第39話 奇妙な流れ

 森の中で負傷して倒れていた男は、過去に遭遇した盗賊団の首領であった。


 タロにとっては、お金を巻き上げられた相手だからあまり良い思い出とは言えない相手であったが、命を取らないという点であまり恨みはない。


 首領にしたら恨みを買わない為の上手い立ち回り方法なのだろうが、この時代、人の命は軽いから、殺さずにお金だけ奪って後は見逃すというのはとても珍しい事であった。


 タロが、治癒魔法で治療すると、すぐに首領の男は意識を吹き返した。


「……うっ。こ、ここは……?」


「目が覚めましたか、首領さん。ここは、クサナギ王国辺境の森の中ですよ」


「お前は……?」


「覚えていませんか? 二か月ほど前、あなたに大金の入った袋を二つほど盗られた者です」


「あの時の兄ちゃんか……!」


 首領の男はがばっと上半身を起こすと、お腹にあったはずの傷を確認した。


「深手だったはずなのに治ってやがる……」


「命拾いしましたね」


 タロは笑って答えた。


「タロのお陰! 感謝して」


 ティアが傍でタロを自慢する様に胸を張った。


「兄ちゃんが治しくれたのか……。すまん、感謝する」


 首領の男は、頭を下げた。


「それにしてもどうしたんですか、こんなところにそれも一人で負傷した状態で」


「……雇い主に裏切られたのさ」


「裏切られた?」


「俺はドラゴニア王国南部のダンカン子爵領の元領兵隊長を務めていたんだが、この数年の干ばつや不景気で失業してな。そこにダンカン子爵からとある話を持ち込まれた。それが、国境を超えて盗賊行為を行う事だった」


「「「……!」」」


「俺の住んでいた街の連中もその日暮らしの奴が多くてな。家族を抱えている奴も多い。悪い事だとはわかってはいたが、他国の裕福な連中から巻き上げるなら心も痛まないと思ったんだがな……」


「なるほど。それで、各国の国境線を股に掛けて被害を分散させながら盗賊行為を行っていたんですね」


「……そういう事だ。だが、俺は一度たりとも人殺しはしていないし、無理な略奪も避けてきた。同じ盗みに違いはないが、それでもまだ、ダンカン子爵領の領民の為にも仕方がない事だと思っていた。……だが、ダンカン子爵の気が変わってな。ある時、俺達が稼ぎの一部を隠し持っていると言い出した。もちろん、俺達はそんな事はしていない。報酬以外の金は全てダンカン子爵に収めていたのに欲に目が眩んだのか、誰かに入れ知恵されたのか追及された。そんなある日、仲直りの為に全員を食事会に招待すると言われて子爵の館を訪れたらそれは罠だった。俺達は武器を取り上げられた状態で抵抗し、囲みを突破して俺は逃げ出せたが、どのくらいの仲間が逃げおおせる事が出来たのか……」


「……」


「今や、俺はドラゴニア王国では立派な賞金首さ。どうだ? 突き出して賞金でも貰うか?」


「こちらじゃあ、あんたはお尋ね者じゃない。かと言ってわざわざドラゴニア王国側まで連れて行って突き出すほど、暇じゃないな」


 黙って聞いていたダッチがそう言って断った。


 タロもその言葉に頷く。


「僕もドラゴニア王国にあなたを突き出すほど、国に義理はありません。首領さんは好きにするといいですよ。あ、でも、僕が助けた事に恩を感じるなら、その命、大切に扱って下さいね」


 タロはそう笑顔で答えると立ち上がる。


「それにしてもあの怪我で良くここまで逃げのびましたね」


 タロは首領の男に手を貸すと立たせた。


「怪我をしたのはこちら側だったからな。あいつら、国境線を越えて追って来たんだ。俺も国境線を越えられたから安心していたのが悪いんだが、茂みに隠れていた野郎に槍で突かれてな……。幸い俺は馬に乗っていたから逃げ延びられたわけだが、最後は馬から落ちてここで気を失ったみたいだ」


「馬か。見つけたら貰っていいか?」


 ダッチがニヤリと笑って首領に聞いた。


「好きにすればいい。ただし、盗んだ馬だからな? ドラゴニアからここまで運んでくれたから感謝くらいはしたいが、馬に言っても意味は無いか」


「これからどうしますか? 良かったら家に泊まってもいいですよ? 空き部屋もありますし」


「おいおい、タロ。いくらなんでも妙齢の女性や年端も行かぬ娘がいるんだ。盗賊の首領を泊めるのはさすがに不用心だろう」


 ダッチがさすがにそれは止めに入った。


「はっはっはっ! そいつの言う通りだ。タロって言うのか? タロ、金を盗った相手の命を助け、宿まで世話するのは人が良すぎるぞ?」


 首領は、その人の良さにさすがに呆れて笑うのであった。


「それではしばらくの間、うちで寝泊まりして、恩を返して下さい。うちには離れに倉庫兼作業部屋もあるのでそちらで寝泊まりすれば問題ないですし」


 タロはこの首領の男に同情と共感する思いがあった。


 タロとは全く境遇も立場も違ったが、努力が報われず、国を出る事になった事に過去の自分を見たのかもしれない。


「参ったな……。国では一番信用していた相手に裏切られたのに、まさか金を取り上げた相手に手を差し伸べられるとは……」


「ダッチさん、今、この村は若い人が出かけていて男手足りないでしょう? 丁度いいじゃないですか」


「タロ、お前なぁ……。──わかったよ。俺は黙っていればいいんだろう? ──いつまでいるのか知らんが、俺はダッチだ」


 ダッチはタロに改めて呆れるのだったが、首を縦に振るとダラスに自己紹介するのであった。


「俺はダラスだ。長居するつもりはないから安心してくれ。それに迷惑はかけない。いや、もうすでに迷惑はかけているか……」


 長い黒髪を後ろで束ねた茶色い目を持つ体格の良い顔半分がひげ面のダラスはダッチと握手をすると自嘲気味に答えるのであった。


「僕はタロ。そして、こっちがティア。そして、彼女がネイ。この二人に何かあったら僕が許さないのでそこは注意して下さい。──絶対ですよ?」


 タロは、ニッコリと笑みを浮かべると一番重要な事を念押しするのであった。

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