第21話 彼の評価と実際の・・・

和田くんってどんな人?と聞かれれば、皆が口を揃えてこう言う。


「優等生」


「文武両道」


「温和」


「優秀」


そう、非の打ち所のない、完全無欠の高校生が和田竜彦だ。


そんな彼は、勿論、彼女であるあたしの前でも、常に、優しくて、穏やかで、完璧な人。


なんだけど・・・


★★★


”今日は授業の後、定例会だから”


彼からの言葉にあたしはこくりと頷いて、先に帰ると伝えた。


文化部と運動部の各部長、副部長が毎月顔を揃える、定例会。


生徒会役員も交えて、各部の活動状況や、練習場所の変更相談、練習時間について報告し合う。


友英会役員である彼は、勿論参加必須。


生徒の自主性を重んじる、自由な校風が売りの友英学園は、部活動や、行事などのイベントの運営の殆どを生徒たちが行っている。


教師陣は、ハンコを突いて許可を出すの以外は、会議などにもほぼ顔を出さない。


その為、友英会役員に課せられる責任は重く、また、その仕事量も半端ない。


そんな忙しい彼なので、一緒に下校できるのも週に1、2回程度だ。


資料を纏めるから、と授業が終わると直ぐに会議室に向かった彼。


あたしは掃除を終えて、真っ直ぐ帰るつもりだったけど、会議まで時間がある事に気づいて、少しだけ彼に会いたくなった。


「ひなー帰る?あたし、部室寄るけど」


多恵がカバンを持ってこちらを伺っている。


「ううん、会議室覗いてみる、後で行くね」


「分かった。居なかったら、体育館だから」


柊介が、珍しく京を連れてバスケをしに行ったのだ。


気分転換らしいけど・・・


最近、また京の食欲が落ちてるから、倒れないか心配だ。


「京、大丈夫なのかな?」


「梅雨明けしたら、もうちょっと食べるでしょ。矢野が残して行った菓子パン食べさせるか」


多恵の素晴らしい提案に、最低でも、半分は食べるように、と、京に伝言を頼んだ。


多恵とぶちぶち言い合いしながらでも、食事してくれたいいけど・・・


只でさえ食が細い京は、ゲームに没頭すると、平気で食事を抜く。


誰かが気を付けていないと、貧血でばったり、ということがままあるのだ。


昔から面倒を見ている実が甲斐甲斐しく世話を焼いているけれど、それでも、食事面のフォローは絶対、多恵か、あたしに限る。


多恵は怒って、あたしは泣いて、京に食事させられるから。



★★★★★★



目的地に辿り着いたあたしは、会議室のドアを少しだけ開けてみた。


話し声はない。


あれ・・たっくん、まだ来てない?


先に出た筈の和田くんの姿を探して視線を巡らせると、口の字に並べられた長机の端に腰掛けている後姿を発見した。


ほっとして、小さく呼びかけてみる。


が、返事が来ない。


「・・・あれ・・?」


怪訝に思ったあたしは、失礼しまーすと小声で言って、中に入る。


何となく、そんな予感はしていたのだけれど・・・


間近まで言っても、彼は顔を上げない。


「やっぱり・・・」


疲れ気味の和田くんは、椅子に座ったまま熟睡していた。


腕を組んで、俯いて目を閉じる彼の顔をまじまじと見つめて、あたしは小さく溜息を吐いた。


寝顔なんて、見た事がなかったから。


癖のない黒髪が、窓から吹き込む穏やかな風でサラサラと揺れる。


試合が終わった後、無造作に前髪をかき上げる袴姿の和田くんを思い出して、あたしはちょっと恥ずかしくなった。


こんな格好いい人が、彼氏・・なんだ・・


学園でも1,2を争う人気者。


友英会に入ってからは、更に人気が加速して、下級生からも憧れの先輩と名高い。


どんどん遠くなって行っちゃうな・・・


人気者との付き合い方は、姉である南ちゃんで慣れてたつもりだったけど。


家族と彼氏は、やっぱり違う。


当然なんだけど・・・


誰かが来たら、すぐに目を覚ますだろうし、ここに居るのも良くない気がして、あたしは、名残惜しい気持ちを飲み込んで、踵を返す。


夜に電話で、眠ってたの知ってるよ、と言って驚かせよう。


転寝してるたっくんって、超レアだし・・


幸せそうな寝顔に胸の奥がきゅうっとなって、あたしは自然と笑顔になった。


と、歩き出そうとした途端、手を引かれた。


「っ!?」


ぎょっとなって振り返ると、目を擦りながら、和田くんがこちらを見上げている。


「嘘・・・」


「何で何も言わずに帰ろうとしてるの?」


目を覚ましたらしい彼が、怪訝そうな顔をした。


「眠ってるの、邪魔しちゃいけないと思って・・」


「ひなたが邪魔になることなんて、ないよ」


穏やかに告げられて、頬が熱くなる。


彼の言葉は、いつでも、思いやりに溢れていて、優しい。


「まだ時間あるから、おいで」


そっと指を引かれて、あたしは振り向かざるを得なくなる。


パイプ椅子に腰かけてる彼に、両手を握られて見下ろす形になったあたし。


「い、いつ起きたの?」


「さっき・・・さすがにこれだけ近くで人の気配がしたら、気づくよ」


武道をしている人ってそうなのかな?


茉梨ちゃんなんて、一度寝たら地震でも起きないって貴崎くんがぼやいてたけど。


「あの・・あんまり長居しない方がいいかなって・・思うんだけど・・」


もうすぐしたら、ぞろぞろと生徒が集まり始める筈だ。


さすがに、誰かと鉢合わせする勇気はない。


「補修組もいるから、会議は16時半からだから」


笑って、和田くんがあたしの顔をじっと見た。


「誰かに見られたら困る?」


「困るって言うか・・・恥ずかしいし」


俯いて告げれば、彼が小さく笑った。


「別に見られて困る事してるわけじゃないんだから・・・」


それはそうだけど、わざわざ会議前に彼氏に会いに来た彼女って思われるのが、ちょっと・・・


とは言えずに唇を尖らせると、彼が立ち上がった。


あたしの手を引いて窓際まで移動する。


夕日が挿し込んで眩しいな、と思ったら、彼が纏めてあったカーテンを引っ張った。


ぐるりと二人を隠す様にカーテンを巻き付けて、和田くんが、これでいい?と笑う。


「・・・」


唖然としたあたしを見下ろして、和田くんが少し距離を縮めた。


両腕にすっぽり納める様に抱きしめられる。


前髪に唇と吐息が触れて、思わずぎゅっと目を閉じた。


声を出さずに彼が笑った気配がして、次の瞬間唇が重なる。


触れるだけの羽みたいな甘いキス。


「こうしてたら、恥ずかしくない?」


柔らかくて甘い問いかけにも、反応できずに、あたしは彼の肩に頭を押し付ける。


更に恥ずかしいし、でも、ちょっと嬉しくて言葉に出来ない。


彼があたしの髪をいつものようによしよしと優しく撫でた。


やっぱり一緒に帰りたいな、と思う。


「定例会終わったら、役員の仕事は落ち着くから、一緒に帰れるよ」


「うん」


頷いたあたしの頬にそっとキスをして、彼が笑う。


と、突然会議室のドアが開いた。


「和田―、資料の件で・・」


実の声だ。


和田くんが溜息を吐いて、カーテンを開けた。


「会議資料?」


「・・・ごめん、一応訊かせて、邪魔?」


実が眼鏡の奥の目を泳がせる。


和田くんはあたしを抱きしめたまま言い返した。


「邪魔!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る