第32話 食堂でのトラブル

 サイロンの街の一角に位置する宿屋『緑の安らぎ亭』。


 タロとティア、そしてネイと美人母娘ステラとアンナは二部屋を借りて宿泊する事になった。


 タロとティアが同室で、ネイとステラ、アンナが同室である。


 ティアはネイも一緒を望んだが、さすがにそれはステラとアンナそして、タロが駄目を出し、それならティアもネイ達と同室にしようとすると、タロと一緒が良いとごねたから二対三の二部屋になったのであった。


『安らぎ亭』はステラの言う通り、清潔でちゃんとした丈夫な鍵が付き安全が確保されていた。


「ステラさんの言う通り、良い宿屋だね。ティアはどう?」


「タロ、ここ、お風呂無いの?」


 ティアは自宅基準で聞き返した。


「お風呂はもっといい宿屋じゃないと無いかな。でも、一人一人にお湯の入った桶が渡されるから冷たいお水で体を拭かなくてもいいんだよ?」


「ふーん」


 ティアには微妙に聞こえたようだ。


 どうやら、タロの貴族感覚で色々作った自宅が快適過ぎてティアに物足りないのかもしれない。


 だが、それも一階の食堂での夕食でご機嫌になるのであった。


「タロ、お食事美味しいね!」


 ティアは部屋でのご機嫌斜めが嘘のように笑顔で椅子の上で足をブラブラさせながら宿屋の食事に舌鼓を打つ。


「そうだね」


 タロもティアの言葉に同意であった。


 ネイも二人に頷いて静かに食べている。


 ステラはその姿に微笑みながらスープを口に運ぶ。


「美味しいでしょ? お母さんとここに泊まるのがたまの贅沢なの!」


 アンナも自分が褒められたように喜ぶとメインデッシュのお肉を口に運ぶ。


 そんな一同が楽しいひと時を過ごしていると、隣の席の男から声を掛けられた。


「こっちの席は美人ばかりじゃねぇか! いつもの安宿に泊まれなくてこっちに来たが、高い金は出すもんだな! 姉ちゃん達、そんなやせ細った頼りなさそうな男より俺達と一緒に飲まねぇか?」


 がっちり体型の一見すると冒険者と思われる男達が下卑た笑いを浮かべて声を掛けてきた。


「すみません。食事が済んだ後、僕がお話聞くので今は邪魔しないでもらっていいですか?」


 タロが、ティア達の楽しい時間を邪魔されたくなかったのではっきりと言って対応した。


「ああ!? てぇめぇには聞いてねぇんだよ! 俺はそこのエルフの姉ちゃんやそっちの美人の二人に声を掛けているんだよ!」


「そうだ、そうだ!」


「三対三で一緒に飲もうぜ、ぐへへ!」


 冒険者風の三人の男達はかなりお酒が入っている様子だ。


 こっちが下手に出ても聞いてくれる様子がない。


「ちょっと、あんた達。うちの客に絡まないでくれるかい!」


 そこへ宿屋の女将さんが、問題が起きたと気づき、奥から出て来て注意した。


「ああ!? 俺達も客だぞ! こっちは高い金出して泊まってんだ! 美人に酌の一つくらいしてもらわないと元が取れるかってんだ!」


「ばばぁは引っ込んでろ! ぶっ飛ばすぞ!」


「この宿屋を廃業させてもいいんだぜ?」


 悪酔いしている冒険者達は女将さん相手にも引く様子が全くない。


「みなさんは冒険者さんですか?」


 タロは根気よくこの酔っ払いに声を掛けた。


「ああ? だからお前には話掛けてないんだよ! 引っ込んでろ!」


「あまりしつこいと、転んで大怪我する事になるぜ?」


「余所者のてめぇと地元の冒険者の俺達。どういう事かわかるよな?」


 なるほど、街の警備兵とも仲が良いから多少のゴタゴタはもみ消せるという事だろう。


「みなさんは腕自慢の様子。どうですか、ここに金貨が三枚あります。僕と腕相撲して勝つ事が出来たらそれぞれに金貨を一枚ずつ差し上げます。お酒の席の余興としては、良いお話ではないですか?」


「「「おお!?」」」


 酔っぱらいの冒険者達はタロの申し出に酩酊してぼーっとする頭でも突然の儲け話には頭が働いた。


「その代わり、みなさんが負けたらこの宿屋から出て行ってもらいます。よろしいですか?」


「いいだろう! その代わり俺達全員が勝ったら、そっちの美女達には俺達と一緒に飲んでもらうぜ?」


「……わかりました。それではやりましょうか」


「ちょ、ちょっと、タロさん。相手は冒険者よ。こう言っては何だけどタロさんは華奢だからどうしたって腕相撲で勝つには無理があるわ」


 ステラが娘アンナを心配してか止めに入った。


「そうだよ! うちでそんな不当な賭け事が起きたら『緑の安らぎ亭』の名折れさね」


 そこへ、女将もタロの判断に苦情を挟んだ。


「僕があちらの相手をしている間に警備兵を呼んでもらっていいですか?」


「あ、そういう事かい! わかったわ、若いのを近くの詰め所に行かせればいいのね!」


 女将はタロの目的は時間の引き延ばしだと思ったのだろう。


 頷くと給仕の少年を詰め所に向かわせるのであった。


「時間稼ぎはさせねぇ。速攻で終わらせるぞ!」


 酔っぱらい冒険者達は、このやり取りを聞き逃さず、部屋の隅にあったからの大きな樽をすぐに食堂の真ん中に置いた。


 食堂にいた他の客も他人事とばかりに席を移動して酒の肴にしそうな雰囲気だ。


「タロさん。やるなら私が代わりにやった方がいいのでは?」


 ネイが、耳元で聞いてきた。


 ネイは呪いが解けてからというもの、超人的な能力を発揮していたから、タロに手間を掛けさせるまでもないと思っての提案だった。


「僕に任せてくれるかい? ティアの保護者としては少しは良いところ見せたいからさ」


 タロはそう答えると、時間を引き延ばす事も無く樽に肘を置く。


「速攻で終わらせて、後悔させてやるぜ、兄ちゃん!」


 酔っぱらい冒険者はタロの二、三倍ありそうな体格で圧を掛ける様に対峙するとタロの手を握り、酒臭い息を吐きながらニヤリと笑うのであった。

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