第36話 終わり
午後からはティアとネイも大人しくタロの手続きを待つ事にした。
その為、何も起こる事なく時間は過ぎ夕方になった。
「お、終わった……!」
商業ギルドの若い職員がガッツポーズをすると他の職員達からも同様の声が漏れる。
ただし、関係者のほとんどは精魂尽き果てた状況であった。
もちろん、この後、彼女とのデートでプロポーズが待っている若い職員にとってはこれからが勝負であったが、その表情は燃え尽きた感がある。
タロは若い職員の為に協力して夕方までに終わらせたから、この後のデートの後のプロポーズに影響すると申し訳がない。
タロはそっと若い職員の背中に軽く手を合わせると、これまでなら使えるわけがなかったが、ティアに教えてもらう事で可能になった取って置きの魔法を唱えた。
「治癒……!」
若い職員の疲労困憊した目に精気が溢れていく。
「え? ──何か力がみなぎって来た!」
若い職員は思わず拳を振り上げる。
「お、おう、そうか! ならもう仕事上がっていいぞ! デート頑張れよ!」
課長が若い職員を励ました。
他の職員も膨大な仕事を力を合わせて完了させた直後である。
一体感が半端なかった。
「頑張れ!」
「お前なら大丈夫!」
「成功を祈る!」
商業ギルド一帯が一つになった。
「それでは、お客様。全ての登録が完了しました。またのご来店をお待ちしております!」
若い職員はタロにそう告げると、上着を脱ぎ颯爽と更衣室へと駆けていくのであった。
「……頑張れ、職員さん……!」
タロも一日一緒に作業を手伝った仲として成功を祈るのであった。
ちなみに、この若い職員はこの後の交際二年目記念デートの締めにプロポーズをして見事成功を収め、後日の結婚披露宴で、無茶なお客さんが当日いたという笑い話のネタとしてタロが登場する事になるのだが、それを当人のタロは知る由もないのであった。
タロは午後からずっと待ってくれていたティアとネイを労い、宿泊先である宿屋『緑の安らぎ亭』に戻ると食堂で奮発する事にした。
そこへ美人母娘ステラとアンナも合流し、豪勢な食事会が行われる事になるのであった。
「夕方までかかっていたの!?」
食事中、娘のアンナがタロから日中はずっとギルドにいたと聞いて驚いた。
「あら、まぁ。ではティアちゃんやネイさんとお買い物する時間も無かったの?」
母ステラも驚くとせっかくの街での過ごし方が残念なものであった事に同情するのであった。
「タロ、忙しかったけど、ティアもネイと楽しかったよ?」
ティアが美人母娘の同情に答えて見せた。
「ティアさんとは、午前中二人で街を回れたので楽しかったですよ」
ネイもティアの言葉に賛同して答えた。
「二人は街を回れたのね、良かったわ。でも、お洋服とか欲しい物は買えたの?」
ステラはネイとティアの服装が変わっていないのでそこを心配した。
「ティア、タロが買ってくれたこの服、気に入ってる!」
アシナの村の雑貨屋でタロに買ってもらった紺色の服を椅子の上に立って見せてから胸を張った。
「私もタロさんの口利きで雑貨屋さんで予備の服を仕立てて貰いましたから大丈夫です」
ネイもいつもの露出度が高い服のままだが、それで十分なようだ。
「二人共タロさんが大好きなのね。うふふっ」
ステラはティアとネイを微笑ましく思うのであった。
「二人共今日はごめんな。僕が一度にあの量を提出しなければ、一緒に買い物もできたのに……。──そうだ! 明日も残って一日街を楽しもうか?」
タロは二人の言葉に内心嬉しく思いながら、延長の提案をした。
「ここのお食事美味しい。でも、お家でタロが作ってくれる食事はもっと好き。ティア、もう、帰りたい」
「そうですね。たまに大きな街で買い物も良いのかもしれませんが、ティアさんの言う通り、私もお家でゆっくりする方が良いです」
ネイもティアを支持するのであった。
「わかったよ。じゃあ、明日予定通り帰ろうか。それではステラさん、アンナさん、帰りもよろしくお願いします」
「ふふふっ。本当に仲が良いのね」
ステラとアンナは三人の仲の良さが眩しく映り、その影響か二人は肩を抱き合ってほほ笑むのであった。
翌日、朝一番で乗合馬車に乗り込むと、五人は予定通り帰郷する事になった。
「私はもう少し、居たかったなぁ」
十四歳のアンナには賑わいのあるサイロンの街の方が魅力的に映るのだろう、そうぼやいた。
「この子ったら、ずっとこればっかりなのよ。ふふふ」
ステラは娘のぼやきは自分も通って来た道なのだろう、懐かしむようにクスクスと笑うのであった。
乗合馬車は順調に進み予定通り、各村でお客を降ろし、時には乗車させて進んでいた。
「こうしてタロさんとアシナの村に向かう馬車に一緒に乗るのはもう、一か月以上前の事になるんですね」
馬車内で揺られながら、ステラがふとそう漏らした。
「……そうですね。あの時は盗賊団に襲われる事になるとは思いませんでしたが」
タロはその時の事を思い出してふと笑みがこぼれた。
あの時は無力でハッタリだけが武器で、今思い出しても紙一重のやり取りだった。
あそこで駆け引きを失敗したらティアとも会えなかったかもしれないと思うと、少しゾッとするのであった。
「止まれ!」
その時、馬車の外で制止の声が聞こえてきた。
御者はその言葉に従うように、「どう!どう!」と、馬の手綱を引いて馬車を止める。
「お客さん達、盗賊だ! 誰か戦える人はいないかい!?」
御者は最後の綱とばかりに乗車していた男達三人に声を掛ける。
「オラは無理だ。街への出稼ぎから故郷に帰っているただの農民だぞ」
「俺はただの行商人だ。こんなところで盗賊が出るなんて聞いてないぞ!」
二人共稼ぎが盗賊に巻き上げられるのが嫌で悲鳴を上げる。
「大人しく乗客は馬車から降りな!」
その声にタロとステラ、アンナは目を見合わせた。
まさか!?
馬車を言われた通りに降りて外に出ると、一か月前に自分達を襲った盗賊の一味であるガゼとその取り巻き連中が馬車内を囲んでいるのを知るのであった。
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