第1話(後) 悪夢から始まった日は嫌な予感がする
それが何故、こんな仲になったのかというと。それは一重に、隣に居るこいつらのせいだった。
「おはよう。立石君。」
「な、
委員長の後ろから顔を覗かせた彼女は、恥ずかしそうに
彼女を前にした途端に、俺の親友は途端に地面を見つめてしまう。少し顔を赤らめながら、意識しないように意識してしまっている。逃げ出したいけど一緒に居たい。そんな気難しい感情があるのだと彼は語っていたが、俺にはそれがよく分からなかった。
金髪ロングの髪型で、何処かふんわりとした優しさの溢れる雰囲気を纏った彼女のことを気に掛けているのは、何も隣のコイツだけのことではなく、敵は多いらしい。
と言っても、端から見れば誰が選ばれるのかは明白だった。
なにせ、地面と見つめ合う親友には分からないだろうが彼女の顔もまた凄いことになっていた。勇気が出せないのか、委員長の背中からは出て来ない。
二人とも幸せそうで、早くもホワホワとした彼ら独自の甘酸っぱくて優しい世界の空気感が漂い始める。月曜日の早朝、嫌気の籠もった車内の空気がそれに侵食され始めていた。
周囲の乗客も、生暖かい目で彼らを眺めている。何故か、一部の男性陣は殺伐とした視線を送っていたが、それは無視で構わないだろう。当の諒壱達は、お互いのことで精一杯で周りなんて見えていないようだし。
……これだ。
これが原因で、俺と委員長はよく顔を合わし、話をするようになった。
今も、彼らに挟まれた状態で苦笑いを交わしている。つまり、委員長とはそういう仲なのだ。
委員長は成井さんから恋の悩みを聞き、俺は諒壱から同じ悩みを聞いた。
誰が見ても好き合っていると分かる彼らだったが、当の当事者達には何故かお互いの気持ちが伝わっていないらしい。
お互いに本音を言えず、いつまでも甘酸っぱい初恋を引き延ばしながら一途な片想いを永遠と経験し続けている。どうして早く告白しないのか、お互いの気持ちが分からないのか。
それは、周りから見ている俺達には全く分からなかった。
うん。謎だ。恋の謎。難しい。
彼らが上手くいくように何度も試行錯誤してきたが、何故か最後の一歩を踏み出さないし踏み出せない。
それがもどかしくて仕方なかった俺は、同じ気持ちを抱えていた委員長と本来あり得なかった筈の手を取り会うという強硬手段を取ったのだ。話を持ちかけて来たのは委員長の方からだけど。え?俺からじゃないのって?んなこと出来ないに決まっている。禄に話した事もない他人を相手に、話しを持ち掛ける難易度ってのは俺の中では意外と高いのよ。
まあ、そんな俺事情は置いておいて。
彼らの恋を成就させる為に、お互いに協力し合って全力を尽くし、燃え尽きた。
知恵を絞って導き出した計画の全てが彼らの運命力やら純粋性に悉く潰えてしまった時、もう駄目だこいつらと半笑いになりながら二人で嘆いて
そうして、この恋の奮闘の後に残っていたのが、何故か委員長と俺がよく話すようになっていたというだけの
メインは奴らの恋愛成就の筈だったのに、そっちはもう地面に強く投げ捨てた。
そんな経緯があって、俺は委員長と仲良くなった。もう友達と言っても過言ではないのではないだろうか。どこからか友達判定で良いのかは分からんが、サブ報酬としてはまあ充分な成果だ。きっと、隣のこいつらが会わなくなるまでは、俺が委員長と顔を会わさなくなることもないんだろうな。
「なあ。こいつら昨日、何かあったのか?流石に挨拶だけでこうなるのは想定外だぞ。」
二人が視線を外している中で、こっそりと委員長に耳打ちする。
「あー。なんというか。色々、あったのよ。」
彼女は気まずそうに頬を掻きながら視線を逸らした。気になる反応だ。げっそりとした顔で言うなら、いつものやつかと思えるのだが、何で委員長まで顔を逸らすのやら。
こうなったら、委員長に聞いても答えてはくれなさそうだ。俺は仕方なく、親友の方に首を回す。
「なあ、お前ら、何かあったの?」
「な、ななな。なんかって、なに、かな。僕、分からないよ。」
「動揺を隠せてないぞ。お前、普段“僕”なんて一人称使わないだろ。」
「そ、それは、ほら、僕、結構良い所の出だから。」
……。これは聞けそうにないな。まあ、なんやかんやで俺の愚痴から話題が逸れたからいいか。
うちの親友は、小学生の頃から成井さんに片想いをしているそうだ。なのにまだ告白もしていないし、その勇気もないと言っている。
こいつらがくっ付くとするのなら、それは多分もっと先の話。
さっさと告白して付き合ってしまえ!!!
見てるこっちのがもどかしいわ!!!
と、思いはするものの、俺も委員長も既に見守る体勢に入ってしまった。もうこの恋路を無理に進めようとする人もいないだろう。彼らは彼らのペースで、ゆっくりとその気持ちに向き合って行けば良い。血迷っていっそ此方が彼らの気持ちをそれぞれに伝えようとしたが、それは流石に無粋過ぎる気がして辞めた。
寿命が尽きる前には告白するだろ。知らんけど。
勿論、恋の相談は聞くが以前のように裏で彼らをくっつける計画はもう立てない。彼らの恋を応援する中で幾つかの厄介毎に委員長を巻き込んでしまったしな。
そんな友人の恋路に悶々とした思いを抱えたまま、俺は今日も何の進展もない平和な日々を生きていく。
心の不安が、少しずつ落ち着いて―――
「ちょっと。」
恋する二人を和やかな目で眺めていると、小声の声と共に委員長に服の裾を引っ張られた。
「おわっ!とっと。」
急な出来事に、されるがままになって電車の外に連れ出されてしまう。乗っていた筈の電車のドアは目の前で閉まり、俺達を置いてきぼりにして発車した。
地面に視線が釘付けになった親友は、此方が外に出たことにも気づかないまま車内に残って行ってしまった。
いや、どんだけだよ……。
隠れ蓑を失った成井さんだけが慌てた様子のまま運ばれて行き、その様子はなんだか少し面白かった。
「えっと、委員長?俺達はあれに乗ってないと学校に遅刻しちゃうんだけど?」
「別に良いのよ。今回こそは上手くやって欲しいわね。」
「……。本当に大丈夫なの?昨日何があったのかは知らないけど、今更何があろうとあの二人は」
「大丈夫よ。今日は、おまじないを掛けて来てあげたの。」
走って行った電車の方向を見つめる委員長の
……。
「ふーん。そうなのか。それじゃ、まあ上手くいっちゃうのかもな。」
適当に返事をしながら、俺は委員長から感じる違和感を不思議に思った。
発言も、その仕草も。どこか、いつもの委員長とは違っていて。
まるでこれから死んでしまうのではないかと疑ってしまう程には、彼女は儚く遠い目をしているような気がした。
心なしか、その表情が少し曇ったような気がした。
困ったな。
そんな顔をされても、俺にはどうして良いかなんて分からない。
彼女が現実を嫌になりそうな理由になら心辺りはある。
委員長は、少し異常に思えてしまう程、正義感やら使命感やらがやたら強い。不良達がいると間違いなく無視せずに突っかかっていってしまう程だ。
例えその相手から恨まれることになろうとも、いつかそれがその人の為になるのであればと、自分が嫌われてしまうことも良しとしてその正義を強引に振りかざす節がある。
彼女の性格は強く優しいものだが、それは決して人に好かれるものではなかった。約束事を守る“都合の良い、良い子ちゃん“という面では一部の大人達からは好かれているだろうが。
だから、彼女には敵が多かった。
真っ当で明るい正義を強引に押し付けられれば、誰だって苦悶の表情は浮かべるだろう。
正論に対して、別にそれくらい良いじゃないか。と思わなくもないのだ。
彼女の言うことはぐうの音も出ない程正しい。反論を返しても、間違い無く強引に論破される。それが正しい行いであったとしても上から見下しているように捉えられてしまうことが度々だ。
そんな状態で、誰一人として彼女に反抗したり手を上げたりしない道理はない。皆が皆、素直に指摘に応じる訳がないのだ。
勿論、彼女自身もそんなことは百も承知だっただろう。でも、分かっているからといってぶつけられる悪意に耐えられる訳でもない。
彼女も一人の人間なのだ。心ない言葉に傷つきもする。
実際、命まで狙われたことがある。
それが本格的に彼女自身に牙を剥く前に。彼女がその悪意に気づく前に、俺は彼らに対して裏で少し乱暴な対処を施しはしたのだが、それでも全員分とはいかない。目を盗み、綿密な計画を立てているものがいたとしてもおかしくはないだろう。
いじめは嫌いだ。
でも、その連鎖を断つことは想像以上に難しい。
人の悪意は、善意よりもしぶといのだ。
命に関わるようなことでは無かったとしても、何か心が傷つけられるような言葉をぶつけられたのかもしれない。
……。
いや、考えすぎか。
そうでなくとも、もっと他に理由はあるだろう。
例えば、恋とか?
実は委員長も諒壱のことが好きでした。なんて展開があってもおかしくはない。
うん。諒壱は良い男だからな。
静かにそう納得しながらも、流石に誤解は不味いと思い遠回しに委員長の機嫌を取ってみることにした。
「委員長、顔色が悪いぞ。何かあったのか?」
「えっ……。そ、そう?」
結局、普通の言葉しか掛けてやれなかった俺に、委員長はささっと顔を隠すようにしてから改めて顔を向けてきては無理にはにかんだ。いや、嘘下手かよ。
……。
「ああ。無理していますって顔だ。言い難いことなら無理には聞かない。けど、教えてくれたら嬉しい。」
直感的にそれは聞かない方が良いことのような気がして。彼女の思いとは無理に向き合おうとはせず、曖昧な返事で俺は逃げた。
「えっと……。困ったな、本当に何でも無いんだけど。」
「そうか?だったらそうなんだろうな。まあ、気が向いた時にでも相談してくれ。」
結局、直接「恋か?」なんて聞けなかった。俺はひよった。
重たい鞄を肩に持つ。
あー。なんだかもう、面倒臭せ。
「せっかくだし、俺はこの変をぶらついてから学校に行こうと思うけど、委員長はどうする?急がないとホームルームには絶対に間に合わないけど。」
退屈そうに空を見上げながら、こっから学校まで走るのって結構キツくない?と思う。
登校自体は、まあ昼からくらいでいっか。そう思ったけれど。
「何を言っているの?遅刻なんて許す訳ないじゃない。」
そんな委員長の返しが頭に浮かんだ。少し過剰なまでに正義感が強い彼女のことだ。きっとそういうに違い無い。
彼女とももう付き合いは長い。
大抵のことは、なんて返して来るか想像が付いてしまう。
だから……。
「ねえ。今日はもう、二人で学校サボっちゃわない?」
そんな返事が返って来た時には驚きを隠せなかった。
そうか。と静かに目を細める。
もしかして俺に恋?そんな、照れるな。
一瞬だけそんな雑念に捕らわれたが、陰りを見せる彼女の表情からそれだけは絶対にないことが分かった。
経験上、誰かが普段とは違った行動を取るとき、必ず厄介なことが後に待ち受けている。
正直、今すぐにでもここを離れた方が良いのだろうが、それは去年の俺が否定する。
こうなれば、俺はもう逃げられない。
ああ。始まるのか。
視界の端で、数羽のカラスが鳴きながら空へと羽ばたいていった。
観客は、幕が上がることを期待している。
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