Novelber day 9 『一つ星』

 かつて天に輝く一つ星は、航海の指標だった。方角を定め、目的地へ迷わず進む為の、重要な指針だった。

 今、我々が往くのは月明かりを映す海ではなく。物質の三態いずれでも無く、未だに正体の知れない暗黒物質に満ちた闇の海。

 その果ての果てに煌めく恒星の光。星屑の帯の向こうに位置する、その眩い光の束を目指して飛ぶ。

「飛んで火に入るなんとか、って言葉があるがね」

「はぁ。私、地球の諺には明るくないので」

 助手のロボットに冷たくあしらわれつつも、合成酒を一口あおる。

 ――この旅に、明確なゴールは無い。帰る先も無い。長い長い宇宙探索、その果てを知る為の旅の、ほんの一小節。私の記憶と経験も、いつかの死に保存され、次の世代に活かされる為の、材料作りに過ぎない。

 それでも星は美しい。いつかそれも通り過ぎ、次の銀河に進むにしても。目指す光があること、それが手の届かぬ場所に有り続けてくれていること、そのものが――。

 もう一口、酒をあおる。飲み過ぎだと機械音声に怒られるまでは、こうして浸っているのも悪くない。

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