調には人一倍気を使ってきたので、おおよその体温は分かる。
すぐに部屋にとってかえして上着を羽織らせた。
「寒気は?」
「無いよ?お腹すいたしー」
「俺、今日こっち泊るからな」
「・・・・だから大丈夫だって」
ジト目で実を見上げるも頑として聞こうとしない。
さすがに丸二日ゲーム三昧は悪かったかしら・・・・
「夜に熱上がったら困るでしょ?居てもらいな」
多恵がコツンと頭を寄せて言った。
「わかったわよー」
「じゃあ京にはしっかり食べて風邪吹き飛ばしてもらわなくちゃね」
ひなたがそうめんをお盆に乗せながら言った。
「夏休みの宿題もそろそろ手をつけなきゃヤバイ時期だし、寝込んでる暇無いぞ」
柊介がテレビの横に掛けてあるカレンダーを指差していった。
後2週間で夏休みが終る。
「ほんとだわ・・・・」
気付いたら、一番嫌いな8月上旬は終わっていた。
同じように5人で過ごす毎日を繰り返していくうちに終っていたのだ。
そんなことにも気付かなかった自分にビックリして京は笑った。
「熱上がったか?」
実が心配そうな顔でこちらを覗きこんで来る。
「ちがうの。思い出し笑い。もう過ぎてたんだなと思って、日にち見ないようにしてたから」
「・・・・うん」
痛いような優しい顔で実が笑う。
ひなたと柊介がテーブルに食器を並べながら、ちらりとこちらを見たが何も言わなかった。
多恵は黙ったまま背中に凭れている京の髪を撫でる。
こういう、優しい日常に守られてきたんだ。
気づかない振りの、柔らかい空気に包まれてきたんだ。
「・・・おなかすいたわ」
こみ上げる思いはあるけれど。ここがあるなら。
「ご飯にしよっか」
多恵が言って、京の腕を掴んでテーブルに向かう。
その背中に向かって言ってみる。
「私、元気よ?」
「知ってるよ」
4つの声が返ってきた。
ここが、あるから。笑えるよ?
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