第33話 腕相撲の行方

 タロは酔っ払い冒険者の手を握って、少し後悔していた。


 強そうだから?


 そうではない。


 脂ぎった手でベトベトしていたからだ。


 しまった、本当はちょっと接戦の演技して時間を掛けて倒そうかと思っていたけど、こんなベトベトした手は長く握っていられない!


 タロは不快指数MAXの状態で、合図を待った。


「始め!」


 ネイが、手を握り合っている手を両手で包み込むと、スタートの合図をした。


 勝負は一瞬であった。


 タロの対戦相手の冒険者はタロの圧倒的な力に勢いが乗り、地べたに叩きつけられるように倒れていた。


「「「え?」」」


 周囲の観戦者や酔っぱらい冒険者達全員がそのあり得ない光景に度肝を抜かれ、その状況が理解出来ないのであった。


「はい、次、行きましょう。こちらにどうぞ」


 タロは勝負はついたとばかりに、次の冒険者を樽の前に呼び込む。


「お、おう?」


 地べたに倒れ込んでいる冒険者だけは、タロの顔を見てただ茫然としている。


 それを見て観戦者達からは笑いが漏れた。


「おいおい、あの顔見ろよ。不意打ちに何もできずに負けて驚いているぜ?」


「不意打ち? ああ! 力を出す前に先手必勝で負けたのか!」


「そういう事か! 次の奴、今度は負けんな!」


 野次馬とかしたお客達はタロが作戦勝ちしたと思い込んでいた。


 だがしかし。


 ドン!


 二人目の冒険者も一瞬でタロの力に大きな音を立てて地面に転がっていた。


「「「は?」」」


 野次馬と三人目の冒険者は一人目と同じ光景に今度も理解が追いつかず、疑問符が頭に浮かぶ。


 それは負けた二人目の冒険者も同じで、酔いが醒めた表情でタロの顔を呆然と見ている。


「……ふ、二人共、酔っぱらい過ぎて出し抜かれやがって!」


 三人目のリーダー格らしい冒険者は仲間が酔っ払い過ぎての失態と解釈しようとした。


「そうなのか?」


「そうだろう? じゃないと、あんな華奢な体で勝てるわけないだろう?」


「そうだよな……? うん、そのはずだ……」


 野次馬達も三人目の冒険者の言葉に疑問符を頭に沢山浮かべながら整合性を求めて冒険者の言葉を信じようした。


 そして、三人目の冒険者。


 手を握ると意外にベタベタしていない。


 冒険者のお酒臭い息には閉口するが、これなら少し見せ場を作ってもいい気がしてきた。


「始め!」


 ネイが、両者の握る手を両手で包み込み開始を告げた。


「腕をへし折ってやる!」


 リーダー格の冒険者はその腕やこめかみに血管を浮き上がらせながら顔を真っ赤にさせ、力の限りをその右腕に込めた。


 それとは対照的にタロは表情一つかえないどころか、腕に力が入っているようにも見えない。


「そろそろいいですか?」


 タロが、顔を真っ赤にしてピクリとも動かせない冒険者に聞いた。


「え?」


「よいしょ」


 タロが暢気にそう言って腕を動かすと、冒険者はその勢いに腕を持っていかれ一回転して地べたに叩きつけられた。


「!!!」


 野次馬達は今度は完全に理解することになった。


 この華奢な兄ちゃんが馬鹿力の持ち主なのだ、とだ。


 地面に一回転して叩きつけられた冒険者は魂が抜けたようにショックで地面に固まっている。


 先に負けた冒険者二人もとんでもない奴を相手にした事を理解して凍り付いていた。


「これで、こちらの三勝ですから、僕の勝ちでいいですか?」


 タロは冒険者三人に確認をする。


 あとで文句を言われてもたまらないからだ。


「は、はい!」


 完全に酔いが醒めた状態の冒険者達は、自分達の荷物をまとめるとすぐにこの『緑の安らぎ亭』を飛び出していくのであった。



「……驚いたわ。タロさん、こんなに力持ちだったの?」


 ステラがまだ現実として受け止められないとばかりに確認する。


 アンナも同じらしく母親の言葉に賛同とばかりに大きく頷いた。


「力だけは身に付いたみたいです。はははっ」


 タロは冒険者達に圧倒的な力を見せる事で後でやり返されないようにしたのだったが、周囲の勝った時の反応以外の事はすっかり失念していたから、聞かれると苦笑を浮かべて答えるしかない。


「タロ、強い!」


 ティアは当然タロが勝つと確信があったから余裕を持って見ていたが、周囲がタロに賛辞を贈るのでちょっと嬉しくなるのであった。


「タロさんなら当然です」


 ネイも嬉しそうだ。


「す、凄いよタロさん! 相手は冒険者よ? 体格だって二倍三倍あったのに……。もしかしてタロさんは有名な冒険者とか?」


 アンナは盗賊団の一件でタロの頭が切れる事はわかっていたが、力もあるとなると凄い人なのかもしれないと思うのであった。


「力があっても、使い方がわかっていない人間なので全然凄くないですよ。もし、剣で勝負を求められたら負けますよ、きっと」


 タロは謙遜した。


 もちろん、『竜の守人』のスキルが発動してからというもの、あらゆる身体能力が格段にアップしたのはわかっている。


 だが、言った通り、使い方をまだあまり理解していないのも本当だった。


 ティアから生活に役に立ちそうな魔法の類は教えてもらってはいるが、それだけである。


 剣は王都で暮らしていた頃、一通り学んだが才能は無かったから、そこで才能のある者達の足元にも及ばなかった。


 だから今もあんまり変わらないだろうと思っている。


「タロ、誰にも負けないくらい強いよ」


 ティアがそんなタロの考えを察したのか励ますように言った。


「ありがとう、ティア。そうなれるように頑張るよ」


 タロはティアが贔屓目で見てくれていると思ってそう答えるのであった。

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