第46話 王都にて・4

 王都のアマノ侯爵邸には、ドラゴニア王国騎士団が踏み込んでいた。


「これはどういうことですか!?」


 王都のアマノ侯爵邸には現在、次男カインだけが滞在している。


 アマノ侯爵本人と長男のアレンは自領に戻り、裏で動いていた事は王国騎士団も報告などで承知であったから、目的は次男カインの捕縛であった。


「カイン・アマノ、国家反逆罪の疑いで逮捕状が出ている。わかっているな?」


 王国騎士団の隊長が王家発行の逮捕状をカインの眼前に突き付けた。


「な、何かの誤解だ! ……そ、そうだ! これはきっと父上達が私をトカゲの尻尾切りに──」


「それも含めて、色々と聞かせてもらいましょうか? ──連れていけ!」


 隊長は全て承知とばかりに頷くと騎士達に連行する様に命令するのであった。



 連行された次男カインは、騎士団の取り調べで何もかもを吐いた。


 それこそ、敵国に情報を流していた事も認めたし、その見返りに多額の報酬を手にしていた事も。


 そして、そのお金をばら撒いて新たな人脈を作りまた新たな情報を入手する。


 それをまたお金に変えるという事を繰り返していた。


 それは国を売る為というより、ただ遊ぶ金欲しさの行動であったが、名門アマノ侯爵家の次男ともなればそれがどういう事か理解していなければならない。


 当人であるカインは正直なところスサ(タロ)の件で特別扱いされていた時代が当然の感覚になっていたから、本当に理解していたか怪しいところではあったが、調査する王国騎士団側はそんな事は知らないし、オリヴィア王女からの情報で黒幕はアマノ侯爵と長男である可能性が高いと王国騎士団は睨んでいたから、カインにはその方向で自供させれば良い。


 取調官は簡単にペラペラと自供していくこのカインに手応えを感じないくらいであったが、長い間専横の限りを尽くしてきたアマノ侯爵家の逮捕は王国騎士団としても長年の悲願であったので手を緩める気はさらさらないのであった。


 次男カインは、自分の罪を軽くする為にある事ない事を色々と自供し始めていた。


 終いには、父アマノ侯爵、長男アレンが黒幕であるという騎士団側の誘導に従って話し始めたから、騎士団としてはやり易い。


 本丸がアマノ侯爵家というシナリオが出来上がっていた騎士団は、カインの自供が取れるとアマノ侯爵領に王国騎士団の精鋭を送り込むことになるのであった。



「王女殿下、アマノ侯爵家の次男カインが、自供を始めたようです」


 身辺を調査していた部下がオリヴィア王女に騎士団による調査の進捗状況を伝えた。


「そう……。それで、スサの生存は確認できたの?」


「はい。カインの証言では生きているはずだと」


「スサはやっぱり生きているのね!?」


 オリヴィア王女は目を見開いて、元婚約者の生存を確認した。


「ですが、今頃、死んでいるだろうとの事です……」


「え?」


「何でも長男アレンが父アマノ侯爵の命令でスサ殿の元に刺客を送ったのがひと月前の事だそうです」


「やっぱり前回の報告の探し屋と暗殺ギルド関連はスサを始末する為のものだったのね!? ──それでスサはどこにいるの!?」


「それが、クサナギ王国らしいです」


「クサナギ王国……。確かこの国の南東部に位置する小国だったわね?」


「はい。丁度、カインが証言したひと月ほどで王都から向かうと到着する位置にある国です」


「セバス! すぐに、伝令を出して。スサの暗殺を阻止しなさい!」


 オリヴィア王女は傍に待機していた側近のセバスに命令した。


「殿下。刺客が送り込まれたのはひと月前です。カイン殿の証言通りなら、今頃は亡くなられている可能性が非常に高いかと……」


「スサは元々死んでいた事になっていたのよ。もしかしたら今度も生き残っているかもしれないじゃない!」


「スサ殿は、こう言っては何ですが、刺客を返り討ちに出来るような剣技の持ち主ではありませんでした。それもアマノ侯爵家が雇うような刺客は暗殺ギルドでも腕利きの特別な人間でしょう。正直、そのようなプロに狙われたら殿下のように周囲に騎士級の護衛が二十四時間付いていない限り、殺された瞬間にも気づかないくらいあっさりと死を迎えると思います……」


「スサ……。──スサの事はわかったわ……。少し、一人にしてくれる? ちょっと休みたいわ……」


 オリヴィア王女はスサの生存に一喜一憂していたその姿も今は絶望に打ちひしがれた様子だった。


 セバスが部下の男を部屋から出すと、自分もオリヴィア王女を部屋に一人残し退室するのであった。



 数日後、アマノ侯爵領の領境に王国騎士団が乗り込んでくると、アマノ侯爵は青天の霹靂とばかりに動揺した。


 アマノ侯爵本人は宰相に返り咲く為に人を使って賄賂を周囲にばら撒いていたのだが、それがまさか、その程度の事で王国騎士団が自領に送り込まれるとは思っていなかったのだ。


「父上! 王国騎士団を送り込んでくるなど、ただ事ではございません。領兵を率いて対峙し、その目的をしかと問い質す必要があるかと思います!」


 長男アレンは王家に対しても強気であった。


 それはきっと、王家と同様の扱いを受けてきた慢心の結果であろう。


「ば、馬鹿な事を申すな! 王国騎士団に歯向かうは王家に弓引く事ぞ! ──私が出て行き弁明すればきっと陛下も理解てくれるはずだ!」


 アマノ侯爵は、長男アレンの進言を却下すると、領兵を引かせて王国騎士団と直接対話しようとした。


 長男アレンは、それが不満であったが、父親の判断である。それに従うのであった。


 もちろん、王国騎士団はアマノ侯爵と長男アレンは問答無用で拘束、罪人として王都へと送り届けた。


 そして、王都で取り調べが行われた。


「そんな罪には身に覚えがないと言っているだろう!」


 アマノ侯爵は何十回目かの取り調べで、また、同じ事を答えていた。


 取調官は、その回答は聞き飽きたとばかりに、また、最初から同じ質問を繰り返す。


 そこへ、取調官の元にやって来た別の騎士団員が耳打ちする。


「……ほう。──アマノ侯爵。最近、王都で拘束した不審人物があなたにスサ殿暗殺を依頼されたと自供したぞ?」


「なっ!?」


 アマノ侯爵は思いのほか動揺した。


「それも、見事に殺害したそうだ。成功報酬を回収する為にもあなた方の動向を伺っていたようだが、そのせいで拘束されたようだな。アマノ侯爵、自分の息子を殺害した容疑が追加されたぞ。どうする?」


 ここが勝負どころと判断した取調官は再度、厳しく取り調べを始めるのであった。



 この報は、すぐにオリヴィア王女の耳にも入った。


「スサがすでに殺されている……?」


「そのようです……。捕縛した刺客がひと月以上前にクサナギ王国の辺境の村で殺害したと事細かにその状況を自供致しました。殺害に『竜の守人殺し』なるアマノ侯爵家に古くから伝わる短剣を使用したとの事。その様な伝承は王家とアマノ家しか知らない情報ですから、事実かと……」


「……!」


 オリヴィア王女はショックのあまり、その場で立ち眩みを起こした。


「王女殿下!」


 部下達がオリヴィア王女の元に駆け寄る。


 こうして、スサ(タロ)は、死亡が確定し、改めて正式に死人として扱われる事になったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る