第11話 アマノ侯爵家

 タロが王都を去った後のドラゴニア王国は、より一層、斜陽の時を迎えていた。


 まるで、スサ(タロ)の存在が一時的にもその時間を食い止めていたかのように、スサが国外に出たわずかの間で、日の出の勢いである北西に位置するノア帝国がドラゴニアとの国境沿いに軍を展開し始めたのだ。


 王都では急に原因不明の病も流行り始めたし、実家であるアマノ侯爵家ではその病が原因でスサの母である夫人がつい先日急死した。


 宰相でもあるアマノ侯爵は妻の死を悲しむ暇もなく、王都に蔓延する流行病に対する対策やノア帝国の動きへのけん制の為に国境に軍を派遣、その為の予算の計上など大臣たちと共に日夜仕事に追われていた。


「くそっ! 厄介者がいなくなったと思って安堵していたら、一番喜んでいた母上が急死なされるとは……」


 アマノ家の長男であり、スサ(現在のタロ)の兄であるアレンは自宅の一室で、名前ばかりが有名になったスサを思い出すと憎々しげにそう吐き捨てた。


「母上と兄上はスサ……、今はタロ、でしたね。あの元弟が憎くて仕方がなかったですから」


 次男のカインが長男アレンに皮肉を言った。


「貴様も一緒だろう! いつも俺達が奴の失敗の尻拭いをさせられていたのだ。この数年はこのアマノ侯爵家が名門貴族にも拘らず、奴のせいで少しのミスでも『スサっていますね(期待を裏切った時の意味)』と皮肉を言われる始末! 今でも、陰で何を言われているか!」


 長男アレンは、スサ(タロ)のせいで苦労を強いられたのは事実だ。


 ただし、国賓待遇の『竜の守人』の紋章を持つ弟の兄という事で、良い思いを沢山してきたのも事実である。


 それは次男カインも同じであった。


 スサ(タロ)の兄というだけで周囲はこの二人を敬ったし、王家も長い間、アマノ侯爵を由緒ある宰相家以上の特別扱いをしてきた。


 アマノ侯爵家の人々はその特別扱いに慣れ、驕り高ぶり、王家と同等の扱いが当然とまで思っていた時期がタロの成人くらいまで続いていた。


 だが、スサ(タロ)が成人しても紋章に相応しい能力を見せずにいると、周囲の反応は変わっていった。


 スサ(タロ)の存在があってこその扱いだったから、当然その紋章の片鱗を少しでも見せなければ疑いの目はスサ(タロ)の家族にも向けられる。


 王家と同等の扱いに慣れて横柄な態度も当たり前となっていたアマノ家の家族は白い目で見られるようになっていった。


 それからスサがタロに名を変え、アマノ家の籍を外され、死んだ事にしての追放同然に国外に出した時、家族は厄介者がいなくなったと安心した。


 だが、それはアマノ侯爵家の終焉も意味していたのだ。


 特別な立場はスサ(タロ)の存在によって与えられていたのだから。


 王家はスサ(タロ)に失望していたが、それと同様に厄介者扱いしていたのがその家族であるアマノ侯爵家の面々であった。


 突然、アマノ侯爵家がスサ(タロ)の急死報告をした事で、ここぞとばかりに非難の的になったし、何よりこれまでの傲慢な態度について追及される事になった。


 宰相はまだ、国の為に尽くしていたが、それでも王家との関係は冷え切っていたのだ。


 近々宰相の任を解かれるという噂もあるから、最悪の関係性であるのは確かだろう。


 長男アレンは、公爵家令嬢との間で結ばれていた婚約も破談になったし、次男カインは子爵への叙爵の予定が白紙になった。


 肝心のスサ(タロ)が急死した事でその当人と王女殿下との縁談が無くなった事が一番の原因であった。


 その事で誰もこのアマノ家に気を遣う必要が全くなくなったのである。


 どんなに無能で役立たずであってもスサ(タロ)が王女の婚約者であったから、まだ、批判も大した事が無かったのである。


 だが、アマノ侯爵家側がスサ(タロ)を急死した事にして籍を外し、国外に追放してしまった事でその縁談も消滅してしまったのだから自業自得である。


 だからこそ、王家が遠慮なく宰相の任を解く事を検討しているという噂が上がっているのである。


 アマノ侯爵家の面々はそれでも当初、特別扱いに慣れ過ぎて、自分達が置かれている状況を理解しきれていなかった。


 批判の元であるスサ(タロ)がいなくなれば全ての問題は解決すると短絡的に思い込んでいたのだ。


 確かにある意味では解決するのではあるが、その間の自分達の立場を利用した悪行の数々については別である。


 ドラゴニア王国の名門アマノ侯爵家であり、スサ(タロ)の一族だからと大目に見られ、闇に葬られていた問題が次々と表沙汰になり、王家や貴族からの批判は完全に表面化しつつあった。


 長男アイン、次男カインは、まだ、スサ(タロ)が死んだ事で、しばらくすれば批判も収まり、いつもの特別扱いが待っていると思っていたのであった。



「宰相の地位を解任……!?」


 アマノ侯爵は、国王の執務室に呼ばれると、第一声で国王自身に宣告された言葉に頭が真っ白になっていた。


「これまでよくやってくれた。だが、優秀な者も育ってきている。それにスサ(タロ)の件もある……。今は自分の領地でゆっくり休んで大人しくしている方がよいだろう」


 国王の言葉は絶対である。


 そして、これは体のいい自領での謹慎であった。


「ま、待って下さい! 現在、問題が山積してる状況で私を宰相から解任すると国内が荒れる恐れが!」


 アマノ侯爵は国王に掴みかかりそうな勢いで食って掛かる。


 それを国王の傍にいた近衛騎士がとどめた。


「その恐れがすでに起こっているのだよ、宰相。いや、アマノ侯爵。最早、遅きに失した感はあるが、ここから我が国も体制を立て直していかないといけないのだ」


 国王は冷たい目でアマノ元宰相を見つめると、国王の執務室から強制的に退場させるのであった。


「陛下ー! お考え直し下さい! 陛下ー!」


 アマノ侯爵の叫び声が、王宮の一角に響き渡る。


 こうして、タロを追放したアマノ侯爵家の没落が始まったのであった。

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