第35話 脳筋エルフ

 ネイはティアを抱っこして街の大通りを歩いていた。


 通行人はこの二人に目がいく。


 なにしろスタイルの良い美しい金髪エルフと、銀髪幼女である。


 組み合わせ的にも男のみならず、女性からも


「あの子、可愛くない?」


「同じ女としてあのスタイルは憧れる……!」


「え?母娘?」


 などと注目を浴びるのであった。


「これは目立ちますね。ティアさん、少し、人混み避けますか?」


「うん、いいよ」


 ティアはネイの提案に賛同した。


 タロが銀髪を隠しているのを思い出し、自分も銀髪だから目立ちのかもしれないと思い始めたのだ。


 そして、首に巻いていたスカーフを外すとほっかぶりのように被る。


「ティアさん、それは?」


「目立たないようにしてるの」


「なるほど。私もそうしますね」


 ティアの被ったスカーフを参考にネイも手荷物の中から手拭いを出してそれを被る。


 こうして二人は、見事に怪しい母娘の出来上がりであった。


 その恰好で通りの外れに入り、道を進む。


 だが、ネイのスタイルは手拭いなどで隠せるわけもなく、事情有りの子連れ美女にしか映らない。


 すぐに怪しげな男が寄って来た。


「そこの良い胸しているねぇちゃん。俺と遊ばないか?」


 二人は無視して通り過ぎる。


「おいおい、この裏通りをそんな恰好で無事に通れると思っているのか?」


 他の男も声を掛けてくる。


「ティアさん、すみません。多少目立っても表通りを歩くべきでした」


「ネイ、悪くない。ティアのワガママのせい」


 ティアは反省して下を向く。


 そこへ、ネイの肩を男が掴んで、通り過ぎようとするのを止めた。


「触るな下郎! ティアさんが凹んでいる最中でしょうが!」


 ネイはどこか北国のお父さんが言いそうな台詞を言うと、男の手を振り解く。


「下郎とは酷い言い草だな、この女! ……だが、俺も男だ。あんたが相手してくれるならガキは大目に見てやってもいいんだぜ?」


 ティアに害を及ぼすような台詞を言う男にネイは反応した。


「……ほう。ティアさんに手を出す気だったのだな? ならば話は別だ。タロさんの代わりに私が成敗してくれる。かかってこい!」


 ネイは勝手に戦闘態勢に入るのであった。


「? 大丈夫かこの女? ──まぁ、いい。この裏通りに入り込んで来た自分を恨みな。お前は俺達の慰みもの、娘はその趣味の連中に売り飛ばしてやる」


 男達が本性を現した時だった。


 ネイはティアを左手に抱っこしたまま、軽率な発言をした男の股間を蹴り上げて、人生を終わらせると同時に、掴みかかって来た男の顔を右手で掴んで持ち上げた。


「「「なっ!?」」」


 他の男達はその馬鹿力に愕然とする。


「イテェェェェッ!」


 頭を掴まれた男はこめかみに食い込む指に悲鳴を上げた。


「ティアさんに手を出そうとした連中は私が許さない。私はタロさんのように甘くないわよ?」


 ほとんどの男はネイ目的だったのだが、ネイの中ではティアが狙われ危機的状況という認識であった。


「す、すまなかった! だからそいつを放してやってくれ!」


 チンピラ達はネイが見た目通りヤバい相手だと認めて仲間の命乞いに変更した。


「……ティアさん、どうしますか?」


「通りに戻ろう、ネイ。ここ臭い……」


 ティアは裏通りより、人通りのある方が臭くないと思ったのか鼻を摘まんで答えた。


「確かにそうですね」


 ネイはそこで手を離すと失神した男が地面に倒れるのであった。


「これに懲りて、ティアさんを誘拐しようとしない事よ」


 ネイはチンピラ達に注意するとティアを抱っこしたまま通りを戻っていく。


「「「(目的はあんたの体だったのに、幼女趣味扱いになってる!)」」」


 と内心で思っても、声に出せないチンピラ達であった。



 その後のティアとネイは表の通りで、やけにスタイルの良いほっかむりをした変な母娘として好奇の目に晒されながらお店を一通り見て回る。


 お昼になり、ティアのお腹がそれを知らせるように鳴った。


「あ、もうお昼ですね。ティアさん、どこかで食事しますか?」


 ネイの問いかけに、


「タロ、きっとまだ、あそこにいる。だから、あれ買って行こうよ」


 とティアは答えた。


 ティアの示す指先には屋台があった。


 薄く延ばして焼いた生地の上にお肉や野菜を乗せて包んだ食べ物だ。


「美味しそうですね!」


 近くまで行くといい匂いがするのでネイも賛同し、自分達の分も含めて三つ注文する。


「変な格好してるね、お客さん。暑くないのか?」


 店員のおじさんはティアとネイがスカーフと手拭いを顔に巻いている姿に注文の品を作りながら心配してみせた。


「ティアさん、もう、取りましょうか? この姿でも目立っている様子でしたし」


 ネイが苦笑するとティアに聞いた。


「うん。ネイが言うなら外す!」


 ティアはそう答えるとスカーフを外し、ネイの首に巻いて戻すのであった。


「ありゃ? これは二人共べっぴんさんじゃないか! よし、良いもの拝ませてもらったから、デザートもサービスだ!」


 店員のおじさんはそう言うと、注文した食べ物とは別に、シナモンのいい香りがするスティック状のお菓子を三つ付けてくれた。


「ありがとう!」


 ティアは満面の笑みで答える。


「ティアさん良かったですね」


 ネイもその笑顔に釣られて笑顔になるのであった。



 二人が商業ギルドに戻ると案の定、まだ、提出した書類の処理に忙しく働く若い職員を中心に、タロも一緒に頑張っている最中であった。


 タロは、処理がスムーズに終わるように、技術の細かい部分や、魔法収納バッグから実物を取り出して説明するなどして協力している。


「タロー! お昼ごはん持って来たー!」


 ティアの声がギルド一階に響く。


 その声にタロが振り向き、笑顔がこぼれた。


「ティア、ありがとう! ──みなさん、お昼休憩を取ってから、あとで続きやりましょうか」


 職員達もその言葉に、賛同すると午後に備えて食事休憩を取るのであった。



 タロ達はギルドの休憩所の一角を借りて食事を取った。


「タロ、美味しい?」


「ああ、美味しいよ。買って来てくれてありがとう、ティア、ネイ。──街は楽しめてる?」


「は、はい! もちろんですよ」


 ネイは午前中に起きたトラブルに関して答えるとタロに怒られると思ったのか秘密にした。


 ティアも同じ気持ちだったのだろう。


 ネイと視線を交わすと静かに頷き、「黙っていよう」という無言の約束が成立するのであった。

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