第45話 最後の思い

 そこには先程までティアと仲良くしようと奮戦していた愛らしい少女の姿は無かった。


「仕留めた!」


 少女の姿からは程遠い声がエマの口から洩れた。


 エマは続ける。


「私はあなたの元親から依頼された暗殺ギルドの刺客よ。任務は果たしたわ!」


 エマはこの歳で暗殺ギルドの幼い刺客だったのだ。


 いや、暗殺ギルドとしては切り札だった。


 エマは魔法収納スキルを持ち、アマノ侯爵家から預かった『竜の守人殺し』という異名のある短剣を隠し持っていたのだ。


 その短剣でタロに傷を負わせる為に、今回の茶番は計画された。


 最初は、ダン達を家族の振りで近づけ、隙を見てタロをどこかで襲撃すれば良いと考えていたが、周囲にはダラスとネイが常にいて厄介そうだと考え、娘のティアに目を付けた。


 大切にされているティアを人質に取り、タロの命を奪う事にしたのだ。


 だが、ティアはタロから離れようとしない。


 エマに引き離させようとしたが、上手くいかなかった。


 そこで、刺客達は作戦を練り直す必要があった。


 そこで、今回のエマ人質作戦だ。


 刺客が刺客を人質に取るという茶番だが、エマを助ける為に標的であるタロが動いてくれれば隙も生まれると見たのだ。


 それを考えた刺客達は確実にやる為に、この茶番を用意した。


 慎重過ぎる程の作戦だったが、そうさせたのはタロであった。


 タロは一見華奢で弱そうだったが、ダン達が数日間観察していると、その動きは只者ではなかった。


 力も畑仕事でいかんなく発揮していたし、足運びも只者ではなくアマノ侯爵家の報告とは全然違っていたのである。


 だからこそ二重に罠を張ったのだ。


 男達がやられるのも計算の内だった。


 もちろん、男達はその事は知らない下っ端連中だ。


 前もって伝えるとその動きに違和感が出る可能性があるから敢えて秘密にしていた。


「よくやったエマ! その短剣は『竜の守人殺し』という特殊な短剣。傷を負ったお前は死ぬだけさ!」


 ダンも勝ち誇った。


「タロ!」


 と、ティアが足場の悪い畑の中を叫んで駆け寄ろうとした。


「タロさん!」


 ネイはすぐにタロに駆け寄る。


「タロ、大丈夫か!」


 ダラスもネイと一緒に駆け寄ると、タロの足に腰布を止血の為に巻こうとした。


「だ、大丈夫。僕には治癒魔法があるから」


 タロは落ち着いてみんなに答えると、


「全治癒!」


 と自分に唱えた。


 すると出血は止まり、傷は見る見るうちに塞がっていく。


 倒れていたエマはそれを見て驚くが、


「治癒魔法を使えるなんて聞いてない! でも、短剣には念の為猛毒も塗ってある。傷口を治癒したからと言って──」


 と、改めて勝ちを宣言しようとした。


 しかし、タロはがそれを阻むように答えた。


「毒の治療も『全治癒』で、治療できるんだよ」


「そんな馬鹿な!?」


 エマはショックを受けた。


 そして、急にそのエマが苦しみ始めた。


「な、どういう事……? 体が冷たくなっていく……!」


 一同は異変に驚いてエマを凝視した。


 それと同時に、足元に転がっていた短剣『竜の守人殺し』が朽ちていくように砂へと変化していくのがわかった。


 そして、それを使用していたエマも同じように足から砂になっていく。


「さ、寒い……。感覚が無くなっていく……」


 エマは最後にそう言うと完全に砂になって消え去るのであった。


 あまりの光景にタロ達だけでなく、暗殺ギルドのダンとニキも凍り付いて固まっていた。


 そこにやっと、ティアが転びながらタロに駆け付ける。


「タロ、死なないで!」


 ティアがタロを心配しすぎてなのかその場にいた者たちにすると、間の抜けた言葉に聞こえた時であった。


 今度はタロが苦しみだした。


 傷口のあったところから、放射状に黒く浮き上がった何かが広がっていく。


「全身が、痛くて……、く、苦しい……!」


 タロが、痛みに身をよじらせた。


「タロ!?」


「タロさん!」


「タロ、死んじゃやだ!」


 ティアはすでにタロの苦しみがただ事ではない事を分かっていたのか、涙をボロボロと流し始めていた。


「どうなっている!? 傷は治ったんだろう!?」


 ダラスがどうしていいのかわからず、タロの肩を掴んで揺さぶる。


 そのタロは、全身に黒く浮き上がった何かでもがき苦しんでいる。


 そして、その時は訪れた。


 苦しんでいたタロの動きが止まり、急激に冷たくなっていく。


「……嘘だろ?」


「タロ……さん?」


「タロー! ティアを置いてかないで……!」


 ティアは何かを感じたのかタロにしがみ付いた。


「や、やったな?」


「ええ。任務を果たしたわ!」


 ダンとニキはタロの死を確信すると、その場から逃げ出した。


 任務は完了したのだ、これ以上、この場にいる必要はない。


 その二人を誰も追う者はいなかった。


 ティアはタロの胸にしがみ付いて泣いているし、ネイも呆然として涙を流していた。


 ダラスも命の恩人であるタロが苦しんで冷たくなるのを、何もできずに看取る事になって、その場に脱力して座り込んだ。


「……まだ、助けられる、はず……」


 ティアはそう言うと自分の魔法収納から一つの欠片を取り出した。


 最後の竜の卵の欠片だ。


「ティアさん!」


 ネイが、はっとした顔でティアを見つめる。


 ティアはそれに答えるように頷いた。


 ダラスは呆然自失のままだ。


 ティアは、出したその欠片を地面に置くと手をかざす。


 そして、念じるように魔力を欠片に込めていく。


 ネイは、それを手を合わせて祈り、見つめる。


 ダラスは、二人がタロの死に錯乱したのかとその光景を無感情に見つめていた。


 するとティアの魔力に竜の卵の欠片が答える様にまばゆい光を発し始めた。


「何だ……!?」


 ダラスがその光を理解出来ずに驚いた。


 次の瞬間、強い光と共に欠片があった場所には小さい一つの液体の入ったガラス瓶が現れた。


 ティアはその瓶の蓋を外すと、ネイを見る。


 ネイもすぐ察したのだろう。


 タロの上半身を抱き上げ、その口を開かせた。


 ティアは躊躇する事無くその口にガラス瓶の中身を流し込む。


「「「……」」」


 三人が息を呑んでタロを見つめていると、タロの口から呼吸音が漏れた。


 それと同時に体中を覆っていた黒い放射状に広がった何かも消えていく。


「な、何が起きているんだ……?」


 ダラスには目の前の奇跡が理解出来なかった。


 それに対してティアとネイは何もかも理解し、抱き合った。


 そして、ダラスにティアが伝える。


「タロは助かったよ」


 と。

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