第6話 出会いdistance

片田舎の町はずれに立つ団地。


そこが、あたしの世界のすべてだった。


15年間。


あたしの生活は学校と団地のふたつだけに彩られていた。


けれど、学校でどんなに友達を作ってもどんなに部活に打ち込んでも。


どうしても譲れない場所は、いつもいつも幼馴染が占めていた。


小学校の時から、やたらと目立つ美少女だった南ちゃんが学校初の女子児童長なんかに任命されてから、授業の後一緒に帰る事が出来なくなってもあたしの周りにはいつも、多恵や京や柊介や実がいた。


中学生になって部活を始めても、絶対に一番近い場所にいるメンバーは変わらなかった。


あたしは、団地組が居ればそれだけで幸せで、この幸せ以上のものが、あたしの世界の外にあるなんて、少しも知らなかったのだ。


知ろうともしなかったのだ。


そもそも、幼稚園、小学校、中学校と殆ど変わらないメンバーで持ちあがる地域独自のシステムのせいで他の人と出会わなかった事も原因の一つだと思う。


だから、友英学園に入った時には心底驚いた。


何にって?


人の多さに、だ。


2クラスしかなかった中学校の頃からは比べものにならない位の人口。


右も左も知らない生徒ばかり。


ここで迷えば、もう二度と幼馴染と会えないんじゃないかと本気で心配した位。


だから、入学式の朝校門をくぐって思わず隣りの柊介の手をぎゅうっと握りしめてしまった。


柊介は笑って


「人の多さに驚いただろ?」


と分かってくれたけど。


バスケの試合のたびに他校生と交流のある柊介の落ち着き具合は物凄く心強かった。


そしてその隣りに立つ実も、同じように生徒会で他校へ出向く事が多いので平然としていた。


振り向けば、京と多恵はそれぞれ表情を硬くしていた。


多恵は緊張で、京はうんざりする位の視線を受けて。


そして、さらに注目を集める人が目の前から歩いて来た。


まっすぐにあたし達を見つめて微笑む。


モデル顔負けのスタイルに整った顔立ち。


それを華やかな笑顔で飾り付けて後ろに花でも背負ってそうな勢いで。


「ひーなたーぁ」


サラサラした声で南ちゃんがあたしの名前を呼んだ。


「よく来たわねあんた達!入学オメデト」


この時南ちゃんに抱きしめられたあたしをちょっと離れた場所から見ている人がいる事にはまだ気づかないでいた。




★★★★★★



「目立ってたな」


入学式の後、受験対策の塾で顔を合わせていた和田が茶化すように言った。


中学生徒会の繋がりで実や南ちゃんともすでに知り合いらしい。


「だよなぁ」


俺はまだ校門での”友英のマドンナ熱烈ハグ事件”が尾を引いている教室をぐるりと見渡す。


直接何かを問いかけてくる事はないが、生徒たちの注目が集まったのは言うまでもない。


南とひなたは、顔立ちはそれぞれ父親と母親似なので、パッと見姉妹には見えないから尚更だ。


しかも、南ちゃんは、俺達まで順にいつものように抱き締めたものだから始末が悪い。


本人全く無意識だから、怒るわけにもいかないし。


俺は運悪くクラスが離れた多恵の事を思った。


この状態にヤラレてなきゃいいけど。


京も同じく他人嫌いだが、彼女の場合は纏うオーラが強烈過ぎてウカウカ話しかける馬鹿はいない。


南ちゃんと並ぶと静と動の美人姉妹に例えられる位、京は美人だ。


けれど、南ちゃんとは正反対に愛想が無い。


きっと今頃は教室の自分の席で実相手にゲーム話でもしているんだろう。


人見知りで、怖がりで、口下手な(本人は決して認めないけど)多恵が教室で好奇心いっぱいの生徒達に囲まれていなければ良いけれど。


俺の複雑な表情を読み取ったのか、和田が言った。


「幼馴染が心配?」


「え?」


「大久保が気にしてるのは、さっき一緒に居た無口な子だろ。望月さんの妹でもなくて、武内の大事な従姉でも無い」


「おっまえ良く見てんな」


「相手の動作や視線を追うのは癖なんだ。でなきゃ勝てない種目だし」


そう言って竹刀を振る素振りを見せた。


そうだ、目の前のこいつは県大会でも上位入賞する位の剣道の有段者だった。


「望月さんの妹がいるから平気じゃない?」


「まぁーな・・」


苦い口調で俺が言う。


ひなたは人当たりも良いし、クラスとも馴染める。


こういう場合の適任者ではある。


間違いなく。


けれど、俺が側に居たかったのはそれとはまた別の感情な訳で。


ひなたより上手く立ち回れなかったとしても、多恵の側に居たいと思う。


「面倒見、イイ子らしいね」


何の気なしに言った和田の一言に俺はピンと来た。


すかさず釘を差しておく。


「ひなたにちょっかい出すなよ」


和田は眉を上げて驚いた顔を見せた。


「そんなつもりないよ」




★★★★★★


ウチの中学から学区の外れにある友英を受験したのは10人程度だった。


そのうちの1人である矢野と校門手前で鉢合わせて並んで校門をくぐる。


中学2年間同じクラスだった矢野は女子の中でも喋りやすい部類だ。


好奇心一杯な視線をあちこちに巡らせる。


「和田っち早速今日から練習行くの?」


「うん、春休みから部活には顔出してたしな」


「そっかー」


「矢野は?部活どうすんの」


「んー・・相方と相談かな」


「相方?仲良い子は女子高行ったって言って無かったっけ?」


「あーそれとはまた別。あ、居た。まっさるー!」


矢野が嬉しそうに昇降口の外れに立つ人物に向かって手を振った。


と同時に聴こえて来た声。


「ひーな!ひーなたーぁ」


中学時代から何度か市内の学生会合で顔を合わせていた、有名人が俺の真横を駆け抜けて行った。


同じ制服でも身につける人物が変わるとこうも魅力的になるのかと、呆気に取られてしまう。



俺の視線の先で、ヒラヒラ揺れるスカートの裾を翻して友英のマドンナが、小柄な女の子に抱きついた。


「南ちゃん!」


本当なら、望月さんの方に視線が釘付けになるのだろうけれど。


俺の立ち位置から見えたのは、抱きしめられた”ひなた”の弾ける笑顔だった。


愛おしそうに望月さんの背中に腕を回した彼女の、柔らかい表情が、どうしてか焼き付いた。


望月さんの妹への愛情はすさまじかったので何度か顔を合わせるうちに、彼女の妹や兄弟同然の幼馴染名前は何と無く覚えていた。


妹か・・・


望月南が、人を惹きつけてやまない笑顔なら、多分彼女は、人を和ませる笑顔なんだろうな。


そんな風に思って、納得する。


ここ最近見た事が無い、あまりにも屈託のない笑顔だったから。


だから、純粋に惹かれたのだ。


そして、同時にもう一人俺の良く知る”裏表の無い”笑顔の持ち主が頭に浮かんだ。


振り向いた先に、貴崎勝と立ち話をしている矢野の姿を見つける。


矢野が好きそう可愛いタイプの女の子だな。


素直にそう思った。


それ以上の感情は少しも無かった。


「和田っちークラス分け見に行こう!」


手招きする矢野の方に歩いて行きながら


俺はふと、もう一度彼女の笑顔が見たいなと思った。


誰にでも無い、自分にだけ向けて微笑む彼女が。



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