第8話 天の川に願い事

「いーもの発見」


そう言って、柊介が押入れの中から箱を取り出した。


あたしは、このあいだお兄が買ったゲームを攻略するのに必死で、そっちを見ない。


「なに?」


「七夕だよな。もーすぐ」


「あ」


柊介の手にある箱には短冊のセット。


去年も使ったやつだ。


「去年の願い事は全員決まってたもんな」


「そうそう」


「「高校合格」」


思わずハモってふたりで笑う。


それ以外の願い事なんて浮かばなかった。



今日は、京の家で婦人会と言う名の飲み会が開催されているのだ。


これはもう、子供たちが生まれる前からの恒例行事らしく、気まぐれに父親たちも参加することがある。


小学校低学年のうちは、母親にくっついて参加していたけれど、いつの間にか子供たちは子供たちだけで過ごすようになって、今のパターンが通例化した。


いつもの場所に集まれないあたしたちは会場を柊介の家に変更した。


部活組の柊介と実を待つ間、久しぶりに女3人でバスケをして、京とひなた相手に走り回った。


勿論2対1。


運動不足ですぐに息が上がったけれど、やっぱりボールを触っていると楽しくてあっという間に時間が過ぎていく。


とりあえず、各自お風呂入って再度集合ということになって、一番のりであたしがやってきたのだ。


まだ乾ききっていない髪を無理やり括ってきてしまった。


そんな時間も惜しいくらいこのゲームは面白い。


「おじゃまー」


京の声がして、ドアが開く。


実とひなたが続いて入ってきた。


この団地において、インターホンはほぼお飾り同然なので、誰も鳴らすことが無い。


実の手には使い捨て容器に入れられた大量のお好み焼きが見えた。


婦人会定番メニューだ。


「はっくしゅ」


うわ、髪乾かすべきだったかな?


くしゃみをしたあたしに、京がニコニコして話しかけてくる。


「やめられないでしょ?」


「かなりね」


「寝不足なるわよー。あと腱鞘炎」


「それ褒められないから」


呆れた顔で実が言った。


と、あたしの頭に何かが降って来た。


一気に視界が暗くなる。


光るゲーム画面だけがやたら綺麗に見えた。


左手でそれを取る。


あー、上着ね。


「さんきゅ」


柊介がパーカーを投げてきたのだ。


それに袖を通していると、ゴーっという音とともに熱風が掛かった。


「そんな急いで来なくてもよかったのに」


そう言ったのは実。


「ごめんね・・・でも、お腹空いてたから・・・ほら、ここ来たら実いるし」


ひなたが殊勝な顔で反省を示す。


濡れたままの髪でやってきたのだ。


美容師の姉を持つ実はブローの腕前もピカイチで、手際も良い。


慣れた手つきでひなたの髪を扱う姿はかなり様になっている。


「ひなはただでさえ冷え性なのに」


あたしが言うと、すかさず柊介の指が頬に伸びてきた。


思い切りつねられる。


「いたいー」


「人の事言えないだろ。実」


柊介があたしを指して言う。


「わーかってる。次な」


実がしたり顔で頷いた。


ひなたの髪が綺麗にブローされたあと、実が今度はあたしの髪を乾かしにかかる。


ブラシを使って、いつもあたしがするのの倍以上丁寧に、髪を梳かしていく。


その横でくっついて、ゲーム画面を覗き込むのは京だ。


「あ、この後のイベントがねー」


「言うなっつーの」


「いやー言いたい!言わせて!」


人の倍の速さで(睡眠、食事削るから)攻略していく京はほぼ終盤まで進んでいた。


「私これやったら、もっかい昔のする」


「「「それは分かる」」」


ハモったのは、柊介、あたし、実。


このシリーズで育ってきたから。


「絶対また寝なくなるよ、コレ」


あたしのセリフにひなたが眉間に皺を寄せる。


「京、あんまり酷くなったら没収ね」


「・・・えー」


そう言ってあたしの腕に凭れてきた。


胡坐をかいていたあたしはそのまま倒れそうになって慌てて右手を床に突く。


「こらー動くなって」


実がドライヤーを離しながら言った。


「ごめん」


「つーか腹減った」


「もうちょっと待って」


柊介のセリフにひなたがストップを掛ける。


あたしたちは、誰が言い出したわけでもないのに5人揃わないと食事を始めない。


絶対に、皆揃って


「いただきます」


をするのだ。


昔から。



たしか、お兄や、南ちゃんがまだ一緒につるんでた頃から。



お好み焼きを食べ終わって、テレビを見たりマンガを読んだりしてしばらくたった頃。


ひなたが机の上を指して言った。


「これってさー」


「あ、七夕!」


京が箱を取って、床に置く。


ベッドで寝転んでいたあたしとひなたは体を起こして覗き込む。


「そうそう、忘れてた。今年もするだろ?」


「当然」


柊介の言葉に京が頷く。


こういうイベントが一番好きなのが京だ。


「去年の願い事は迷わなかったしなー」


と実。


そのセリフにあたしと柊介は顔を見合わせて笑う。


「「「高校合格」」」


あたし達以外の3人がハモった。


そして笑う。


やっぱりね。


「さて、今年の願い事は何にするかな」


なぜか筆ペンを選んでいう京。


「何にしよう・・・」


「結構悩むよな」


と言ったのは慎重派の実とひなた。


「俺もう決まってるし」


そう言って、いの一番にペンでさらさらと書き始めたのは柊介。


書き上げた短冊を持って立ち上がる。


「んじゃ、俺先に付けに行って来るぞ」


「はーい」


団地の入り口に、毎年設置される笹。


ここに住む子供から大人まで、みんなが思い思いの願いを書いた短冊を飾る。



あたしは、本当は迷っていなかった。


願い事ならちゃんと決まっていた。


ただ、それを書く勇気がなかった。


だから、最後まで、悩んだ。



4人が短冊に何を書いたのかも、訊かなかった。




ペンを取って、ゆっくり願いを込めて書いていく。


「出来た・・・」


書き上げた文字を見て、頷く。


うん。


大丈夫。


なんだか漠然とそう思った。


帰ってきた実と入れ違いに、玄関に向かう。


「あたしも行ってくる」


「あ、小森のおっちゃんいたから、高いトコ結んでもらえるよ」


「ラッキー」


この団地の一番の古株の小森のおっちゃんは、こういう行事のときいつも出てきて、役員会を仕切る気のいいおっちゃんだ。


あたしは、脚立に乗って、子供達の書いた短冊を結ぶおっちゃんに声を掛けた。


「おっ、書けたかい多恵ちゃん」


「うん」


「さっき、颯太も帰ってきたとき書いていったぞ」


「ほんとにー?」


「あいつらしいだろ?」


そう言って、お兄の書いた短冊を引っ張る。


”身内安全、教免合格、団地の平和”


お兄ー・・・・


思わず笑ってしまう。


身内とは、あたし達家族+幼馴染みんな+連れのことだろう。


いつもお兄が使う言葉だ。


”友達”よりすっといい。


「どこにつける?」


「おっちゃん、あたし、自分でつけてもいい?」


「ん?ああ、いいよ」


頷いて、脚立から降りてくるおっちゃん。


どうしても、人まかせにしたくなかった。


自分で、結びたかった。



脚立に登って、一番高いところまで必死になって手を伸ばす。



これだけは、絶対叶えて欲しい。





次の日の朝。


いつもの時間に団地の入り口に下りると珍しく4人が揃っていた。


大抵、時間にルーズな京と柊介が後から来るのに。



「おはよー。どしたの、めずらしい」


京と柊介の顔を見て言う。


「たまには健康的な生活しないとね」


「いつもしてくれ。頼むから」


「あたしに怒られるもんね」


「俺の携帯のアラーム1時間も早くして帰ったのお前だろ・・・」


あくびを噛み殺していう柊介。


そう思ってみれば、そうだった。


「親切心、親切心」


ひらひらと手を振って、揃って歩き出す。


団地を出てすぐの公園で、小森のおっちゃんが笹を電柱に括りつけていた。


「おはよーございまーす」


「おー、おはようさん。お前らは本当にいつまでも仲がいいなぁ」


「えー、今日は偶然だって」


まとまって登校するのなんて週に2回あるか無いかだし。


柊介の返事におっちゃんが笑う。



「短冊の願い事だよ」


「「「「「へ?」」」」」


あたしたちの声が綺麗にハモる。


「5人共同じこと書いてたぞー」


そう言って笑って手を振るおっちゃん。





学校までの道を歩きながら。


「なにも別々に付けに行く事なかったじゃん」


あたしが呟く。


「いや、だって、なあ」


「なあ」


「ねえ」


実、柊介、京が視線をそらして言う。


「何か、でもあたしららしい気がする」


そう言ってひなたが笑った。


「だね」


あたしも笑った。







”5人一緒にいられますように”



ずっとがあるかもわかんない。


きっとを信じてみたいけど。


どこまでなんてわかんない。




いつまでなんか分かんないから。


いつだって祈るんだ。

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