第31話 王都にて・2

 アマノ侯爵はついに世間でまことしやかに語られていた噂の通り、宰相の任を解かれる事になった。


 公表された内容では、夫人を亡くした事からくる心労で、一線を退く事になったという理由になっていたが、王家から愛想をつかされたというのが事実であった。


「くそっ! 何でこのドラゴニア王国に一番貢献して来た私がこんな目に遭わなくてはならないのだ!」


 アマノ侯爵は自領に引きこもっていたのだが、その一室でお酒の入ったコップを壁に投げつけると怒鳴った。


「父上、これからどうするのですか。我が名門アマノ侯爵家も世間ではスサのような扱いを受ける始末です。これでは奴を追放した意味が……」


 長男アレンが原因の元だと信じているスサの名を口にした。


「その名を口にするな……! 今や、そのスサを死なせた事も任を解かれた理由の一つになっているのだからな……!」


 アマノ侯爵は苦々しく答えた。


「なぜですか!? 奴は我が家のみならず、この国のお荷物でした。王家も内心では厄介者が死んでくれたと喜んでいるはずですよ!?」


「それでもだ! 王家はスサにお金を掛け過ぎたのだ。だからスサを失った事をいまさら損失だったと言い始めてその罪を我がアマノ家に被せたいのだ」


 本当のところはお金を掛け過ぎたのはアマノ家の人々にであり、スサは期待に応えようと努力していた分、途中まではまだ貢献していたかもしれない。


「そ、それではスサはまだ生きている事を公表しては?」


「馬鹿者! いまさら生きていると言ったらどうなるか想像しろ! 王家を欺いていたとバレたら死罪も免れぬぞ!」


「そんな……。血が繋がっていたよしみで命を助けてやったのが裏目に出るとは……」


 長男アレンはあたかも自分達が慈悲深い家族であったかのようにつぶやいた。


「奴はすでに平民に落ちて今はどこかで野垂れ死んでいる可能性もある。生きていたとしても奴も自分からは生きていると言い出さないだろう。この国では厄介者扱いなのだからな」


「……そうですね。これからどうしましょうか、父上」


「……今、世間はスサが原因でアマノ侯爵家を誤解している時期だ。そのスサもいなくなった以上、その誤解もすぐに解けるはずだ。……そう言えば、カインはどうした?」


 アマノ侯爵は次男のカインが最近顔を見せていない事に気づいた。


 宰相の任を解かれるか否かのごたごたでそれどころではなかったのだ。


「そう言えば……、カインの奴、王都に残って何やら遊び惚けている様子でしたが……」


「こんな時にあやつは何をやっているのだ……! あまり目立つような事は今、控えるように言っておけ」


「はい、父上」


 自分達のこれまでの行いが一番の問題である事に未だ気づく事が出来ない親子であった。



「──それで、スサが生きていると言うのね?」


 王宮の一室、オリヴィア王女は部下の男の報告を聞いて問いただした。


「はい。アマノ家の次男カイン殿がおっしゃるには、生きているかもしれないと」


「どっちなのよ!」


「それが、カイン殿はスサ様が原因で白紙になった自分の叙爵と婚約の件をまた先方に確認して元に戻してくれるなら何か思い出すかもしれないと……」


「! ──カインって、ずっと沢山の女性に手を付けて先方にもそれがバレたから白紙になったのではなかったかしら?」


 オリヴィア王女は呆れ気味に聞き返した。


「はい。ですが、本人はスサ様が原因だと思っているご様子でした。──姫様、正直に言ってよいですか」


「何?」


「カイン殿の言う事はどうも信用できません。あの御仁の認識がおかしい事は言っている内容からもわかります。それを鵜呑みにするのはどうかと思います」


「……そうなるとスサは……」


「やはり、亡くなっているのが妥当かと。──それよりもアマノ侯爵家の動きが不穏です」


「スサ……。──まだ何かあるの?」


「王都に残っているカイン殿は、色んな人間と会っているご様子。それが少し胡散臭いのです」


「胡散臭い?」


「はい。私が監視していた限りですと、帝国の大使とも会っていましたし、その使者とも頻繁に会っています。他にも他所の国の大使や素性のわからない怪しい人物とも会っているご様子。ですからこちらからはこれ以上、拘らない方がよろしいかと……」


「……帝国とは先日の報告で、国境線で小規模な戦闘が行われたばかりよね?」


「それだけに危険かと」


「スサの事は諦めるにしても監視は続けて。もしかしたら王家を逆恨みして背信行為を行っている可能性もあり得るわ」


「手下に監視させましょう。それでは」


 部下はオリヴィア王女にお辞儀をすると退室するのであった。


「……セバス。そっちはどう?」


「生きている可能性を前提に私が調べたところでは、スサ様は意外に一部の庶民からは人気があったようでして、そんな庶民の中に潜り込んでいる可能性があるのではないかと」


「そうなの!?」


 オリヴィア王女は素直に驚いた。


 スサの評判と言ったら、『スサる』という言葉が出来る程、期待を裏切る人の代名詞として笑い者にされているからだ。


 それは貴族のみならず、平民にも浸透していてドラゴニア王国国内では当たり前になっている。


「聞いた話では、才能のある若者の役に立たない技術やアイディアを高い金を出して買い取る事で支援していたとか。もし、庶民の中に隠れているのであれば、その買い取った技術を何かしらお金にしようとするのではないかと思うのですが?」


「役に立たない?」


「はい。ですが、もし、その技術等が使用される事があれば、そこにスサ殿がいるはずだと思い、各地に人を出し、報告するように伝えてあります」


 執事セバスの考えは鋭いものであったが、それは国内に限られるものだったで、まさかその技術が国外のクサナギ王国で使用されるとは思ってもいないのであった。

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