第11話 好きと大事
いきなりのSOSコールにプロ野球観戦の中断を余儀なくされたあたしは、救助者の元にこんにゃくゼリー片手に向かうことにした。
団地のコンクリート階段を底の磨り減ったビーチサンダルで登る。
生ぬるい風に混ざってほんのり潮のにおいがする。
そう思ったら、今年はまだ2回しか海に行っていない
去年は暇さえあれば行ったのにな・・・
たどり着いた角部屋のドアノブに手を掛けるとすんなりと開いた。
こりゃ、相当テンパッて出たな・・・・
逃亡者の心境を思うと複雑だ。
本人以上に戸締り、火の元に気を使う男のはずだったのに。
「みーやー?」
もう一人が合流することも考えて、鍵は開けたままにしておく。
あいかわらず何も無い玄関に、適当にサンダルを脱ぎ捨ててリビングに入る。
「腹痛?頭痛?発熱?」
とりあえず、ソファの上でタオルケットに丸まっている救助者に聞いてみる。
「こんなときになんの冗談よ!」
「怒鳴る元気があるなら安心。よいしょっと・・・・食べる?」
冷蔵庫から出したばかりの袋はまだ冷たい。
テーブルの上にゼリーを広げると早速ひとつ口に運ぶ
それにつられて京もおずおずと手を伸ばした。
食べれるなら大丈夫かな?
その様子を確認して、テレビのチャンネルを変える。
止まったままのゲーム画面なんて見ていても全く面白くないし。
この数分の間で現実のゲームが大きく動いていた。
「2アウトでホームランかぁ・・・いつ何がおこるか分かんないもんだねえ」
空になったゼリーカップをぼんやり眺めて、こちらを見て京がソファを下りてきた。
抱えた膝に顔を埋める。
「・・・・・・・・どうしよ・・・・・」
「パニック?」
「分かんない・・・なんで?・・・」
「あんたがいいって、実言ったんでしょ?」
「でも、いまのままじゃ無理って・・・・」
「スタンス変えたいってことでしょ?傍目にも分かるくらいあんたのこと大事にしてたし」
「それは従兄弟だから・・・この関係あたし変えたくないんだもん!これ以上なんてあるわけないでしょ!」
「あたしたちが知らないだけで、もっと楽しい事も嬉しい事もいっぱいあるんだよ今にこだわる理由はないんじゃない?変わらないなんかもったいないよ」
「・・・これ以上大事なものなんかあるわけないよ」
頑ななまでに、いまの5人にこだわる京。
いつも一緒でどこまでも一緒。
一列に並んだあたしたちは揺るがないし壊れない。
少し前にその”終わり”を知ってしまったあたしは、震える肩にかける言葉が無い。
誰よりも大事で、一番これまでも、これからも、その気持ちは変わらない
だけど、生きる場所は違ってくる少しずつ、けれど確実に、未来は訪れる。
なんの容赦もなく違う波に攫われていく。
「なんでそれを言えないの?」
「・・・・・・・・・居なくなったら嫌だもん・・」
「・・・・あんたね、そういう事は本人に言いなさい。実、泣いて喜ぶから。京が必死に気付かない振りしてたのも知ってて、それでもここまで知らん顔で付き合ってくれた実に一番に言わなきゃ。大事な言葉は」
鼻をすすって今にも泣きそうな京。
何度も何度も頷いて拳を握り締めるその手を握る。
「ねえ・・・今更だけど・・・言ってもいい?」
「うん?」
「すっきりするから泣いていい?」
「あはっ・・いーよー存分にどーぞ」
そう言ってあたしはソファに放られたタオルケットを引っ張って京をくるむとその肩を抱きしめた。
★★★★★★
「あ、起こしちゃった?」
足音を忍ばせて入ってきたひなたがこちらを見て申し訳なさそうな顔をした。
あたしの肩に凭れたままの京からは規則正しい寝息が聞こえてくる。
「あたしは起きてたよ」
小声で返して、京を指差し目をつぶる。
そのジェスチャーでおおよそのことは分かったらしく頷くと、
ひなたは右手を持ち上げた。
駅前で人気の洋菓子店の焼きプリン。
京のお気に入りだ。
あたしは声を出せずに満面の笑みを返す。
ひなたはテーブルの上のチャーハンに気付いて、それも一緒に冷蔵庫に入れる。
「よく寝てるね・・・」
心からの安堵の表情にあたしも頬を緩める。
「重たくない?横にする・・?」
ひなたの言葉に首を横に振った。
「だいじょーぶ、もうちょっとこのままにしといて・・・」
「うん」
パーカーのポケットから取り出した携帯をサイレントにすると、ひなたは黙ったまま隣に座って京の背中を撫でた。
そして、そのままアタシの髪を撫でる。
「来るの遅れてごめんね、ありがとう」
「ううん、ありがと」
ねえ、京,あたしたちが過ごした10年間は本当にかけがえなくて、大切で、絶対取り替えられなくて。
それがちゃんとわかってるあたしたちならきっと何も変わらないよ。
大事なことは変わらないよ。
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