第21話 王都にて

 ドラゴニア王国の王都では、スサ(タロ)が最近の流行り病で亡くなったという報が庶民にも広まり始めていた。


「おいおい……、ついに本当にスサっちまったのかよ!?」


 スサるとは、いい意味でも悪い意味で期待を裏切る意味で使われているが、最近では悪い意味なら何にでもスサると付ける若者が増えていた。


「今では一番の有名人でありながら、一番興味を持たれていない人だったからなぁ」


「王家からも見放されていたんだろう? もしかしたら、……暗殺とか?」


「馬鹿、本当に可能性あるから言わない方が良いぞ? そんなヤバい事言ってたら、次スサるのお前かもよ?」


 と、嘘か真かわからない情報が王都には入り乱れていた。


 アマノ侯爵家はスサ(タロ)の母親である侯爵夫人が、流行り病で急死しているから、スサ(タロ)も同じ流行り病だろうというのが一番もっともらしい噂になっていた。


 だが、一部では陰謀論が流れており、十八歳になって役に立たないと判断したアマノ家が殺害したとか、王家が役立たずに王女を嫁にやるわけにはいかないと、城の地下に幽閉したなどの噂もあった。


 しかし、アマノ侯爵が宰相職を辞任するらしいという噂も本格的になっている事から、それと絡めてスサ(タロ)の生存説も囁かれた。


 王家がスサ(タロ)を始末したいが、アマノ侯爵家が宰相職を返上して命乞いしたと言うものだ。


 もちろん、噂のほとんどが嘘である。


 本当の話を知らない人々はこうして王都内だけでなく外にまで事実とは異なる噂を広めていくのであった。



「スサは本当に死んだのですか?」


 王宮の一角で、スサの婚約者として周囲から悲劇のヒロイン扱いになっていた王女オリヴィアが側近に確認していた。


 王女オリヴィアはスサ(タロ)の誕生から半月後に王家に生まれた女子で、金髪に青い瞳を持ち、容姿に恵まれておりその器量は十分であった。


 だからこそ、アマノ侯爵家との血縁関係を重んじた国王が、スサ(タロ)の許嫁として二人が四歳の頃婚約したのであった。


 当時はもちろん、金髪のオリヴィア王女と銀髪のスサ(タロ)はお似合いのカップルだと持て囃されたものだ。


 だが、その後の変遷があってからは、誰も触れてはいけない禁句となり、オリヴィア王女は一番有名で一番相手にされない男の許嫁として同情され、悲劇のヒロイン扱いされていたのだった。


 そんなオリヴィアがスサ(タロ)の生死を確認するのは当然だった。


「そのようです。噂では流行り病で亡くなった事になっていますが、時系列を考えると、スサ殿が表舞台からいなくなった一か月後に流行り病が王都に広まり、その後、アマノ侯爵夫人が流行り病で急死したので、スサ殿が亡くなったのは、その流行り病の前のようです。もちろん、流行り病の基がスサ殿である可能性もありますが、アマノ侯爵家の報告とは若干ずれるようです」


 部下は、オリヴィア王女の命令でこの二か月余り調べ上げた情報を報告した。


「……アマノ侯爵家の言動は信用できないので、もう一度調べてみて頂戴。もう死んだ事になっているから許嫁でもないけれど、元婚約者として彼の最期が気になるわ。王都では王家が暗殺したとか、城の地下に幽閉しているとも言われているのでしょう?」


「それは、愚かな民衆の勝手な想像ですよ」


「だけど、そんな噂が広がるくらいスサの死に疑問が残るのなら、はっきりさせましょう。──それでアマノ侯爵家の動きはどうなっているのかしら?」


「それが、来月にはアマノ宰相閣下が辞職するという決定が陛下によってなされた事で反発しているご様子。アマノ家の嫡男アレン殿は侯爵領に戻ってからは何やら不穏な動きをしているとも言われています。さらに次男カイン殿も王都に残って多くの人に会っているとか」


「スサと違ってあそこの家族は本当に最低だから……」


 オリヴィア王女は部下の報告を聞いてため息交じりにそうつぶやく。


「え? 今なんと?」


 部下はそのつぶやきを聞き取れずに聞き返した。


「いえ、なんでもないわ。とにかく、スサの死の原因究明とアマノ侯爵家の動きを今後も調べて頂戴。陛下には私から報告する予定だからこれからもまずは私に報告して」


「わかりました。それで今回、お金が思いの外かかりまして……」


 部下が厭らしい顔つきでお金を暗に要求して来た。


「セバス、報酬を渡して上げて」


「はい」


 王女付きの側近セバスがお金の入った袋を部下に渡す。


「それでは行って参ります!」


 現金な部下は、ホクホク顔で部屋を退室するのであった。


「セバス、どう思う?」


 オリヴィア王女はスサ(タロ)についての意見を求めた。


「これまでの報告では、スサ殿は流行り病で亡くなったので遺体は魔法によって骨まですべて燃やし尽くした事になっております。しかし、病の流行とは時期が前後しますので流行り病以外で亡くなった可能性もあります。ですから別の可能性も考えないといけません。その場合、死亡原因の問題もありますし、遺体が残っている可能性もあります。それだと、銀髪の遺体は非常に目立ち、場合によっては裏で高額取引されていてもおかしくありませんから調べれば見つかる可能性もあります。もし、それ以外の理由で遺体を燃やしたとなると記録も残るところでしょうが、宰相閣下がもみ消した恐れもあります……」


「そうね……。でも、私、あのアマノ侯爵家だから可能性は低いけど……、スサが生きている可能性についても調べて欲しいの」


「! ──王女殿下さすがにその可能性はほぼないかと……。こう言っては何ですが、彼が生きていて得する者は、この国には誰もいません」


「そう……、よね? 私、神経質になっていたみたい。ドラゴニア王国のお荷物と言われていたけど、私は彼、嫌いじゃなかったから……」


 オリヴィア王女は意味ありげにそう答えると、溜息を吐くのであった。

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