第7話 多恵と放送室

夕方の放送室。


下校放送も終って、後は鍵を返すだけ。


17時を回ると校舎に残っている生徒は殆ど居ない。


最近発売された、洋楽のベストを流して多恵は防音室の奥にある荷物置き場となっているスペースに椅子のまま移動した。


いつもの見慣れたメンバーが自分の部屋のように思い思いに寛いでいる。


卒業生が置いていったらしい漫画や雑誌が山積みにされているこの部屋は退屈な時間を潰すには持って来いの場所だった。


多恵が中等部の頃から放送部に所属していたのは、兄が同じようにこの部屋で過ごしていたからだ。


いつも、気のあう連中で放送室に集まっては騒いでいた。


時々、小学校の帰りに覗くとバンドの真似事をして遊ぶ颯汰に引っ張り込まれたものだ。


お菓子とジュースと優しい兄たちの居る空間はとても居心地が良かった。


あまり人付き合いが上手くない多恵にとって、この場所と、ここにいる幼馴染はかけがえのない大切なものだった。


ひなたが読みかけのマンガの最新刊を片手に笑顔を向けてくる。


「ねえ、お腹すかない?」


こーいう笑顔のときのひなたは大抵何か強請ってくるのだ。


「学食のポテトフライ食いたいなあ」


柊介が課題で出た英語のプリントをしながら言った。


「賛成。ついでに、オレンジジュース飲みたいわ」


京がゲーム雑誌を食い入るように見ながら言った。


多恵はぐるりと部屋を見回して、ここにいない人間を思い浮かべる。


「実は?」


「ゲームマニアの館寄ってるわ」


京が言った。


ゲームマニアの館とは、パソコン部の通称だ。


部長の国元をはじめとして、オタクと呼ばれる連中が集まって作った部なのでそう呼ばれている。


ちなみに、オタクの女版の生徒たちの集まった文芸部もあり、両者は文化祭のたびに一般人が理解不能な、専門用語満点の展示物を掲示して毎年競い合っている。


ゲーム開発を趣味としている実は、ちょくちょく部活に顔を出し情報交換していた。


「あそこに行ったとなると、すぐには帰って来れないじゃん」


自分を含めてここにいる4人は、買いに行く気など全く無い。


「でも、私と教室で別れてから1時間は経ってるから電話してみる」


「そろそろ開放されたいだろうしな」


京の意見に柊介が賛成した。


確かに、あの濃いメンバーの中で1時間以上会話を続けるのは辛い。


話が色んな方向へ飛ぶし、その上言う事がマニアックなのだ。


以前、実が出来たばかりのシューティングゲームを持って行ったら3時間も拘束されてふらふらになって帰ってきたことがあった。


京がブルーパールの携帯を取り出して実に電話を掛ける。


ストラップを何も付けていない所がいかにも京らしい。


ひなたはディズニーのシールを貼って、ミッキーとミニーをじゃらじゃら付けているし、多恵は勾玉のついた和風のストラップをつけていた。


個人の性格がよく現れている。


「あ、もしもし?今どこ?」


「え、そっちに向かう渡り廊下だけど。どうしたの?」


実の返事に京が窓を開けて、中庭に顔を出す。


ちょうど、2階の渡り廊下からこちらを見ている実が見えた。


「ポテト2つとジュース買って来てほしいの」


「分かったよ」


「よろしくねー」


必要最低限の会話を終えると京は携帯をカーペットの上に置いた。


それを目ざとく多恵が指摘する。


「先にカバン入れな。また忘れて帰るよ」


「分かってるわよ」


そう言いながらも、雑誌に目を向けて一向に動かない京に多恵が溜め息を漏らす。


どうせ、お目当てのページが見つかったんだろう。


この状態になったら話しかけても半分は聞き流されてしまう。


京の隣に座っていた柊介が携帯をカバンに入れた。


「京、入れとくぞ」


「ありがと」


ファッション雑誌を読んでいたひなたが多恵を手招きした。


「ねえ、占いあるの。しようよ」


京は全く興味がないと知っているので、ターゲットを多恵に絞ったらしい。


あまり興味がないけれど椅子から降りてひなたの横に座る。


あなたの恋愛感。


開いていたページを見てゲッソリする。


「あんた本当に好きだね。ってかどーせやるなら、和田君としたら?」


「えっ何で和田君なの??これ、女の子がする占いだよー」


全く理解不能という表情で聞いてくるひなた。


残念だけど、この天然娘には直球勝負しか効果が無いらしい。


和田も可哀相に・・・・


そんなことを思いながら、ひなたの読み上げる質問に答えていく。


そもそも、このメンバーで恋占いしたってしょうがないでしょ?


唯一恋愛に向いていると思われる人間もコレだし。


あたしは今のところ全くそーゆうのに興味が無いし。


そう思ってみたら、女3人で集まっても恋愛相談とかすることって無かったな。


中学時代を思い出してみても、京やひなたが誰を好きとか嫌いとか言うのを聞いたことが無い。


色気の無い学生生活だな。


他の女子生徒が恋に盛り上がっているのに、この部屋はまるで5人で昔遊んだ秘密基地みたいに昔のままの空気が流れている。


きっとこの中の一人でも、違う空気を持つ人間がいたらあたしはここをこんなに気に入ってはいないだろう。


学校という領域の中にある、隠れ家。


多恵はこの場所が大事だと改めて思った。


「えっと最後の質問ね。雨が降りそうです、あなたは赤い傘、青い傘、透明の傘、どれを持っていきますか?」


「えー・・・透明かな・・・って傘と恋愛感と関係あるの?」


「心理テストだもん。あるんだよ」


「はあー・・・」


全く持ってよく分からない。


こんなもので人の価値観決められたら堪らないな。


多恵はひなたの横でこっそり溜め息をついた。


ドアの開く音がして、実がビニール袋片手に帰ってきた。


「お待たせ」


スーパーの袋には、何やら色んなものが入っている。


受け取った柊介が中の物を出しながら笑った。


「まーた貰ってきたのか」


「いや、オバチャンくれるっていうからさ。腹減ってるんでしょ?」


「「かなり!」」」


ポテトにからあげ、フランクフルトと大量の食料が広告の上に広がる。


実は相変わらず雑誌に夢中の京目の前に、買って来た


オレンジ100%のパックのジュースを差し出した。


それに気づいて、やっと顔を上げる。


「あ、おかえり。ありがと」


「部長から、隠しキャラとの接触方法聞いてきたよ」


「うそ。分かったんだ」


「うん。アイツでも手間取ったって言ってた」


その言葉にキラリと京の目が光る。


先手必勝とばかりに実が言った。


「やるなら週末ね」


京は一瞬眉間に皺を寄せたものの、すぐに雑誌に視線を戻す。


「格ゲーのサンプルは?」


柊介が聞いてきた。


「貰ってきたよ。今回はかなり設定細かいからやりがいあるだろうって」


「へえー。あの辛口男がねえ」


「あ、すごい、多恵の結果って茉梨ちゃんと同じだ!」


雑誌を指差してひなたが言う。


「茉梨ちゃんて、ああ、矢野ね。あたしあそこまで元気ないよ」


矢野茉梨といえば、学年関係なく知れ渡っている校内の有名人だ。


顔はそこそこ整っていて、頭の回転もそこそこ速くて、全く人見知りしない。


表舞台に出るのを好まない多恵と茉梨の接点は見当たらない気がした。


「そうかなあ。ふたりってどっか似てると思うよ?集団を嫌い、マイペースで物事を進める事が得意なあなた。恋愛に対して慎重になりすぎているところがあるわね。信頼できる人間を一人でもいいから作ってみて、その人との関係を大切にしていくことで、あなた自身の恋愛に対する価値観も変わっていくはずよ。って」


「ああ、当たってるな」


柊介と実るが笑いながら言った。


「間違いなく多恵の事ね」


いつから話を聞いていたのか京も口を挟んできた。


「そう?」


納得いかないと聞き返す多恵にひなたが柔らかく言った。


「でも、大丈夫、多恵はあたしたちのことちゃんと大事にしてるし、信頼もしてるから、大丈夫だよ」


なぜだか、その言葉に泣きそうになって。


「変なこと言わないでよね」


多恵は慌ててひなたの腕に顔を埋めた。

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