第16話 きっと彼女は振り向く
表向きには平穏な毎日。
けれど、水面下では色んな感情が渦巻いている。
たとえば、好意とか、敵意とか。
★☆★☆
「えー!!望月さん!?」
「そー。らしーよー」
「そりゃー誰も文句言えないわ・・・美男美女カップルだもんねー」
「でも、年上彼女かぁ・・・和田君のこと好きだけど、学園のマドンナ相手に喧嘩売れないよねー」
「え・・違うよ」
「へ?なにが?」
「望月さんって、南のほうじゃなくって妹のほうだよ」
「え・・うちの学年の?」
「えーあの地味な感じの子がぁ?」
「うっそ・・ありえなーい」
「だから、みんな納得いかないって言ってる」
「わー・・・そりゃそうだよねー・・あのパッとしない妹じゃあねー・・・」
聞こえてきた複数の話し声。
思わず耳をふさぎたくなるような会話。
多恵は眉間にしわを寄せたままで盛大に溜息を吐いた。
どうして、悪口ほど良く聞こえてくるんだろう。
こーいう”ひがみ”や”妬み”には人一倍敏感なのだ、経験上。
馬鹿は無視。馬鹿は無視。
必死に言い聞かせながらトイレのドアを開けて中に入る。
「それにしても望月ひなたぁー?」
「ねーぇ・・・あ・・」
多恵に気づいた1人が奥に居た2人に慌てたように声をかける。
「・・・・」
無言を通したのだけれど、やっぱり性格上、上手く躱すことは出来なかった。
自分の性格を好戦的だとは思わない。
だけど、身内を馬鹿にされて黙っていられるほど馬鹿じゃないの。
「な・・なによっ」
無言の威嚇を受けて、1人が言い返す。
と、周りの反応は早かった。
「言いたいことあるなら言えば!?」
売られたケンカは買う。
いつだっけか、矢野が言ってたっけ。
”売られたケンカは受けて勝つ”
思い出して小さく笑う。
「・・・別に・・・あんたたちがあの子が居ないトコで何言おうと勝手だけど・・しょーもない僻みで、ひなたのこと傷つけたら承知しないから」
「僻みってなによ!あたしらは事実を言ったまででしょ!大体、望月さんなんて、お姉さんにいいとこみんな持ってかれちゃってるじゃない。地味だし、美人でもないしっ」
「大体、なんであんな子を和田君が選んだのか全然わかんないよねー」
「気まぐれじゃないの?」
畳みかけるように言われて、それでも足は昔のように震えなかった。
つくづくあたしは、団地組好きだな。
改めて実感して、胸が痛くなる。
愛しくって。
多恵は通り過ぎようとしたひとりの女子生徒の手首を掴んだ。
言い逃げ出来ると思うなよ。
心の中で毒づく。
「・・・ひなたが可愛いからだよ」
「何言ってんの?」
「あんたたちより、ずっとずーっとひなたはまっすぐで、可愛い。そういうとこに、和田は惹かれたんだよ」
こういうところで和田の代弁するのは本当に腹が立つけれど。
★★★★★★
「矢野ーぉ」
「はいよーご指名かしらん?」
教室に戻って、窓際の席でひらひらと手を振る矢野を見つけてホッとする。
今日みたいな時には、矢野が良い。
足早に近づいてきた多恵を見て茉梨が一瞬顔を顰めた。
顔も見ただけで、何かあったことを見抜かれてしまうとは・・・
その表情を見て、多恵は肩を竦める。
貴崎は、矢野のこういうとこが何とも言えず良いんだろうなぁ・・・・
「大丈夫だから」
「・・・ほんとに?」
「うん。でも、ちょっとオネガイが」
「なに?」
「絆創膏ちょうだい」
「ケガしたの?」
「・・ちょっとね」
せっかく笑ってみせたのに、茉梨が目ざとく多恵の手首の傷を見つけた。
誤魔化す方向で持って行く予定だった展開を、暴露の方向に変更する。
「SHRふけよう」
有無を言わさず茉梨がそう言って立ち上がる。
柊介と勝は体育館でバスケ中だ。
居なくて良かった。
心の中で多恵はこっそり思う。
絶対みんな怒るに決まってるから。
★★★★★★
「爪だぁねーぃ」
綺麗に傷が走った赤い手首を掴んでまじまじと眺めた後で、まるで鑑識のようなセリフを茉梨はだらけた口調で言ってのけた。
「・・・はい、おっしゃる通りで」
「どこで?誰にやられた?お礼参り行っとく?」
ニヤッと笑ってみせた茉梨。
彼女みたいなのを好戦的というのだ。
自分を含めてとにかく周りの友達は”身内”にとことん甘い。
「・・・やーのー」
「はいよっ」
さっそく立ち上がろうとした茉梨の腕を引っ張って古い革張りのおなじみソファに彼女の体を引っ張り込む。
空き教室の一角で、消毒液を片手にしかめっ面の茉梨がシュッシュと多恵の手首に向かってスプレーを振りかけた。
「これは不可抗力だからいーの。・・・大事な喧嘩は勝ったからいい」
「・・あんたが女のやっかみ買うとは思えないんですけど・・・ひなた絡み?」
「・・・」
「多恵ー。黙り込むのは図星の証って前に教えたでしょーがぁ・・」
多恵の眉間のしわを突いた後で、茉梨がその手で彼女の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「ひなた守ったんだねぇ。えらいっ」
「・・・でしょ」
誇らしげに笑った多恵を嬉しそうに眺めながら、茉梨が出際良く少し大きめの絆創膏を手首に貼りつける。
日ごろから生傷が絶えない彼女らしい。
消毒液とにおいのしない湿布包帯に絆創膏にガーゼ。
茉梨が何処からか持ってきた救急箱の中にはぎっしりとお手当グッズが揃っている。
茉梨のことを心配した勝が用意したことは容易に想像出来てしまう。
「だーけーど・・・」
「なに?説教」
「そーよ。ありがたぁーいお説教」
「うーわー矢野にだけは説教されたくない!」
「なして!?結構良いコト言うよ」
「自分で言うなっての」
「だって事実だしー・・・とにかくさぁ。今度から、喧嘩売る前に後ろ振り返ってみ」
「・・・え?」
「あんたがちっさい傷一個つけただけで慌てふためく、井上多恵至上主義な連中が後ろにたーっくさんいるんだから」
「・・もーちょと自重しろって?」
「そーゆーこと。・・・危なっかしいでしょ」
やたらと大人びた茉梨の口調に、思わず多恵が噴き出した。
「なんで笑うー?」
「いっつも危なっかしいのはあんたでしょ」
「あーそう。じゃあ、危なっかしい者同士だ。ちなみに、あたしも結構慌てふためいてたんだからね。・・・一応言っとく」
「・・・はい・・ごめん」
珍しく素直に謝った多恵。
笑ってみせた茉梨が視線を廊下に向ける。
近づいてくるふたつの足音。
「そーれはー・・・あっちにも言ってやりな」
その直後、勢いよくドアが開いた。
「茉梨ー。井上もこっちいる?」
「あ、いた。ひなた、多恵こっちいたよ」
携帯越しに柊介がひなたに多恵発見と伝える。
勝が茉梨の手にある絆創膏の紙くずを見て怪訝な顔をしてこちらを見た。
その視線に茉梨が笑顔を返す。
「円満解決。万歳イエー」
振り向いたら、いつもそこに居てくれるの。
だから、いつも、平気なんだよ。
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