第19話 ミニスカートと団地組

店の定休日に、珍しく実家に戻ってきたエリカが、お馴染の顔ぶれを見るなりいきなり言った。


「ちょっと!あんた達もっと足を出しなさいっ!」


いきなり真顔で何を言うのかとひなたは首を傾げた。


京は我関せずと言った様子でゲームに没頭しており、多恵はというと、あからさまに嫌そうな顔をした。


「エリカ姉、突然どうしたの?」


「ひな!あんたいくつ!?」


傍若無人を絵に描いた様な、実の姉には昔から慣れている。


それでも、捲し立てる様に言われて、思わずひなたは目を丸くした。


「え・・・17歳・・」


「でしょ!花も恥じらう、天下無敵の女子高生!そーよね、多恵!」


「花は恥じらわないけど、女子高生では、あるよ」


さも嫌そうに言った多恵をびしっと指さして、エリカが最後のターゲットに狙いを定めた。


突き刺さる様な視線を向けられても、微動だにせず液晶画面を睨み付ける京。


「高2だから、足出さなきゃならないなんて法律無かったと思うけど?」


方向キーと指示ボタンを押す手は止めずに鋭く切り返した。


確かに、何処を探しても、17歳の女子高生の服装をミニ限定と定めている国なんてあるわけがない。


「そういう捻くれた答えはいらないのよ!腹立つわねあんたはっ!」


氷の美貌と評される京の、陶器のように滑らかで、美しく整った顔を睨み返して、エリカが憤然と言い放つ。


「エリカ姉に怒られても怖くないし」


「面倒くさいけど」


食事以外の事柄に対しては、誰にも文句を言わせない自信がある京がしれっと言って、多恵がすかさず続ける。


ガミガミ怒る口煩い姉だが、決して怖くはない。


母親が子供を怒るのが日常茶飯事であるように、エリカの怒鳴り声に慣れてしまったせいもある。


嫌味たらしくはないが、説教が始まると長いところが面倒くさい。


ので、適当に返事をして謝るに限る。


が、今回ばかりは三人揃って否と答えた。


「エリカ姉~。だって、南ちゃんみたいに足長くて綺麗ならいいけど、あたしは背も低いし、足も短いし」


「ひなっ!何言ってんのよ!世の中の女の子が皆南みたいだったら男がへっぴり腰になるでしょうが!あんたはその可愛らしさを活かして、清楚系のお嬢様スタイルで纏めればいいの!膝上プリーツのミニスカならバランスもいいし、いける!」


「次!京!!あんたは、文句なしに細いし足も長いし、南並みにスタイルいいんだから!足を出さないのは、罪よ!」


「・・・ミニなんて履いたら、胡坐掻いてゲームできないでしょ」


確かに、いつも部屋に戻るとすぐに制服からマキシワンピに着替えている京。


リビングのソファか、ラグの上に陣取って、途端置物のように動かなくなる彼女の服装のわけは、こんなところにあるらしい。


すらりと長い手足を持つ京には、マキシワンピも良く似合っていた。


が、エリカは妥協を許さない。


「あのねぇ、17歳の輝きは一瞬のうちに消え去るの!そんなロング丈はいつでも履ける!!今はとにかく綺麗な肌を世間に知らしめる時なのよ!」


「・・・くだらな・・もがっ」


「みーやこー、ちょーっと黙っとこうなぁ」


それまで傍観者を決め込んでいた実弟の実がここに来て参戦してきた。


これ以上話がややこしくなると非常に困る。


見た者を震え上がらせる氷牙の視線を受け止めて、京の口を押さえたまま必死に首を振る。


「文句は後でちゃんと聞くから、ここは抑えて」


「・・・」


京が盛大に溜息を吐いて、小さく頷いた。


それを確認して実がそっと腕を離す。


と、その間にもエリカのターゲットは多恵へと移っていた。


「そして極め付けがたーえー!!!」


「あたしは好きでこーゆう恰好してんの」


基本的に体型を隠すゆるめスタイルが定番の多恵。


本日のお召し物は、ドルマンのロングTシャツにパーカ、ロールアップのボーイフレンドデニム。


これでスニーカーを履けば、いつものスタイルが完成する。


団地組の中でも断トツでスカートを履かないのが多恵だった。


ひなたたちも、制服以外でスカートを見たことがない位だ。


「あんたは女の子なのよ!?」


「それは、嫌って程知ってる」


吐き捨てる様に言って、多恵が肩を竦めた。


「たまには可愛い格好しなさいよ!」


「あたしは、こういう多恵の格好も可愛くて好きだよ?色合いも可愛いし」


的確にフォローしたのはひなただ。


自分が迷った一言をすんなり口にされて、隣で柊介が苦い顔になる。


それを見ていた京と実は、一瞬だけ視線を合わせてすぐに逸らした。


ひとまず、このフォローは後回しと即決したらしい。


「可愛いわよ!?カジュアルスタイルも動きやすくて好きだってのも分かる!けどね、もっと可愛くもなれるって言ってんの!!」


「それは、エリカ姉がたまに髪弄ったりメイクしてくれるので十分だってば」


「勿体ないでしょ!?」


「何が、誰が?」


「あんたの中の17歳の女の子がよ!」


大声で言って、エリカがずいっと身を乗り出す。


顔を出すのを嫌がる多恵は、いつも前髪を瞼ぎりぎりまで伸ばす。


その長めの前髪の奥に隠れた、綺麗な瞳を真っ直ぐに見たいと思うのに。


髪を切る時のように、頬に手を添えたエリカがじっと多恵の目を見つめる。


慣れた人間でも、まじまじと見つめられることに慣れない多恵は、落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。


けれど、エリカは追及の手を緩めない。


左右の頬から顎のラインをじっくり見て、額を覆う前髪をかき上げて、うんうんと頷く。


「文句なしに素材はいいのよ!肌艶も良いし、きめ細かい肌してるし!これであんたがメイク道具持ち歩く女子高生だったら、絶対モテたのに!」


どこで育て方間違ったかしら?と真顔で呟くエリカ。


そのすぐそばでは、仰天した柊介が、答えに困って複雑怪奇な表情を作る。


多恵の良さは、身内だけが知っていればいい。


それは、団地組の中での暗黙のルール。


外の世界に傷ついた多恵を守る砦になるのだと、皆で誓ったあの日から。


多恵の存在価値は、団地組の中だけで守られてきた。


「も、モテなくていいよ!」


我慢しきれず、柊介が言い返す。


決死の覚悟で放った一言に、その場の空気が一瞬凍る。


ひなたは思わず、え!?と声を上げ、京と実は無言で視線を交わした。


エリカは、弟分の唐突な一言に瞬きを繰り返す。


唯一、多恵だけが表情一つ変えなかった。


「そうそう、柊介の言う通り、モテる必要なんてないし。そういうのは、友英のマドンナと次期マドンナに任せてるから」


さらりと言って、多恵がエリカの手を優しく解く。


柊介の一言に、別の意味が込められていることになんて、これっぽっちも気づかない。


ひなたは、今度は多恵の反応に、え!?と声を上げた。


なんでそっちの方に取るの?とその顔には書いてある。


当の本人である柊介は、多恵の予想通りの反応に、ほっとしたような、悔しいような、なんとも言えない顔だ。


「勝手に次期マドンナにしないでよね」


「他の人に譲ったら怒るよ」


「可愛くない言い方ー」


「みや、あんたあたしに可愛さなんて求めてたわけ?」


「あたしは求めてないけどー、求めてる人もいるのよって話」


「はあ?」


意味わかんないし、と多恵が顔を顰める。


京はそれ以上言及せずに、再びゲームを始めた。


団地組の中で、京の美しさを誰よりも誇らしく思っているのは、他ならぬ多恵だ。


回りからどれだけ注目を集めても、我関せずで好きな事を選べる強さが、多恵には羨ましい。


折れそうに細くて、すらりとした長身の中に詰めこんだ強い思いを、目の当たりにしてきたせいか、多恵にとって京は、一種の憧れでもあった。


一度も口に出した事は無いが、京はそれをちゃんと気づいていて、時々多恵が、分かりにくい愛情表現をするたびに、甘える。


「重いよ、実のほう行きなって」


「実より多恵のほうがあったかいの」


腕を絡めた京が、ひなたに向って手招きする。


「女子の方が柔らかいしね」


「・・・京・・・あんまり言いたくないけど、京から見たら、男女問わず全員が柔らかくてあったかいと思うよ」


体脂肪率に物凄く差があるであろう幼馴染を見つめて、ひなたが控えめに進言した。


骨と皮で出来ているといわれる京と比べれば、誰もが肉厚で高体温だ。


「あのねぇ、あたしだって別に無理やりミニスカ履かすつもりなんてないのよ」


弟たちのやり取りを見つめていたエリカが、人差し指を突き立てた。


「たーだ、たまに帰って来たお姉ちゃんに、可愛いカッコして見せて欲しいなって言ってんの、どう?」


「そーゆう言い方卑怯だと思うけどー?」


「あんた達の髪、スペシャルトリートメントしたげるわよ?」


「え、ほんと!?」


片眉を上げた京が言えば、エリカの提案にひなたは目を輝かせる。


「じゃあ、みやとひなに任せた」


多恵はあくまで部外者を気取るつもりらしい。


が、エリカがそれを許すはずも無く。


「モテるモテないじゃなくて、ね。あんた達だって、可愛い多恵を見たくない?」


逃がすものかと先手を打って、実と柊介に向って尋ねた。


「そりゃあ、見たいよ、な?」


実がそれとなく水を向ければ、柊介が真っ赤になって頷く。


「ここでなら、見たい、よ」


柊介が物凄く言いにくそうに、そう告げた。

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