Novelber day 8 『幸運』
私の人生に、特別なことなど何もなかった。他人より優れた才に恵まれたわけでもない、裕福なわけでもない、仕事で成功したわけでもない。ただ身一つで働いて、日々をどうにかやり過ごして、たまの贅沢に晩酌なんかを嗜む程度で……。
「正直、これでいいのかなって、思うこともあるよ」
その晩酌の席で、相方に訴える。彼女は曖昧な顔で笑うと、私の手からお酒の入った杯を奪い取った。電球の光の下で、カラカラと回る氷の音。
「体が丈夫で、仕事があって、適当に貯金もしてて。それで何か不満なの?」
「だってさぁ……もっとうまくやれたんじゃないかって、色々足りないんじゃないかって」
「あのねぇ。何と較べてるの、何と」
「何って……」
……何、かなぁ? 私が酔った頭でぼんやりしていると、彼女は私の杯をグッと一気に飲み干して。
――そして、私の唇に口づけを落とした。冷たいと思ったのは最初だけで、後から後から、どんどん熱くなって。
「……私みたいなカノジョがいて、それが幸運って思わないの?」
「しゅっ……すいません……」
私を見下ろす顔が、アザレアみたいに赤かった。きっと私の顔も、同じようなものだろう。こんなことされてしまったらもう、それまでの悩みも不満も、全部全部、霧散するしかないじゃないか。
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