第29話 誤解の解消

 意識していなかったネイが自分の身だしなみを気にするようになり、意識し過ぎていたタロがネイの姿を意識しないようになった日から、一か月が経とうとしていた。


 家にはお風呂にトイレ、そして家の横にある作業場兼倉庫である家も補修を終え、井戸もこの日完成した試作の手押しポンプが納品されて井戸に設置された。


 鍛冶屋のロンガが、井戸への設置を終えるとタロに、


「ほら、あんたの設計した品だ確認してくれ」


 と促した。


「……それでは」


 タロは神妙な面持ちで、手押しポンプのレバーを上下させる。


 するとポンプから水が溢れてきた。


「成功だ!」


 タロがロンガとがっしりと握手を交わす。


 ロンガもこれにはかなり嬉しそうだ。


「それでどうですか、ロンガさん。これ、商品化できませんか?」


「……ふむ。儂の技術があればできなくもないが、一つ作るのに色んな部品を作り上げないといけないからのう。儂もこればかり作るわけにもいかんぞ?」


「それなんですが……」


 タロは一つの提案をした。


「──一つの部品だけを近くの村の鍛冶屋に作ってもらう?」


「はい。各鍛冶屋さんで部品の一部分だけを作ってもらい、それをこの村に納品してもらいます。それをここで、組み立てて商品にするというものなんですが……」


「……なるほど。各部品のみをそれぞれで作ってもらうだけなら仕事を引き受けた鍛冶屋も何を作っているのかわからないから、技術や模倣商品も出回る恐れが低いというわけか。だが、買った奴が分解して真似するのは技術者にはよくある事。街に行って特許登録はしておいた方が良いぞ?」


「それならすでにドラゴニア王国の王都で済ませています」


 タロは自慢気に答える。


 この技術も元は他の若い技術者のものであり、その権利を買い取った時に登録変更していたのだ。


「いや、このクサナギ王国でも商業ギルドで登録しておいた方が良いぞ。国ごとに法律が違うからギルドのやり方も変わってくる。儂ら流れの技術者の中では常識だぞ」


 ロンガがそのアドバイスすると、タロの背中を叩いた。


「そうなんですか? そこまでは考えが行き届きませんでした」


「昔の大国ドラゴニア王国なら近隣諸国への影響力も強く、その下のギルドも力を持っていたからドラゴニア王国で登録すれば他の国も従っていただろうがな。今は影響力が無くなってきているから、こんな小国のクサナギ王国でもドラゴニア王国のやり方には従わないかもしれないな」


 ロンガは首を振って、大国ドラゴニア王国の影響力はあまり無い事を指摘した。


「わかりました。今度、街に登録に行ってきます」


 王都に住んでいた頃はそれほどまでに他国に対して影響力が無くなっているとは思わなかった。


 地図上のドラゴニア王国は領地が広くその周辺の国と比べたら天と地の差があった。


 だが、それも領地のみの話であり、国家としての他国への影響力はすでに無くなってきているのだ。


 確かに、このクサナギ王国までの道のりでドラゴニア王国内部での不穏な動きは多く、一部の地方では独立を叫んだり、自治区になる事を訴える地域もある。


 王宮内部では権力闘争が行われていたし、地方貴族同士も領地問題で争う事も度々起こっている。


 隣国もそんなドラゴニア王国を狙う動きを見せているという話も聞いていたから、自分は追放同然ながら、いいタイミングで国を出られたのかもしれないと思うのであった。


「──ところでタロ。さっきからずっと気になっていたんだが、この石造りの小屋の中の代物はもしかして……、風呂か?」


 ロンガが聞きたくてしょうがなかったとばかりに、うずうずしながらタロに確認した。


「はい。お礼に入っていきますか?」


 タロは気軽に聞いてみた。


 すると、


「いいのか!? 昔、他所の国にいた時、貴族の家で滞在中入らせてもらっていたんだが、あれは最高だった。特にお酒を飲みながら月を眺めるのが贅沢でな。よし、儂は酒を買って来るから、タロはお風呂の用意をしていてくれ! 頼んだぞ!」


 ロンガはそう言うと、ドスドスと足音を立て走って村へと戻っていくのであった。


「ティア、ネイ、今からお風呂に水を入れて沸かすから先に入ってくれるかな? ロンガさんと僕は後からゆっくり入るから」


「ティア、みんなで一緒に入りたい」


 この一か月、お風呂は数度しか入っていなかったが、なぜかネイは一人で入っていた。


 それがティアは嫌だったようだ。


「ティア、ネイは大人の女性だから僕達男と一緒に入るわけにはいかないんだよ」


「そ、そうだぞ、ティアさん! 私と入るのはタロさんが嫌でしょうし、私も恥ずか……、私は何を言っているんだ!」


 ネイはしどろもどろになり、混乱状態になっていた。


「ネイ、落ち着きなって」


 タロは苦笑いするとネイに声を掛ける。


 この一か月、ネイはタロを妙に避ける事が多かった。


「何か僕、したかな?」


 とタロも自問自答してみたが思い当たる節がなく、気づかないところで避けられるような事をしたのかもしれないと反省していたのだが、今の口ぶりだと自分がネイを嫌がっていると勘違いされているのだろうか? と、解釈した。


「ネイ。僕が君に嫌がるような事をしたのなら謝るよ。僕は君の事は嫌がっていないよ。この家に一緒に住む家族だから、気まずさが無くなるといいのだけど……。駄目かな?」


 タロは頭をポリポリとかきながら、誤解を解こうとお願いしてみた。


「わ、私は全然嫌がってません! そ、そうじゃなくて……。私……、呪いが解けてからちょっと変なんです……」


 ネイはこれまで言えなかった事を打ち明けた。


 どう言っていいのかわからなかったから、話せなかったのだがタロに誤解を与えているようだから、言わずにはいられなかったのだ。


「そうだったの!? 具合は悪くない!? 体調に変化はあるの!? ──ごめん、これまで気づいて上げられなくて……」


 タロは呪いの後遺症か何かと思い慌てると気づかなかった事を謝罪した。


 傍でティアも激しく頷いている。


「い、いえ! そんな大事ではないのです! ちょっと私にも羞恥心があった事がわかっただけなので……」


「え?」


 ネイの説明に意味が分からず思考が停止するタロ。


「以前、タロさんの前で平気で裸になろうとしていた自分が恥ずかしくて居たたまれないんです!」


 ネイの勇気を出した告白にタロとティアは目を合わせると、笑い声を上げた。


「はははっ! それなら大丈夫だよ。確かにあの時は僕も驚いたけど家族がやる事にそんなに驚く事じゃないと考えるようにしたからさ」


 タロの言葉にネイは、安心する反面、それはそれで異性として見られていない事もそれはそれでショックな事では? と考えさせられるのであった。

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