第15話 井戸を綺麗に
タロはステラとアンナ母娘の薬草屋で大量に薬草やハーブ、さらには庭で育てる為に野菜の種なども購入した。
最初、ステラがタロは恩人だからと大幅に値引きしようとしたが、そこは断った。
この村に来てから何かと良くしてくれている二人にそこまで甘えたくなかったのだ。
それにタロは盗賊団に財産の一部を奪われたとはいえ、それはほんの一部であったから痛くも痒くもない。
それにタロは元貴族であったから、貴族としての義務で、行く先々でお金を落とす事は当然だと思っているところもある。
それは、村にお金を落として村内の経済を回すという事であり、それが今は何もできない自分にとっては唯一役に立てる事だと思っていたのだ。
もちろん、今は、貴族ではないから他の事で村に貢献して村の一員として認めてもらわなくてはいけない。
その辺りは、平民としてまだ、日が浅いタロであったが、ティアの為にも村人と距離を近づけたいのであった。
とはいえ、タロも新居を構えて数日しか経っていない。
だから家でやる事は多く、ティアと二人、この日も室内の修繕を行い、それが終えると、残った木材で家の周りを囲む柵の一部を作っていく事にした。
「誰も見てないよね?」
タロは周囲を警戒すると、素手で地面に杭を打ち込んでいく。
タロは『竜の守人』の紋章が覚醒してくれたお陰で、とんでもない力持ちになっている。
さすがにその力を他人の前で見せるのは躊躇われるのだ。
そんな慎重なタロのその傍で、ティアが次の杭をテンポよく渡していく。
「タロ! はい!」
タロは受け取ると、また、素手で杭を等間隔に地面に打ち込んでいく。
この作業はあっという間に終わり、今度はそこに板を張っていくのだが、これもすぐに残りの木材を使い切って終了した。
「やっぱりまだ、材料足りなかったなぁ。木材はまた、ダッチさんのところで購入するとして、今度は、裏庭を綺麗にするぞ、ティア」
「うん!」
今度は二人で地味に草を刈っていく。
と言っても、タロはティアに教わった風魔法を指先に集中させ、生い茂った草を刈っていくのであっという間だ。
ティアも、同じ様に背丈ほどもある草を、風魔法で刈っていくから二人でやれるのは効率がいい。
広い荒れ果てた庭も短い時間で綺麗になり、庭に建っていた石作りの小屋もその姿をちゃんと拝めるのであった。
「この小屋、何に使うの?」
ティアが、小屋に入って雑然とした室内を見回した。
「ここは中を奇麗にしてお風呂を作ろうと思ってるんだ」
「オフロ?」
ティアにとっては、初めて聞く言葉である。
「体の汚れを落とし、ゆっくり浸かる事が出来る、お湯を満たした箱の事さ。一日の疲れはお風呂に入って取りたいと思ってね。この小屋の大きさなら十分広いお風呂が作れるよ」
「お風呂、ティアも入れる?」
「もちろんだよ。その為に作るんだから」
タロは貴族や一部のお金持ちしか設置していないお風呂を作ろうとしていた。
井戸も傍にあるし、大丈夫だろう。
水汲みは大変だが、今はティアを名付けた事で、力自慢になっているからそれも苦痛ではない。
それをティアに説明すると、ティアは小屋を出て、傍の井戸を覗き込む。
「タロ、この井戸、汚いよ?」
「そっか、長い事使われてないから、色んなものが中に落ちて汚れているのか!」
タロはティアの指摘でようやくすぐには使えない事に気づかされるのであった。
木材を再度購入する際に井戸の事を材木屋のダッチに相談すると、
「ああ、古い井戸をまた利用しようと思ったら、沈殿物や汚れた古い水を汲みだして、掘り直す必要もあるからなぁ。そこから水位が戻るまで待たなきゃいけないんだが、その前に井戸内を一度洗浄しないといけないか。これは誰か清潔魔法辺りを使える人に依頼した方が良いんだが、使えそうな奴となると普通は教会の神父さん辺りだが、長い事不在だからな。隣の村から呼ぶしかないな。その間は近くの他の井戸から水を汲んで利用するしかないぞ」
と、そんな答えが返って来た。
意外に井戸一つを再利用するだけで大変なようだ。
「魔法……か」
タロは、簡単な生活魔法に、ティアから教えてもらった風魔法が使えるようになっている。
他の魔法も使えないだろうか?
と、タロは傍にいるティアを見て思うのであった。
「タロなら使えると思うよ」
ティアはタロの考えを察したのか、タロを下から見上げるとそう答えた。
「うん? タロ、あんた魔法使えるのかい? なら井戸の問題は解決じゃないか」
ダッチはティアの言葉に勘違いすると頷く。
「とりあえず、教えてもらった通りにやってみますね」
タロは何と答えていいのかわからず、返答を濁すと購入した木材を魔法収納に納め、ティアの手を取って家に戻る事にするのであった。
「魔法、使える事内緒だった?」
帰り道、考え込んでいたタロを見て、ティアは心配して聞いてきた。
「いや、生活魔法は元々使えていたから大丈夫だよ。でも、本当に僕に使えると思うかい?」
タロは貴族時代は浄化魔法どころか清潔魔法自体もあまり使えなかった。
貴族として雇っている使用人が清潔魔法は使えたので覚える必要もなかったのだが、何でも出来るように一応挑戦はしていた。
しかし、聖魔法に属する浄化魔法は高位魔法だった事もあり、全く使えなかったという過去があった。
だからティアの言葉にも半信半疑だったのだ。
「大丈夫だよ。ティア、タロの力を引き出した。だから出来るよ」
その言葉にタロは不思議と自信を貰えた。
聖魔法は特殊なもので適性無しでは全く使えないものなのだ。
確かにティアが教えてくれた脳裏に魔法陣を描いて唱えるというやり方でなら風魔法も使えたのだが、聖魔法もそんなにうまくいくのだろうか?
タロは井戸の前に立つと、ティアに教わった通りの魔法陣を目を瞑って脳裏に思い描き集中する。
左手はティアが手を繋いでいる。
だから右手を井戸に添え、そして唱えた。
「綺麗になれ!『浄化』!」
その言葉に井戸が一瞬光に包まれてすぐ消えた。
「で、出来たのか……?」
タロは、自問自答のようにつぶやくとティアの方を見た。
「ほら、ティアの言う通り、出来ているよ!」
ティアは井戸を覗き込んで確認すると、タロに拍手をして自分の事のように喜ぶ。
タロも井戸の中を覗き込むと、水の腐ったような悪臭がそこには無く、太陽の光に反射する透き通った奇麗な水が見えるのであった。
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