第28話 羞恥心

 その日、目覚めたネイはタロに与えられた部屋で、一人羞恥心に顔を赤らめていた。


「なぜ私はタロさんの前で着替えて平気だったのだ!?」


 昨日の晩御飯以降から、何かむず痒い気持ちが心の底から沸いてくる感覚はあったのだ。


 だが、それが何かわからず就寝したのだが、目覚めるとその原因が自分の羞恥心のなさだと気づいた。


 呪いのせいで色んな感覚が麻痺していたのかもしれない。


 それもようやく、少しずつ何かのきっかけで解けてきているようだ。


 昨日の料理はおいしかった。


 それにこれまで味わった事がない楽しさだった。


 自分の家系は呪いを解く事を宿命づけられ、それでいてドラゴンが滅んだ五百年もの間、先祖代々一族から批判の的にされていた。


 その批判を重く受け止め、これまで自分の楽しい人生など想像だにしないでいたのだ。


 だが、呪いが解け、解いてくれた二人の下で感謝の為に尽くす誓いを自分に立ててこの数日を過ごしたが、昨日、心の中の何かが溶けるような、呪縛から真に解放される様な気がするほど、楽しく笑えたのだ。


 昨日の事を思い出すと笑みがこぼれる自分が何やら照れ臭く、恥ずかしくもあったのだが、それに加えて自分のタロの前での羞恥心のない行動を思い出して、より一層恥ずかしい気持ちになり、体中の血が熱くなるのを感じる。


「私はどうしたのだ……。やはり、呪いが解けて何か失っていたものが、戻って来たのだろうか? 今はとにかく恥ずかしい……!」


 ネイはそう思うと、急いで昨日借りた服を着た。


 下着姿で寝ていた事も恥ずかしく思えてきたのだ。


「ともかく落ち着け私」


 ネイがそう自分に言い聞かせているとドアノックされた。


「ネイ、起きてる?」


「ひゃ、ひゃい!」


「?」


「いや、はい、起きています!」


「……起きているならもうすぐ朝食にするから、顔でも洗ってスッキリしてきな」


「わ、わかりました!」


 そうネイが答えると、タロの気配が離れていくのが足音からわかった。


「……変な恰好じゃないよね?」


 ネイは胸の辺りが少し窮屈なワンピースの身だしなみを確認する。


 普段はもっと露出度の高い服なのに着慣れない服のせいか、落ち着かない。


「……ふぅー! ──よし!」


 ネイは気合を入れてドアを開けると、丁度ティアが表にいてドアがそのおでこにぶつかった。


「ひゃい!」


 ティアが変な声を出して尻もちをつく。


「だ、大丈夫ですか、ティアさん!」


 ネイは慌ててティアに駆け寄った。


「大丈夫。ティア、丈夫。でもネイ、少しドア、ゆっくり開けてくれたら、びっくりしないで済む」


「ごめんなさい!」


「どうした二人共?」


 タロが騒ぎを聞きつけ台所から戻って来た。


「ティアさんのおでこにドアをぶつけてしまいまして……、本当にすみません……!」


 ネイが猛省してうなだれた。


「ティア、おでこ見せてみな」


「ティア、大丈夫だよ?」


「……うん。ちょっと赤くなってるだけだな」


 タロはティアのおでこをなでなですると、立たせる。


「怪我してはいないみたいだから、大丈夫だよネイ。それより、顔を洗って来な。朝食ももうすぐ……、あ! 作っている最中だった!」


 タロは慌てて台所に駆けていく。


「ネイも早く、ね?」


 そう言うと、ティアもタロを追いかけてトコトコと走っていく。


「は、はい」


 ネイは意気消沈したまま、裏庭の井戸の水を汲み上げ、それで顔を洗う。


「……私はお二人に迷惑しかかけていないな……。そうだ、朝食を食べ終わったら狩りに出かけよう! お二人に貢献できる事をしないと!」


 傍にかけてあるタオルで顔を拭いて、ネイは気合を入れるのであった。



 朝食を終えると、早速、ネイは森へ狩りに出掛ける事にしたのだが、タロに止められた。


「そのワンピースは借りものだから、僕の服がいいよ。そっちの方が動きやすいだろうし。……窮屈かもしれないけどね」


 タロはそう言うと、魔法収納バッグから、替えの服を取り出してネイに渡す。


 ネイは部屋ですぐに言われるがまま、着替えるのであったが、その服はタロの匂いがする。


「……いい匂い。──はっ! 私は何を言っているのだ! 森に出掛けて一旦頭を切り替えなければ!」


 ネイは弓矢を手に部屋を飛び出し森へと向かうのであった。



「ふぅ。僕、どうかしてたな」


 タロは朝目覚めてから少し反省していた。


 昨晩の楽しい団らんを思い出して、ネイの格好を意識する事が失礼な気がしたのだ。


 確かに童貞の十八歳にはネイの姿は刺激が強いが、家族として一緒に過ごす相手をそういう目で見るのは違うだろうと思えた。


 昨日の食事は今までで一番楽しい時間だったと思えたし、家族でもあんな経験はなかった気がする。


 ティアは十八年間孤独だったし、ネイはずっと呪いを解くという使命の為だけに生きて孤独を過ごして来ていたから、三人とも似た者同士だったかもしれない。


 そんな同士だからこそ、これからはそんな意識をせずに楽しく一緒に過ごせるようにとタロは自分に誓うのであった。



「ティア、今日は何がしたい?」


 タロはまずは相棒のやりたい事を確認した。


「ティア、タロと一緒なら何でもいいよ!」


「……じゃあ、トイレ作ろうか?」


「トイレ?」


「そう、今は森で済ませているからね。ちゃんとしたトイレを家の表に作って誰でも使用できるようにしようと思う」


「うん、作る!」


 こうして、ネイは森に狩りへ、タロとティアをこの日、トイレを作って一歩また、過ごしやすいお家作りが進むのであった。

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