第20話 団地組と水遊び+α
たらいに映った真っ青な空を見て、柊介が夏だな、と当たり前の事を口にした。
多恵が爪先で蹴った水が、焦げたアスファルトを濡らす。
ひなたがスカートを膝上まで捲り上げた。
白い太ももが露わになって、慌てたように和田が周囲に視線を巡らせる。
「誰もいないって」
実が呆れたように言った。
「まー気になるわな」
柊介が意味深に笑って和田の肩を叩く。
「部活やってる子以外は皆帰ったでしょ。
わざわざこんなクソ暑い中、冷房効かない学校に残ってるのなんて、補修組か、うちらぐらいでしょうに」
肩を竦めて、多恵が京の手から団扇を奪い取った。
勢いよく風を送り始めた多恵に、京がスカートの中も扇いでいい?と訊く。
「駄目に決まってるだろ!」
すかさず実が突っ込んだ。
途端に、柊介と和田から胡乱な視線を向けられて、実が視線を逸らす。
多恵が可笑しそうに肩を揺らした。
柊介が、たらいを囲む3人の傍でしゃがみこむ。
「それにしても、よく見つけたなー、ひなた」
「食堂のおばちゃんが、要らないからってゴミに出そうとしてたの」
「捨てる前に、使うのもありよね」
暑さに弱い京がしみじみ頷く。
「ありだよね」
多恵も続いた。
短縮授業が終わった後、図書室に向かおうとしたひなたが、食堂前で、大きなたらいをゴミ置き場に運ぼうとする調理師のおばちゃんと遭遇した。
不要になったというそれを、ごみ置き場に持っていく代わりに、ちょっとした水遊びを思い付いて、今に至る。
当然のように集まった団地組+和田。
もうすでにお馴染になったメンバーだ。
さすがに全員が足をつけるのは難しく、問答無用で女子優先ちいう事になった。
しかも、ラッキーな事に、食堂から大漁の氷を差し入れして貰ったので、たらいの水は物凄く冷えている。
中庭の片隅(勿論日陰)で開催された水遊びは、なかなか素敵な納涼タイムとなった。
柊介が体育館から取ってきたパイプ椅子に座って、ひなたがゆらゆらと足を揺らす。
いつもは、ハイソックスで隠されている脹脛や足首が、
目の前に晒されて、直視しても良いものか悩んで、
それでも視線を逸らせない和田に対して、
常日頃から、幼馴染の生足を拝んでいる柊介と実は余裕の表情だ。
柊介がちらりと和田を見上げた。
本音を言えば、せめて膝まで隠して、と言いたいところだが、惜しい気もして、何も言えない。
和田の複雑な心境を読み取った柊介は、内心ほくそ笑む。
これで、ひなたの部屋着は、生足、ショーパン、って知ったら、死ぬな、コイツ・・・
チラリと浮かんだ意地の悪い考え。
団地組の女子が、身内に対して悉く無防備なのは今に始まった事ではない。
ひなたが、風呂上がりでも平気で柊介の部屋に来るなどと知った日には、和田に2,3発殴られるだろう。
「柊介」
ひとりニヤニヤ考え込む柊介の耳を引っ張って、多恵が言った。
「イッテ・・・何、どした」
「なんかやらしい事考えたでしょ」
「っは?考えてねぇよ、ただちょっと・・・」
「何よ」
「ウチでのひなたの様子、伝えたらどーなんのかなーとか・・・思ってさ」
柊介の言葉に、多恵が一瞬黙り込む。
「そりゃあ・・・鼻血拭いて倒れるんじゃない?」
「だよなぁ」
「間違いなく」
しみじみ頷いた多恵の手から、団扇を抜き取って、柊介が風を送ってやる。
因みに、多恵の部屋着は颯太からぶんどったお洒落ステテコだ。
それでも暑い時は、ステテコを膝上までまくり上げる。
ので、多恵の太ももは見慣れている。
が、それでも多少意識してしまうのは、この状況故だろうか。
多恵が氷を蹴った。
水しぶきが上がって、ひなたと京が嬉しそうな悲鳴を上げる。
「きゃー!!冷たい!!」
「足冷やすだけでも体感温度って下がるのね」
じっと黙り込んだままの柊介の視線を先を辿って、多恵が小さく言った。
「・・・柊介」
「え、何?」
「あたし、太った?」
「は?何で」
「あんた、さっきからあたしの足ばっかり見てるから。太ったかと思って」
言うなり多恵がたらいから右足を持ち上げた。
膝上まで捲れたスカートが更にずり上がる。
「なっ・・・!!」
目を剥いた柊介の掌が多恵の膝頭を掴んで、水の中へと押し込んだ。
さっきとは比べ物にならない位の水しぶきが上がる。
「浸けとけ!!」
「ちょっと、柊!水撥ねるってば!」
何も気づかない多恵が、迷惑そうに言った。
ひなたと京は、顔を見合わせて苦笑する。
背後では、実と和田が肩を震わせて笑っていた。
大人しく両足を揃えた多恵が、全く空気を読まずに話を戻した。
「んで、やっぱり太ったと思う?」
「何で俺に訊くんだよ!?」
「だって、いつも見てるから、分かるかと思って」
「見てねぇよ!!」
柊介が大声で言い返す。
和田が、もう限界!としゃがみ込んで笑い出した。
「だ、大丈夫?和田くん・・・」
ひなたが和田の肩を叩く。
「何で逆切れしてんのよ、あんたは・・・」
多恵が眉間に皺を寄せた。
京から視線を向けられて、実が助け舟を出す。
「多恵、別に太って無いと思うよ」
「ほんと?ならいいんだけど・・・最近運動してないしな・・・」
「・・・バスケ、すればいいだろ。ボール拾いじゃなくてさ」
柊介が赤い顔を背けたままで言った。
最近、体育館に来ても、多恵は汗を掻くのが嫌だから、とボール拾い位しかしていない。
柊介としては、多恵とバスケがしたいのだが、彼女との1ON1は、団地裏のコート限定になっていた。
それはそれで、特別感があって楽しいが、如何せん外で、蚊に噛まれるし、外灯も薄暗い。
やはり、体育館のコートでやる方が数倍楽しいのだ。
けれど、多恵はあっさり首を振った。
「だって、汗だくで帰るの嫌だし。だから、今日もボール拾いなら、したげる」
「じゃあ、帰ってからシュート練習付き合って」
「・・・いいけど」
「よしっ」
言質を取った柊介が嬉しそうに頷く。
と、多恵がぐるっと視線を巡らせた。
「付き合うよね?」
ひなた、京、実に問いかける。
「いいよー」
「わーかったわよ」
「付き合う」
三人の返事を聞いた多恵が、思い出したように言った。
「あ、そうだ、ひなた!足は隠して来なよ?やぶ蚊多いし。あんた絶対噛まれるから、いつものショーパン禁止」
ショーパンという単語に、和田が硬直する。
それから、鋭い視線を柊介と実に向けた。
まさか、いつも見てるんじゃないだろうな・・・?とその目が語っている。
制服では、絶対に見えない場所。
こんな機会でもないと滅多にお目にかかれない太ももが、幼馴染の前に、平然と晒されている事実。
和田の顔色がみるみる青くなっていく。
当然、和田がこれまで一度も、見たり、触れたりしたことのない場所だ。
それが、彼らの前に・・・
面白い位動揺する和田の顔を横目に、柊介は笑みを浮かべた。
多恵が、ああなのは仕方ない。
そもそも柊介や実が居る前で警戒しろ、というのが無理な話だ。
多恵にとって、和田は、どうでもよい存在。
ひなたが、和田に淡い恋心を抱いているようなので、一応テリトリーに入っても、許しているが、それ以上でもそれ以下でもない。
いついなくなっても構わない、その程度の存在だ。
だから、多恵が、和田の目の前で無防備にスカートから足を覗かせようと、彼女にとっては、大したことではない。
和田は空気の様なものだから。
が、柊介にとっては、非常に面白くない。
そして、目の前に仕返しのチャンスは転がっている。
柊介は大仰に肩を竦めた。
「そうだぞー、ひなた。お前はいっつも夏、足出し過ぎ。昨日も京の家のテーブルで、太ももぶつけただろー?南ちゃんといい、ひなたといい、無防備に足出して、怪我しすぎだ」
ひなたが即座に顔を顰める。
「えー、でも、昨日アレは、柊介が床に置きっぱなしにしては、バスケ雑誌に躓いたんだよ?もとはと言えば柊介が悪いでしょう?」
唇を尖らせる幼馴染に笑顔を向けて、柊介がちらりと背後を振り返る。
剣呑な視線を向ける和田に向かって、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「あーあれは、俺が悪い、ごめんな。だから、ちゃんと絆創膏貼ってやっただろ?」
「!!!」
青白かった和田の顔色が、一気に白くなった。
見ただけではなく、触ったという事実に、もはや言葉も無いらしい。
思い切り打ちのめされて、項垂れる和田を横目に、柊介が満足げに頷いた。
「とりあえず、今日はズボン履いてきな」
「うん、分かったー。あれ・・・和田くん、どうしたの?何か具合悪そうだけど、大丈夫?」
和田の異変に気付いたひなたが、慌てたように問いかける。
「あー、いや、大丈夫じゃないっていうか、うん・・・どうしようもないから・・・」
「え、え?な、なにが?」
意味が分からずひなたが首を傾げる。
まさかここで、俺にも触らせて、などと言えるはずもなく。
(仮に言ったとしても、その場で団地組に締められる)
無言で和田が、一ひなたの指先を握った。
ひなたが驚いたような顔をするが、指は解かない。
精一杯の強がりで、和田が言った。
「何でもないよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます