第2話(前) 僕と出会うきっかけになったいじめ事件

「サボるのは別に構わないけど、具体的にはどうする?何処に行きたいとか、そういうのはあるか?」

 取り敢えず駅からは出つつ、スマホで周辺情報を確認しながら何気ない様子で委員長に聞く。何処かに遊びに行くって雰囲気でも無さそうだ。

 委員長が狙ってこの場所で降りたのかは分からないが、この辺は割と街中な場所。ビルは沢山建ち並んでいるし、店もそれなりにある。よっぽど変な場所を指定されない限りは、行く場所に困りもしないだろう。


「行きたいところとかは特にないわ。貴方に全部お任せします。」

 先を歩く俺の後ろから、委員長は鞄を揺らしながら追いかけて来て隣に並ぶ。ふわりとしたフローラルな香りが鼻孔を擽った。


 って、ええ。なんで全投げ?

 電車から連れ出して遊びに誘って来たのは委員長そっちの筈なのに。でもまあ、変なところに連れて行かれるよりかはましか。

 正義感の強い彼女のことだ。無理に行き先を任せれば、「それじゃあ、警察署見学に行きましょう!」なんてことを輝いた目で言い出しかねない。彼女のお父さんは警官だし、ここで電話を掛けて無理やりアポを取り出してもおかしくはないだろう。この人、信じられないくらい自分の父親を尊敬しているみたいだし。

 ……。そうなったら困るな。


 いや、流石に委員長でもそこまで変な方向の正義に走ることはしないか。

 あり得たとしても、せいぜい近場でやっているボランティア活動への参加とかが限度かな。


 そ、そうだよな?そうであってくれ。

 変な想像をして勝手に怯えてしまう。


 と、取り敢えず今回は俺が行き先を決めていいみたいだし、適当に無難そうな場所でも提案しといてみるか。

「それじゃあ、知り合いの喫茶店にでも行くか。まだやってないかもだけど、良い人だし。お願いすれば何とかしてくれるだろ。それで良い?委員長。」

 念の為スマホで場所を確認し、肩を寄せながら店の写真を映した画面を見せる。

「こんなところなんだけど」と委員長に聞くと、「へえ。綺麗で良いところね。」とそれで良さそうに返事をした。……なんだよ、その意外そうな目は。一体何処を紹介されると思っていたんだか。……あ。ラーメン屋か?ラーメン屋なのか?たしかによく男は女性にお勧めの場所にラーメン屋を選ぶよな。アニメでは。


 気のせいか、彼女の表情が少し明るくなっているような気がした。どうやら、場所選びには成功したようだ。もしかして、これも友達効果なのか?なんて、先程諒壱と居て感じていたことを改めて思い出す。不思議なことに、この効果さえあれば悩みなんてわざわざ聞き出さなくても、一緒にいるだけで空気も気持ちもやわらいでくれるようだ。

 やっぱり友達効果は凄い。


「おっけ。じゃあそれで。ええっと、店はっと」

 スマホの地図を参考にしながら行こうと思ったが、どうせ歩いていれば知っている道に出るだろうと思って鞄の中にしまった。隣に誰か居るのにスマホの画面を見て歩くのもなんだしな。あと、ナビ機能は充電の消費が激しい。

 知っている道にさえ出られれば店の場所自体は分かる。多少遠回りをしてしまったとしても、それはそれで風情があるというものだろう。知らんけど。


 道端、誰かの家から若干溢れ出てしまっているアジサイを見て、もうそんな季節かと思った。昨日降った雨の残りか、綺麗に輝く雫が地面に溢れ落ちる。

 街中の朝は意外にもガヤガヤとしていた。当たり前だ、皆これから仕事を始める。その為の準備で忙しいのだろう。その中でサボることを目的に歩いていることを考えると、少しだけ罪悪感があったが、それが女の子と一緒にとあれば、例え恋人関係の相手でなかろと背徳感が出て来た。


「ねぇ。勇樹君に聞いておきたいことがあるんだけど。」

 そんな街の風景を見ながら歩いていると、委員長がそう話を切り出して来た。


「聞いておきたいこと?」

「あなたと、木挽こびきさんとの話しについてなんだけど。」

「あー。」

 木挽という名前を出された瞬間、俺の表情は無意識に消えた。

 目の光は消え、虚空を見つめる。

 そう繋がって来たか。と。


 木挽こびき琴里ことり

 彼女は、俺と一年前に同じクラスだったお金持ち女子。

 いつも取り巻きの女子達と一緒にいて、常に誰かを見下し笑っていた典型的ないじめっ子。


 クラスカースト。

 そんなものが本当にあるのかどうかは定かではないが、もしあったとすれば間違い無く最上位階に君臨し、女子グループを統括したリーダー的存在だ。


 そう、“だった”だ。彼女は今、学校にすら来ていない。

 以来は、誰も彼女の姿を見ていないことだろう。


 何故過去形になってしまったのか。

 その原因は俺にある。

 あれはまだ、去年のゴールデンウィークにも達していない時期。

 入学してやっと1ヶ月が経とうとするような時期だったのにも関わらず、俺のクラスではもう既に“いじめ”という学校問題が起きていた。

 おいおいもうおっ始まるのかよ。てか今の時代でもいじめ?本気?と、その時の俺は不躾にも軽く考えていた。


 主犯格は勿論彼女、木挽こびき琴里ことり

 彼女は一人の可愛らしい女子生徒クラスメイトを執拗に虐めて楽しんでいた。

 教師達もお金でも握らされたのか、特に問題それを提起することはなく、寧ろいじめを上手く隠蔽する方向に努力していた。

 努力する方向が違うんだよ、ばーか。


 虐められていた少女から助けを求められたりしたこともあった筈である。

 それなのに、学校側はその問題に対して一切の解決策を取らなかった。

 今にして思えば、彼らの対応には不可思議な点が幾つもあったなと思う。


 で、その現状に耐えきれなくなったのが俺だ。

 始めは、きっと学校側が何とかする。大人達が何とかしてくれる。

 そう信じていたのだが、結局そうはならなかった。そんな未来は来ないと理解してしまった。


 だったら。

 誰も何もしないのなら、俺が自分で動くしかないだろう。これで俺まで何も動き出さなければ、現状は何も変わらない。あの少女はこれからも暗い学校生活を送っていくことになる。

 俺は俺で、今日動き出さなかったことを後悔したまま、変に嫌な気持ちを抱えてこれからの人生を生きて行かなきゃいけなくなる。


 それが嫌だった。

 例え自分の平和が脅かされようとも、この程度のことなら自分は耐えられると、そんな勘違いをして。


 それに、虐められていた生徒は凄く良い可愛い系美人だった。

 こんな子が虐げられるくらいなら、俺のようなキモ男が変わってあげた方がまだましだ。

 あわよくばその子と仲良くなりたい。


 そんなちっぽけで軽い、安っぽけな正義感と少しばかりの下心で、俺は虐められていた少女に手を差しのばした。

 大丈夫?今までごめんね。と。


 その行動がもたらした結果は、火を見るよりも明らかで。

 虐めの対象は次の日には俺へと切り替わり、手を差し伸べた筈の少女は向こう側虐め側に立って一緒になって俺を侮蔑して楽しみ出した。

 偽善者キモ男というあだ名が付いた。


 それを見て安心したのは言うまでもない。いや、安心せざるを得なかった。

 そうでも思わないと、自分の心が簡単に折れてしまいそうで怖かったからだ。

 勇気を出して踏み込んだのに、何も救えませんでしたでは話にならない。俺の心が救われない。

 どんな立ち位置に変わろうとも、彼女が一人じゃなくなったのならそれで良いと、暴力を振るわれなくなったのならそれで良いと思って自分を落ち着かせた。


 酷い顔だったけれど、彼女は“いじめ”の苦しみからは抜け出せた。俺は当初の目的は達成したんだと偽りの満足感に浸った。

 俺が良かったと微笑むと、いじめられていた彼女は散々罵倒して踏みつけた後にバツが悪そうにしていた。


 強気で頑張っていた虚勢のおかげで、気分は悪くなかった。どうせ誰かが引き受けなければいけない嫌な役所。そこが見ていて気分の悪い場所なら、自分が引き受けた方が良い。


 誰かが傷つく姿を見ているくらいなら、自分が傷ついた方がまだましだ。後悔があるとするなら、超絶美人な彼女と仲良くなりたいという下心丸出しのサイテーなサブクエストが達成出来なかったことくらい。


 そんな嘘で、心が折れてしまわないように大切に大切に自分を騙し続けた。

 心がすり潰れそうになっても、笑っていられた。


 だが幸いなことに、そんな悲しい日々は永遠とは続かなかった。

 虐めに慣れ始めてしまって来た時、俺は毎日虐められた後に、ありがとうと感謝の言葉を述べるようにすることにしたのだ。


 最初はちょっとした反抗のつもりだった。

 いじめっ子が見たいのは俺の苦しむ顔。そんなことは分かっていたので、毎日それとは真逆の行動を取ってやる。せめてもの意趣返しで、俺に出来る最大限の嫌がらせをしよう。

 そう考えたのがきっかけだった。


 でも、それを実際に行動に移している内に、なんだか楽しくなって来てしまった。


 相手の困惑する顔、なんとかして俺を苦しませようと苦悩し、自らの頭を抱えだした彼女達を見て酷く達成感を感じてしまったのだ。


 その内、俺は木挽さんにありがとうと言って抱き付くようになった。

 抱き付いた瞬間にビックリして肩を跳ねらせる彼女が可愛く思えた。


 今までは恨めしかったが、意外に可愛い側面もあるじゃないか。

 「ひゃっ!!」だって!可っ愛い!

 よく見れば案外可愛い顔してるぞ、こいつ。と、段々とその行為を止められなくなっていった。


 当然、最初は抱き付いた後直ぐにボコボコにされた。集団リンチにあって殺されかけたこともあった。縛り付けにされて拷問染みたことをされたこともあったっけな。


 それでも俺は、抱き付くことを止めなかった。

 彼女の戸惑いと怒気を含んだ可愛いらしい反応を引き出すと充実感を得られた。

 これが青春かもしれない!と真面目に血迷った瞬間すらある。

 この時には、俺の思考は既にバグり始めていた。

 ともあれ、そんな仮定を経て俺に付き纏っていたいじめ問題に、新しい兆しが見え始めたのである。


 木挽さんからいじめられることが少なくなり始め、暫くの月日が経った頃。気が付けば俺は、この学校を含めた市内にある学校のいじめ問題の殆ど全て解決していた。

 俺がいじめを嗅ぎつけると、現場に颯爽と突入し、笑顔でそれを仲裁していったのだ。流石に、誰かれ構わず抱き付いたりはしなかったが、幾ら暴力を振っても倒れず、全てを受け入れ続ける俺にいじめっ子達は心底恐怖した。

 まるで人間じゃ無い何かを見るような目を向けられたことも何度もある。


 俺の身体の耐久面は、虐めによって凄く鍛えられて居たため、簡単に倒れたりはしなくなってしまっていた。その内、力ででも彼らを抑えられるようになって来てしまった俺を、もう誰も止めることが出来なくなっていった。


 “総前高校のドMで狂った偽善者いじめっ子バスター。”


 そんな噂と不名誉な名称が市内の全学校で広まり始めた頃、俺は木挽こびきさんにセクハラで訴えられた。

 勿論反論。


 裁判官がドン引きする程の激しい虐めの証拠を彼女からのラブコールとして提出。

 「ほら、私はこんなにも愛されているでしょ?」と主張してみせた。


 結果、法廷に立ち会った全ての人をドン引きさせて勝訴。

 弁護士からは提出した彼女からのいじめの証拠ラブコールがあれば、刑事事件としても充分取り扱えると言われたが、それは笑顔で拒否。


 学校側と木挽こびきさんのご両親に、起訴だけは止めてくれと土下座で謝られていたこともあるが、それよりもこれ以上現在の状況をややこしくしたくは無かったのだ。

 それに俺は、基本的には怠惰な性格なのである。

 なんでわざわざ裁判なんて面倒臭いことを自分からしなければいけないのか。

 それも割と自分にとってどうでも良い事象で。


 後日、俺は医師から環境起因性健康障害の烙印を押され、この学校での一連のいじめ問題は一応の終結を見せた。


 ……筈だった。

「アヒャ♪」

 あの校舎での出来事が全て他の第三者によって仕組まれていたことだったと知ることは、謝りに来た彼女の両親が偽物だったことに気が付いたのは、それからもう少しだけ後のお話。

 知らず知らずの内に壊してしまった誰かの計画は、醜い願望を抱いた木挽さんを利用することで強引に成果を得ようとした。


 結果、あの惨劇悪夢は起こった。

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