第4話 完璧resolution

「工藤さんを引っ叩いたあ!?」


あたしは受け取ったお茶を落っことしそうな勢いで問い返した。


問われた京はひとり平然とお茶を飲んでからあっけらかんと言い返す。


「そーよ」


「・・・」


無言のままで多恵が京を見返した。


”工藤”とは多恵のクラスのリーダー的存在。


今回の多恵の登校拒否の原因を作った人物だ。


颯太兄フリークの彼女のやっかみが妹である多恵に降りかかり、挙句周りがそれに乗っかって増長して多恵は居場所をなくした。


そんな事情があったから、多恵としては自分の為に京が喧嘩を吹っ掛けたのではないかと思ったに違いない。


もちろん、あたしもそう思ったし。


「ムカついたから引っ叩いたのよ。それだけ」


「あのなぁ・・あの後大変だったんだぞ」


ゲッソリした顔で実が口を開く。


「みーのる、もういいじゃない」


「良くないよ、南ちゃん。ここで足並み揃えとかないと、反撃に出られた場合が怖いから」


「まあ・・それはそうだけど・・」


「・・まったく。俺や南ちゃんが裏からアレコレ手を尽くそうとしてたのに・・・」


愚痴っぽく呟いた実を見て肩をすくめて見せた南ちゃんの許可を得て、実がつい先ほどの出来事をみんなに向かって話し始めた。



★★★★★★



本日の定例会の議事録は、卒業式の運営について。


送辞、答辞共に生徒自身が選任者を選ぶことになっているので、その選定も兼ねて先週から3日と空かずに生徒会室に詰めている。


こう聞けば非常に堅苦しそうな集まりだが実際のところはもっと緩い内容だ。


もともと小学校→中学校と同じ地区の子供がメンバー変わらずそのまま持ち上がりとなるので、小学校で児童会をしていた連中が中学でも生徒会を任されるのが通例となっていたから会議も和気あいあいと進む。


そんな最中に、生徒会室のドアを勢いよく叩く音が聴こえて来た。


「はあい?」


持ち込んだチョコレート菓子の銀紙を剥がしながらのほほんと返事をしたのは南ちゃん。


対照的に向こうから聞こえてきたのは


「武内くん、いるんでしょ!!」


という怒鳴り声だった。


こんなところまで乗り込んで来るような知り合いは幼馴染以外に考えられない。


けれど、聞こえてきた声はひなたのものでも京のものでもなかった。


「今会議中なんですけど・・・どちらさん・・」


ぐったりしながらドアを開けると廊下に立っていたのは工藤を始めとするテニス部の女子数人だった。


「ちょっと顔貸してほしいの」


なぜか、工藤の頬は真っ赤に腫れていた。


なんとなく嫌な予感を覚えてちらっと後ろを振り返る。


南ちゃんがすぐに気づいてやってきた。


「どんな用件で?」


俺の質問に待ってましたとばかりに工藤を取り囲んでいたひとりが口を開く。


「早川さんに、昌美が叩かれたのよ!!」





普段はおとなしい癖に、爆発すると一番タチが悪いのが京だ。


俺は盛大に吐きたい溜息を必死に飲み込んでチラッと隣りにやってきた南ちゃんに視線を送る。


やっぱり、おんなじ顔してる・・・


”あちゃー”って顔。


「どういうこと?」


俺の問いかけに、工藤が挑発的な視線を向けてきた。


”戦いますよ”ってことか。


「どうもこうもないわよ!教室でみんなで話してたらいきなりやってきてあたしのこと平手打ちにしたのよ」


「・・・それは掻い摘みすぎじゃないの?」


腕組みをした南ちゃんがにっこり微笑む。


”売られた喧嘩は買う”


これは団地組のモットーだから。


ちなみに教え込んだのはウチの姉貴。


「なにがですか!?」


「だって、あなたとうちの京はクラスも違うしクラブだって違う。接点だって殆どないじゃない?関わってないのに、引っ叩く理由がないでしょ?何か、京が黙って見過ごせないようなこと話してたんじゃないのかしら?」


「話って・・・普通にクラスのことを喋ってただけですけど!!」


「じゃあ、君らが楽しく話してるとこにたまたま通りかかった京が何も言わずにいきなり工藤さんを平手打ちしたってこと?今の言い方だと、そーゆーことになるよね?」


「それは・・・」


言い淀んだ瞬間を見逃しはしない。


俺は一歩前に出て、工藤をはじめ取り巻き連中をぐるっと見渡した。


「ちなみに、うちの京はワケもなく女の子引っ叩くようなヤツじゃないから。何を、言ったの?」


ちなみに団地組の導火線は・・・俺を含めてみんな意外と短い。



★★★★★★



一連の話を終えた実が顰め面で京に向かって言う。


「南ちゃんが上手く丸めこんでくれたから良かったけど・・・下手したら、組み立ててた予定全部パーになるとこだったんだぞ」


「そーいいながら、あんたもしっかり逆襲してたじゃないの、実」


可笑しそうに笑った南ちゃんをにらみ返して実が面白くなさそうに呟いた。


「それは・・・黙っとけないでしょ」


「そりゃそうよ!」


「お前は間違ってない」


あたしと柊介が揃って口添えする。


その言葉を聞いて、ずっと黙って話を聞いていた颯太兄が満面の笑みで頷いた。


その顔を見て、神妙な顔で黙っていた京が隣りにいた多恵を抱きしめた。


「あんな、馬鹿女の言うこと気にすることないわ!あたしは、あんたが”井上多恵”だから友達やってるんじゃないの。全然違う名前だって、違う顔だって違う場所に生まれてたって、あんたがあんたで居る限り友達やめない。絶対、何があってもやめないから」


「・・・京・・・」


「あんたが受けた痛みの分は、あたしが倍にして返しといたわよっ」


「たっくまし・・・でも、よくやったよ、京。スカっとした。もし、今回のことで何か罰受けるなら俺も付き合ってやるからさ」


「あたしも!!」


慌てて右手を上げたら、南ちゃんがその手を握って膝の上に降ろした。


あたしに向かって小さく笑った後でみんなの方を見て自信たっぷりに言う。


「あーのねー・・・あたしと実がいるのに、そんなことさせるわけないでしょ?」





★★★★★★


「京に平手打ちされた事実は認めます。言葉で無く、暴力に訴えたことは確かにあの子が悪い。でも、多恵が受けた心の傷は?学校に来れなくなった多恵の痛みをあなたはどうやって償うつもりなの?」


「あ・・あたしが井上さんに何かしたって証拠があるんですか!?言いがかりもいい加減にっ」


食ってかかってきた彼女の前に俺は最後に使うつもりだった“切り札”を掲げて見せた。


「コレ、何か分かる?」


途端に工藤と取り巻きの表情が変わる。


「工藤さんが、クラスの子に渡した手紙だよねー?ここに書いてあるのは間違いなく多恵のことだと思うんだけど?」


複雑に折りたたまれた便箋に書かれた丸い文字の羅列。


多恵の不登校に対するコメントが並んでいた。


”このまま存在消去しちゃおっか”


「多恵に喧嘩売るってことは・・俺らと戦うってことだけど・・覚悟ある?」


南ちゃんが、決定打とばかりに笑顔で駄目押しする。


”全力で潰すよ?”


言わなくても聞こえてくる声。


無言の威圧感も姉貴譲り。


普段は怖いだけだけど、こういうときはめちゃくちゃ有利だ。


”女子”は結局”同性”の圧力に弱い。


結果として、工藤と取り巻きは蜘蛛の子を散らすように帰って行った。



★★★★★★




「幼馴染に恵まれたなー」


みんなが帰った後の、がらんとした部屋でお兄があたしの隣りに座ってしみじみ言った。


「兄ちゃん、出る幕無し」


二カッと笑ったお兄があたしの頭をくしゃくしゃに撫でる。


こーやってされるから、あたしは髪を伸ばせない。


ってか、伸ばしてもきっと結べない。


「お前が、どこにいても味方だってさ」


「・・・・うん・・・」


何よりも心強い言葉だった。


あたしの呟きを聞いて、お兄が静かに問いかけてきた。


「・・・井上多恵はしんどいか?」


”俺の妹はしんどいか?”


あたしは反射的に首を振った。


迷うわけない。


”井上颯太”はあたしの“自慢”であたしの”誇り”なんだよ。


そりゃあ、望月の家に生まれてひなたの代わりに南ちゃんの妹やるのもいいかもしれない。


美人姉妹って言われて、学校の人気者でもっと、ずっとみんなと上手くやれる。


でも、あたしが欲しいのはそれじゃない。


「ここに居ないあたしなんか想像できないよ。・・・お兄の妹じゃない多恵なんかちっとも楽しくない」


はっきり告げたあたしの言葉を受け止めてお兄はホッとしたみたいに笑った。


あたしの好きな顔。


「・・・そっか・・・あのな、多恵。これからも、俺や、南たちが知らないとこでお前が傷つくことあるかもしれない。でも、同じ場所にいてやれなくてもお前の傷はほっとかないから。絶対、直してやるから。俺と、みんなで、直してやるから。だから、大丈夫だ」


確信に満ちたその言葉にあたしは何度も頷いて、心から告げた。


「ありがとう」


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