第22話 呪われた訪問者

 前日、お風呂に浸かって快適な睡眠を取ったタロとティアは、朝一番から畑に出て種撒きをする作業を始めた。


「タロ、この作業、地味。それに腰、痛い」


 ティアは黙々と中腰で種を植える作業に腰をトントンと叩いて苦情を漏らした。


「はははっ! でも、この作業がちゃんとできたら、この種が大きく育って美味しい食べ物が取れるようになるから大事なんだよ」


 タロはティアに分かり易く説明する。


「美味しい食べ物? ──ティア、頑張る!」


 ティアはタロの言葉に刺激されると種を一粒一粒丁寧に土に埋めていくのであった。


 そんな作業を午前中二人でしていると、森の方から人影が現れた。


 タロが気付いて、そちら方を見ると、見た事がない女性だ。


 いや、人は人でも耳が尖っている。


 紫色の腰まである長い髪に黒い瞳、褐色の肌。


 グラマラスな体形に胸を強調した服。


 その姿からすぐにダークエルフだとわかった。


 ドラゴニア王国ではよく見た事がある。


 と言うか、このダークエルフの一族はドラゴニア王国では軽蔑されていた。


 奴隷などではなかったが、ドラゴンを信奉する王国にとって、このダークエルフはドラゴンに呪いをかけられた一族とされていて、ダークエルフ達も『竜の守人』の紋章を持って生まれたスサ(タロ)に呪いを解く事に協力してくれるように、よく面会を求められていたのだ。


 そんな関係で、ドラゴンに呪いをかけられたダークエルフはドラゴニア王国では蔑まれていた。


 そのダークエルフが、来訪したのだ。


 タロは、自分の後を調べて追いかけて来たのではないかと頭を過ぎった。


「そこの青年と少女、折り入って話があるのだがよいか?」


 ダークエルフは、畏まってタロとティアに声を掛けてきた。


「どちら様でしょうか?」


 タロはダークエルフには出会った事もないという顔で聞き返した。


「これは失礼した。私は、ダークエルフのネイという者だ。先日、山でお二人を見かけてな。気になる話をしていたのを聞いてしまったので確認をしたくて来たのだ」


 しまった! あの時、あの場所にいたのか!


 タロはティアがドラゴンである事を話していたのを思い出して軽率だったと後悔した。


「あ、誤解しないで欲しい! 君達の会話の内容を公表して何かしたいわけではない。どちらかというと、二人の確認、そして会話の通りならお願いがあるのだ」


 ダークエルフのネイはタロが警戒したのを感じて慌てて誤解を解こうとした。


「……確認とは? それにお願い……、ですか?」


 確認もお願いもタロには見当がついた。


 ダークエルフのお願いは一つしかないだろう。


 ドラゴニア王国建国当初、つまり五百年前からダークエルフに掛けられた呪いを解く事だろう。


 ダークエルフは子々孫々まで、ドラゴンにしか解けない呪いを掛けられているというのは王国の人間なら誰もが知っている有名な話だ。


 建国当初に、敵に回っていたダークエルフが軍門に下った際、二度と悪さを出来ないようにとドラゴンに呪いをかけられたそうだが、その内容はダークエルフの間でのみ、語り継がれていてその内容まではタロも知らない。


 その呪いは五百年もの間、先祖代々ダークエルフを苦しめ続けていたのは確かだ。


 その証拠に、ダークエルフの一族には、体のどこかに必ず、呪いの刻印がある。


「ええ、確認とはそちらの少女がドラゴンの化身、という事が本当かどうか。そして、そうなら、私の、いえ、ダークエルフ一族の呪いを解いて欲しいという事です……」


 ネイはそう言うと跪く。


 そして続けた。


「もし、呪いを解いて頂けるなら、私はあなた方の言う事を何でも聞こう……! 一族の為なら奴隷として扱われる事も苦にしない。頼む、お願いだ……!」


「お、落ち着いて下さい。僕達は普通の家族です。──その、ネイさん? あなたが必死なのは分かりましたが、急にそんな事を言われても困るので、また後日来てもらっていいですか。今は答えようが無いので」


 タロは跪くネイを立たせ、膝の土を払って一旦追い返すのであった。


「……ティア。さっきのダークエルフさんの話だけど──」


「あの人、呪い掛かってる」


 ティアが言葉を遮って答えた。


「やっぱりそうなのか……。どんな呪いなのかな?」


「ティアもわからないけど、とても強力……」


 ティアの目に何が映っているのかはわからないが、ダークエルフの呪いが見えているようであった。


「……そっか。自分の身を犠牲にしてまで、一族に掛けられた呪いを解きたいのか彼女は……。ティア、ちなみにその呪いは解けるの?」


「今のティア、呪い解くの無理。でも、ドラゴンの卵の欠片使えば出来るかも……」


「卵の欠片が必要なのか……。──ティアが成長すれば卵の欠片無しで呪いを解く事も出来るようになるのであれば、止めておいた方がいいかもしれないな。それにあれはティアの残り少ない大切な物。それを知らない者の為に使えとは僕には言えないよ」


 タロは、少し考えた末にそう答えた。


「ティア、タロの為に使いたい」


 ティアは、卵の欠片の使い道を決めていた。


 今、この子が望む事はひとつだった。


 それは、タロの寿命を延ばす事。


 ティアは長命なドラゴンだ。


 大好きな相棒であるタロと少しでも長くいられる事を望んでいた。


 だがそれも、タロが望めばである。


 ティアはタロの気持ちを尊重したいからそれは言わないのであった。


 タロはその思いを察する事はまだ出来ていなかったが、ティアの気持ちは嬉しかったから、「ありがとう、ティア。僕の事よりもティアが使いたい事に使いな」と答えるのであった。

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