第10話 京・境界線

たとえば眠っている京の側にいるとき、部屋のドアを閉める瞬間。


ふとした時に過ぎる、言いようの無い感情の名前を。


ただ僕が知らなかっただけなんだ。



★★★★★★


「京ー?」


合鍵を使ってドアを開ける。


声を掛けても返答が無いのはいつものことだ。


伯母さんの趣味で揃えられたアンティーク調の家具に埋もれて、タオルケットを被ったままの京を発見する。


一番に見るのはテーブルの上。


予想通りペットボトルの水のみ。


溜め息一つついて、京の肩を揺する。


「晩飯食った?」


「んん・・・・なに?てか何時?」


「20時・・・母さんがチャーハン作ったから、とりあえず食べて寝ろよ」


「わかった・・・・」


返事はしたものの一向に起き上がろうとしない京まだ頭は夢の中のようだ。


冷房の効いた部屋は涼しすぎるほどで、タオルケットからでた肩は驚くほどに冷たい。


キチンと食事を摂っていないので余計低体温になっている。


「京、ちょっとでいいから起きて、身体冷え切ってるだろ。冷房キツイし」


テーブルの下に転がっているリモコンでエアコンをオフにする。


窓を開けたほうがいいかもしれない。


「・・・・起こしてー」


無造作に両手を伸ばして京が言った。


まだ目は閉じられたままだ。


「甘えるなってば」


こっちの気も知らないで簡単に言ってくれる。


動けないままでいる、リモコンを掴んだ状態の実の腕に京の手がかかる。


これは本気で起きないつもりのようだ。


「身体だるいんだもん」


その言葉に実が慌てて向き直る。


また熱が出ているのではないかと思ったのだ。


思わず京の額に手を伸ばす。


と同時に京が目を開けた。


「うそ」


いつも通りの少し冷たく感じる京の額確かに熱はないらしい。


悪びれた様子も無く伸ばされた手を通り越して、両腕を背中に廻す。


抱きしめるには少し心許ない細い体。


無言で肩に寄せられた額に気がつくと触れていた。


ちらりと視線だけ上げてこちらを見た京の表情に戸惑いの色は無い。


「怒った?」


「・・・」


何も言えずに、流れる髪を耳にかけてやる。


くすぐったそうに京が目を閉じた。


ほんの一瞬、掠め取るようにキスをした。



次の瞬間、我に返った。




あー・・・・やっちゃった・・・



「・・・・・・・・・・・・・・・・」


目を開けた京が何度か瞬きする。


沈黙が続く。


言葉が、ことばが・・でない。


ここで言うつもりじゃなかったのに。


まだ、京には時間が必要で、追い詰めるようなことはしたくなくて。


だけど、このままの時間が永遠に続きそうで不安だった自分もいる。


それでもこの時間が心地よいことは間違いなくて。


「・・・京は、俺がこのままずっと側にいると思ってる?」


「え・・・・?・・・うん・・・」


戸惑いながらも頷く京。


「でも、俺は永遠に京の選んだパーティーの仲間でいるつもりはないんだ。このままの位置でずっとは無理だよ」


「・・・・・・・・・・・」


「キスしたことは謝らないから」


「・・・・え・・・・・ちょ・・・・・」


ワケが分からず目を白黒させる京から腕を解いて立ち上がる。


引き止める声が掛かるかと思ったが、京の声は聞こえなかった。




目の前に見えていたのは無色透明の境界線、


僕らを隔てるその壁を、くぐったのか、飛び越えたのか、はたまた断ち切ったのか。


その答えはいま。きみだけが握ってる

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