第5話 遅れても桜

「っわー!見てみて、満開だよー満開!」


「雨に負けずに残って良かったな」


目の前に広がる春爛漫の景色に、土手に駆け下りたひなたがはしゃいだ声を上げた。


見上げた薄ピンクの花びらを眩しそうに見つめて、実が微笑む。


「もう駄目になるかと思ったけど、桜って意外と強いのねー」


本日はお供のゲーム機を自宅待機させた京が、携帯をカメラモードに切り替えてさっそく桜を撮り始める。


週末の雨を耐え忍んだ桜は、花を散らすことなく咲き誇っていた。


団地から徒歩15分の川沿いに咲く桜並木は、数こそ少ないが地元のお花見スポットとして有名だ。


後に続く多恵も、無言のままだがその顔はいつもより幾分か明るい。


去年の今頃は、自分の部屋に引きこもって外との接触を悉く拒んでいた多恵。


”他人”を極端に怖がる多恵に付き合って、去年は5人揃って京の自宅のベランダからお花見をした。


制服を着なくなった多恵が、こうしてお揃いのセーラー服に身を包んで、新しい春を迎えられた事が、何より嬉しい。


ずっと一緒にいた姉弟同然のメンバーは多恵の登校拒否を自分の事のように悲しんで、苦しんだ。


だから、喜びもひとしおだ。


桜の雨が降る並木道を、こうして一緒に歩けることが、幸せでしょうがない。


「早起きした甲斐、あったでしょー?」


ひなたが桜をバックに振り向いて笑う。


風に揺られて振る花びらがセーラー服に纏わりついて、まるで夢の中のようだ。


「欠伸止まんねぇよ」


柊介が眠い目をこすりながら言った。


「それは今日に限った事じゃなくて、いつもだってば」


多恵が可笑しそうに笑う。


「いつもより30分も早く起きたんだぞ?」


「その分早く寝ようって言っただろ」


呆れ顔で実が突っ込んだ。


「なんだかんだ言ってゲームの話最後までやめなかったのあんたでしょ」


その実をジト目で睨んで京が口を挟む。


「攻略方法聞きたいって言ったの京と柊介だろ」


「そーだけど・・・あ、何笑ってんのよ。


あんたたち二人も連帯責任だからね!止めなかったんだから」


傍観者を決め込んでいるひなたと多恵に向かって京が目くじらを立てる。


団地2位の美人と称される美貌を歪ませて顰め面する京の冷たい視線を受けても、多恵とひなたの笑顔は崩れない。


二人は顔を見合わせて楽しそうに笑い合う。


「だって見てたかったんだもん」


多恵が小さく呟いた。


柊介が一瞬目を見張って、それから、少し照れ臭そうに微笑む。


「だってすっごく楽しかったんだもん!」


ひなたは両手を広げて大声を張り上げた。


「京と柊介と実が三人で楽しそうに話してて、仲良い三人の傍に、何にも言わない多恵がいて、それが何か心地よくって、4人と一緒にいられることがすっごく幸せで、嬉しくって・・・


だから、寝なきゃいけないの分かってても、止めたくなかったのー」


「ちゃんと責任持って起こしたじゃん」


多恵が付け加えて胸を張る。


朝早起きして、お花見をしてから登校しようと言い出したのはひなただ。


眠いだ、朝は時間が無い、だと様々な意見が飛び交ったが、誰一人として”いやだ”とは言わなかった。


その為、前日から京の家に集まってお泊り会をすることになった。


朝電話やメールで起こしに行く手間が省ける、というひなたの提案だ。


なんだかんだと話し込んで結局眠ったのいつものように1時を回っていて、目覚まし時計に6時にたたき起こされるまで全員熟睡していた。


そして各自家に戻って仕度をして、7時に団地の入り口に集合して現在に至る。


寝起きが最悪の京を起こすのには一苦労したが、こうして無事に全員で出かけられたのでよしとする。


「やっぱり5人で見る桜って何かいーよな」


実がポツリと呟いた。


「同じ桜なのにね」


「毎年毎年、同じ場所でこうやって揃ってさー・・・後何年やれるかな?」


京の言葉に続いて多恵が寂しそうに笑う。


「これからずっと出来るって。このまま大人になってくわけだし。だろ?」


即座に柊介が答えた。


4人を見回して自信たっぷりに頷く。


「そうだよー多恵。どこまでも、ずっとだよ」


ひなたが何度も頷いてみせた。


「うん」


小さく頷いた多恵が、真上に迫った桜を見上げる。


満開の桜はあっという間に風で散ってすぐに青葉を繁らせる。


尊いと思った時、それはもう過去だ。


だから、何度も確かめたくなる。


笑い合った記憶があった事を。


「来年も見よう。去年の分取り返す位、ずっといっぱい、桜見よう」


「遅くても、桜は桜だよ、多恵。これから何度だって見られる。誰かの言葉なんて気にしなくていい。多恵は多恵でいればいーよ」


いつのまにか隣に並んだ柊介が、多恵の掌に降ってきた桜の花びらを落として笑った。

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