第34話 商業ギルド

 宿屋『緑の安らぎ亭』における腕相撲の勝敗に沸いた翌日。


 タロ達とステラ、アンナ母娘は別行動をとる事になった。


 元々、サイロンの街に来たタロは商業ギルドに諸々の登録をする事が目的であったのに対し、ステラ母娘は薬草を納品する為であったからだ。


「それでは夕方にまたこの宿屋で合流という事で」


 タロがステラさんに確認する。


「はい。私達は納品したらお昼から買い物する予定なので、タロさん達も早めに終わったら買い物一緒に出来たらいいわね。──それではまた」


 ステラがそう答えると、アンナもタロ達に手を振る。


 ティアが小さい手を振って見送る。


 ネイもアンナとは昨晩一緒の部屋でいっぱい話したのか、かなり距離が近づいた様子で手を振り返すのであった。


「じゃあ、僕達も商業ギルドに行こうか」


 タロはそう言うとティアを抱っこする。


 さすがにサイロンの街は人が多く、小さいティアを歩かせるのは心配だったのだ。


「タロ、心配性。ティア大丈夫だよ」


 ティアは自分をおんぶするタロにそう答えるのだが、嬉しそうにタロに抱きつく。


 ネイはそれを微笑ましく見ているものだから、タロの髪の色が元の銀髪のままであったら、通行人達から三人は若い夫婦とその娘に映ったかもしれない光景であった。



 商業ギルドサイロン支部。


「お待たせしました。今日はどんなご用件でしょうか?」


 若い男性職員が丁寧に対応して来た。


「技術や商品の登録をしたいのですが」


「複数の登録ですね? 一応、こちらの方で他の技術や商品と被ったものがないか権利の有無なども調べますので少々お時間が掛かる事があります。それでよろしいでしょうか?」


「はい、もちろんです」


「では、関係書類など用意されていますでしょうか?」


「はい、ちょっと待って下さい」


 タロは魔法収納付きバッグに手を差し込む。


 職員は薄い関係書類を想像していた。


 相手は若い男性だ。


 何か画期的な思い付きをして盗まれないように登録しておこうと思ったに違いないと推察していた。


 だが、そういう思い付きのものは大概事前に誰かが登録している事が多いから、それを調べたらすぐにこのお客の相手は終わるだろう、と思う職員だった。


 タロがバッグをガサゴソと手を突っ込んでいる間、その後ろで待っている職人っぽい中年男性の手にした分厚い紙の束が、今日の仕事の山場になりそうだと気になっていた職員であったが、その視界が突然何かに遮られた。


「え?」


 そこには、山の様な書類が積まれていた。


「一応、こちらが申請の書類の束です、あと商品をここで出すと邪魔になるので、随時見せる感じで良いですか?」


 タロは、職員の目の前に文字通り山の様に積み上げて申告するのであった。


「こ、これ全部、申請書ですか……!?」


 若い職員は目を見開いて、信じられない光景に唖然とした。


「はい。これ以上はさすがに迷惑かなと思うので残りは次回持ってきます」


「わ、わかりました。少々、お待ち下さい! ──か、課長! 人を三人、いや、五人程回して下さい!」


 職員は仕事量が多すぎる事に涙目になりながら上司にお願いした。


 彼は今日、仕事を早めに終わらせ、今日が交際二年目の彼女とデートする予定だったのだ。


 そこで結婚を申し込むつもりでいたから、この量の書類は完全に想定外、というか残業を覚悟しないといけないものであった。


 タロはそんな事は知らないから、職員が涙目になっている事に困惑する。


「だ、大丈夫ですか?」


「……大丈夫です。──これを早く終わらせられたら俺……、彼女に今日、プロポーズするんです……!」


 泣きながら抱負を語る職員だったが、それは完全に失敗するフラグに聞こえるのであった。


「えー!?」


 タロは何やら申し訳ない事をしたらしい事に気づくのであったが、こちらも村から足を運んで来ている身だから、いまさら引っ込めるわけにもいかない。


「課長! お願いだから、早くこちらに五人回して下さい! ──俺ならできる……、俺ならできるはず……、出来るよね!?」


 若い職員は、自問自答を繰り返しながら、タロの書類の山を片付け始めるのであった。



「タロ、大変そう」


 ティアが、待ち合い用の椅子にネイと二人座って待機している。


「そうですね、大丈夫でしょうか? なにやら職員が慌ただしくなっていますが……」


 ネイもタロのところが、騒々しくなっている事に気づいて頷いた。


 そこへ、タロが二人のところに戻って来た。


「ごめん、ティア、ネイ。どうやら結構時間が掛かるみたいでさ。待たせるのも申し訳ないから二人で街を散策してきていいよ? 僕は職員さんののっぴきならない事情を聞いちゃったから手伝う事にしたよ」


「のっぴき?」


 ティアとネイは疑問符を頭に浮かべるのであったが、職員の慌ただしさから大変なのは伝わってくるから、ネイは承諾した。


「ティアさんのお守りはお任せ下さい」


「ティア、ネイと二人で街見てくる」


 ティアも申し訳なさそうにしてるタロにワガママは言えない、と思ったのか頷くとネイの手を握るのであった。


「本当にごめんね二人共。それじゃあ、行ってくる!」


 タロは腕まくりすると、戦場にでも向かうように職員達が奮戦する書類の山に向かうのであった。

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