第14話 薬草屋の母娘
アシナの村で人気のある美人母娘ステラとアンナについて、タロはよくわかっていなかった。
だが、ティアと二人で村を訪れ、ステラと会って家へと案内された事で、その一端がようやくわかる事になる。
この母娘は、薬草屋の看板を掲げた商いをしているのだ。
店内の前面には沢山の口の広いガラス瓶が並び、そこには色々な薬草と思われる葉っぱや、粉末が入っている。
横の壁の棚には豊富な種類の薬が瓶や紙袋に入って並んでいた。
そして店内は沢山の薬草独特の匂いで充満している。
「いい匂いですね」
タロは店内の独特の匂いが嫌いではなかった。
ティアはこの独特の匂いに美人母娘の匂いと一致したのかタロに賛同するように頷く。
そして、店番に娘のアンナがいた。
「あ、タロさん、ティアちゃん、こんにちは、いらっしゃいませ! お母さん、帰り早かったね」
アンナが二人に挨拶をしながら店番終了とばかりに木の靴をカツカツと鳴らしてティアに歩み寄った。
「こんにちは! いららっしゃいませ!」
ティアが笑顔でアンナを真似して挨拶を返した。
「いらっしゃいませはお店側の人が言う事だから、ティアちゃんは言わなくていいのよ?」
アンナはティアの可愛らしさに思わず抱きしめる。
「そうなの?」
ティアはアンナに抱きしめられながら、タロに確認する。
「ああ。ティアは、こんにちは、だけでいいんだよ」
「うん。──こんにちは、アンナ! ──ここはどんなお店なの?」
ティアはいろんな香りや匂いがするので鼻をスンスンさせながら聞いた。
「ここは薬草屋さんよ。この村にはお医者さんがいないから、大体軽い病気やケガなんかはうちの薬草を処方して治すのよ」
「お薬、いい匂いがするね!」
「ふふふっ! ティアちゃんこっち来てこれを嗅いでみて」
アンナが一つのガラス瓶の傍までティアを招き寄せると、その蓋を開けて匂いを嗅がせた。
「! ──臭い!」
ティアが嫌な顔をして鼻をつまむ。
「中には臭いものもあるのよ。でもね、こんな臭いものでも体には良いの。これはミダクと言って解毒、殺菌作用があるの」
「でぼ、くちゃい」
鼻をつまんだままのティアはミダクの入ったガラス瓶から離れるとタロの足元まで逃げ戻った。
「ティアちゃん、ごめんなさい、ふふふ」
アンナが謝ってガラス瓶の蓋を閉めた。
「お二人は薬草屋で生計を立てているんですね」
タロは改めて確認した。
自分はこの村で何をするか、まだ、決めあぐねていたし、親切なこの母娘と被る仕事を選んでしまったら申し訳ない。
だが、薬草屋なら専門外だから迷惑を掛ける事もなさそうだ。
「うちの亡き夫と始めたお店なんです。夫が薬師でしたから傍で見ていて仕事も覚えたんですよ。医者のいないこの村では必要とされていますし、この子も育てなくてはいけないので真似事でやっていますが、続けられています」
「そうなんですね。でも、出会った時はなぜ、村の外に出掛けていたのですか?」
タロはそこがずっと疑問だった。
「ああ、それは貴重な薬草を他所の街の薬草屋さんに買い取って貰った帰りだったんです。アンナも久し振りに他所の街に行きたいと言っていたので連れて行きましたが、結果的に怖い思いをさせてしまいました……」
ステラは母親として無力な自分を反省しているようだった。
「ではあの時、売り上げたお金は……」
「全て取られてしまいました……。でも、タロさんのお陰で私達母娘は無傷で帰って来られたのでそれが何よりです。ありがとうございました」
ステラは改めて命の恩人であるタロに頭を下げた。
「いえ、すでにお二人には食事を頂いたり、村を案内してもらったりとお礼は十分してもらったので大丈夫ですよ。それよりも、盗賊団についてこの村では噂にもなっていないようですが、話していないのですか?」
「村長には話しましたが、いたずらに怖がらせてもいけないと、門番のバモンさんくらいにしか知らせていないみたいです。それに村長はその盗賊団の事はすでに知っていたみたいです」
ステラは、ずっと誰にも言えなくてもやもやしていたのか村長に口止めされていた内容をタロに教えた。
「そうなんですか?」
「何でもドラゴニア王国方面からやってくる盗賊団だそうで、数か月おきにこちらに遠征してくる事があるのだとか……。でも、人を殺さないので遭遇したら運が悪かったくらいに思った方が良いと言っていました」
「ドラゴニア王国から……。あの国も以前のような大国として勢いがあった当時に比べ、今は貧困や治安問題が地方で問題になっていると聞きますから、そのせいかもしれませんね」
タロは王都にいた頃は全くそんな事を気にした事が無かったが、いざ、追放され、王都を後にして地方を旅し、国外に出る時には、大国ドラゴニアの印象は大きく変化していた。
王都の治安の良さに比べ、地方の治安は格段に下がり劣悪であったのだ。
だからこそ、冒険者を雇って身を護る必要があったほどである。
しかし、運よく被害に遭う事なくクサナギ王国に入れたので、安心して雇う冒険者を一人に減らしたのが運の尽きで、あの様であった。
「村を襲う事もないそうなので、今のところ、軍も動く気がないとか」
ステラは溜息を吐いてそう漏らした。
確かに数か月に一度しか現れない、他所の国から遠征してくる比較的に良心的な盗賊相手に、厳戒態勢は取れないのが国境を担当する軍の本音だろう。
「領主様とかは?」
ダメ元でタロは聞いてみた。
この国のこの村を治める領主の事は何も知らないから、情報収集も兼ねて聞いてみた。
「この村を統治する領主様は、サイロン子爵と言って、かなりお年を召されていると聞きます。街の薬師がその領主様の病気の治療に貴重な薬草を求めていたので、売りにいった時に聞きましたが、今は跡継ぎ問題が深刻とか。ですから、対応してくれるかどうかは……」
ステラは意外に情報通だ。
たまに街に出掛けるから、そこで情報を入手しているのだろう。
その話を真剣に聞いていると、傍でティアがタロの真似をして腕を組み、難しい顔をしていた。
「はははっ! ごめん、ティア。難しいお話は終わったからね。──ステラさん、傷薬と、良い香りのする薬草。あとは体を洗うのに適した薬草、他にも料理に使えそうなハーブなどはありますか?」
タロはティアの頭を撫でながら、せっかくの貴重な収入を盗賊に奪われたこの母娘の為に、理由をつけて薬草を沢山買い込む事にするのであった。
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