第17話 初めての愚痴
お風呂の失敗から学んだ翌日。
タロとティアはこの日、朝一番でお風呂の水を汲み上げる作業から始めた。
ティアが「タロ、頑張れー!」と応援する中、タロは地道に桶で水を何度も汲み上げる。
「──ふぅー。やっぱり、時間的に大変だ……。──そうだ! 王都で以前、無名の若手開発者を支援する為に使えない技術の権利をいくつも買い上げて自分のものにしていたから、それの中で何か使えるものがあるんじゃないか?」
タロがまだ、スサという名前であった頃、色々な事に挑戦しては失敗し、何もできなかった事から、無名の技術者を支援したり、役に立つかわからない技術を買い上げる事で生活を助けてあげたりしていた事があったのだ。
スサを死んだ事にした際、その技術の特許は新たなタロという自分に移してあった。
タロはしばらく考え込むと、ひとつの技術を思い出した。
それは魔法を使わずに、水を人力で吸い上げるというものであった。
当時、それを考え出した若者は、何かに使えないかと国の開発局に持ち込んだのだが、その程度の事は水魔法さえ使えれば不要なものに映ったから、誰の興味を引く事はできなかった。
この魔法の世界で、貴族の間では水魔法を使える者がお金を貰って、供給するのが自然だったし、そうでない平民は井戸と滑車と桶があれば比較的楽に水を汲み上げられていたので誰もその技術の活用方法を思いつかなかった。
タロも当時、貴族として雇った魔法使いに水の事を任せっきりだったから、同じく活用方法は思いつかなかった。
しかし、その若い開発者の支援の為に、権利を買い取っていたのだ。
だが、今ならその活用方法も思いつく。
「仕組みも覚えているし、設計図も頭に入っているからそれを応用して人力で水が汲み上げられる簡単で効率的なものを村の鍛冶屋さんに頼んで作ってもらおうかな?」
タロはそう考えると、早速ティアと二人、鍛冶屋の元を訪れる事にするのであった。
ステラ母娘から以前教えてもらった通り、村の東側の外れに鍛冶屋の家があった。
ちなみにタロの家は村の北側の外れにある。
近くまで来ると鉄を金槌で打つ甲高い金属音が聞こえてきた。
「すみません! ちょっといいですか!?」
金属音がうるさいのでタロは大きめに声を掛けた。
「おお? ──なんだ客か? 見ない顔だな。余所者か?」
鉄を打つ手を止めて、振り返った黒髪、黒目、黒ひげの男はドワーフであった。
その姿は背が低いががっちりとしていて、腕や足がとても太い。
「はい、最近、北の外れに引っ越してきました。タロと言います。こっちがティア」
タロは自己紹介し、ティアも挨拶させた。
ティアは、「ティアだよ!」と、タロと同じように頭を下げて見せる。
「銀髪とは珍しい子供じゃのう。がははっ! ──儂はロンガじゃ。この村に移住して三年くらいかのう。だからあんたと同じ余所者だ。仲よくしよう。それで、今日は何のようだ?」
ロンガは、職人にありがちな、無愛想さとは程遠く、意外に社交的で愛想があった。
「実は作ってもらいたい物がありまして──」
タロはそう答えると、魔法収納から紙とペンを出し、さらさらと人力で水を汲み上げる為の設計図を書いていく。
脇でロンガは興味深げにそれを覗いていたが、「ほう……!」とか「むう?」とか言いながらその完成図を見守った。
「最終的に部品を組み上げるとこんな形になります。これを作ってもらえないでしょうか?」
「こりゃあまた、変わった形をしとるのう! 儂じゃなきゃ、こんな部品の数々そう作れんだろうな」
ロンガは設計図を手に取って一つ一つの部品の絵を確認すると、そう口にした。
「では、作れるんですか!?」
「金は掛かるが、それで良ければ作ってやるぞ?」
ドワーフのロンガは自信を持って答えた。
「それではお願いします! きっと完成すれば、この村のお役にも立つと思うので」
「この村の? そもそもこれはなんじゃい? 水を汲み上げると書いてはいるがこんなに複雑だと作る為の技術を持っている奴がおらんし、それを作る為の膨大な時間を提供する鍛冶屋がそもそもおらんぞ」
それは暗にロンガが相当な技量を持った鍛冶屋という事だろう。
確かにタロは王都にいた頃、鍛冶屋にも挑戦した事があり、王都の職人達も沢山見て来ている。
その王都が誇る職人達の元で見聞きして来た自分にとってもこれを作るのがいかに難しいのかはある程度はわかっているつもりだ。
だから相当な技術と手間がかかるから、他の仕事が出来なくなると、断られても仕方がないだろう。
「ロンガさんには可能なんですよね?」
「まぁ、儂ならやれん事もないな。それに儂は趣味でやっとるから時間は沢山あるしのう。村人達も鍛冶屋仕事の依頼は鍋の修理や鎌の打ち直しなどしかないから、暇なくらいだわい! がははっ!」
ロンガはそう答えると、早速、作業場の奥に何かを取りに行く。
すると鉄の塊を持ってすぐに戻って来た。
「──そうじゃのう。一か月くらい後には試作品が仕上がるじゃろ。その時また来てくれ」
そう答えるとロンガは鉄の塊を火に入れると早速作業を始めるのであった。
「あのドワーフさん凄く良い人だよ!」
ティアが何を見て思ったのか手を繋ぐタロを見上げながらそう褒めた。
「そうだね。あのドワーフさんは良い人だね」
ティアの言葉は単純な分、そこにはいつも真実がある。
そして、自分も同じように感じたからその言葉に賛同した。
確かに彼の言葉に淀みはなく、技術を誇り過ぎるところもなければ、慢心する雰囲気もない。
ロンガの言葉は実直と表現していいものばかりだったから、信じて待っていて良いだろう。
タロは同意見のティアにご褒美とばかりに持ち上げて肩車をすると、ティアが「きゃー!」と嬉しそうに声を上げる。
「タロの上、高い、高い!」
ティアが万歳する。
タロはティアを肩車したまま、走って家まで戻る事にしたのだが、その速さが尋常ではなかった。
タロもこの時初めて自分がかなり速く走れている気がしていたのだが、家に到着するとティアが一言、
「タロ、速く走り過ぎてティアの髪、ぼさぼさ」
と手櫛で髪を整えながら、ティアは初めて愚痴を漏らすのであった。
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