第9話 初めての世界
ティアは素朴でありきたりな食事に感動して心震わせたのだが、地下神殿以外の外の世界に改めて触れて、それだけでもまた感動し、全てに興味津々であった。
「タロ、外の世界って、凄いね!」
ティアはタロのズボンの裾を握りしめたまま、家の外に一歩出てその目の前の自然豊かな景色が広がる初めての世界の感想を漏らした。
「……そうだな。そうかもしれない。僕も、ドラゴニアを出てここまで来て良かったよ」
タロはこの可愛らしい相棒の頭を撫でると、答える。
ドラゴニア王国ではずっと針の筵だったのだ。
日々、期待を裏切った役立たずと後ろ指をさされる日々。
それでも最初の頃の期待に少しでも応えようとあらゆる事に挑戦し、色んな事を身に付けようと努力を重ねてきたが、報われる事が何一つなかった。
それが、国外に出てこの辺境の田舎に来たら、自分をこんなに頼ってくれる相棒が出来たのである。
『竜の守人』として、この小さく、儚げな竜の化身である幼女を守れる存在にならなければと心に強く誓うのであった。
「よし、少しでも早くこの新居を完璧な状態にしないとな!」
「……このお家、完璧じゃないの?」
地下神殿しか知らなかったティアにとってタロと寝られるこの家は十分なものに映っていた。
「ああ、室内の掃除は生活魔法で一日かけてやれたけど、傷んだところの補修はまだまだだからなぁ。ティアが寝ていた部屋は扉も無いし、色々と作りたい物も沢山あるから、早速、作業しようか」
タロは、家の外に積み上げておいた材木の加工を行おうとひょいと持ち上げた。
「あれ? もの凄く軽い……。この木材、虫に食われているのかな?」
タロは首を傾げた。
「どうしたの、タロ?」
タロのこれからやる事を傍で見学しようとしていたティアが不思議そうに聞いた。
「いや、ちょっと木材が軽いんだけど……、あれ? 他のも軽いぞ? 昨日まではそんな事なかったのに!」
タロは次から次に木材を持ち上げるとその軽さに驚く。
「タロ、ティアに名付けてくれた。だから、紋章が力持った」
ティアはタロの疑問がわかったのか、明確な答えを教えてくれた。
「え? ……という事は、これは『竜の守人』の効果なのかい?」
「うん! だからタロ、力持ち」
ティアはそう答えると自慢げに胸を張る。
タロが力持ちな事が自分の事と同じように誇らしいようだ。
「そっか……。あんなに散々役立たずスキルとか言われていたのにな……。ありがとうティア。ティアと出会えた事で、僕にも出来る事があったみたいだ」
「タロ嬉しい? ──だったらティアも嬉しい! 二人一緒なら何でも出来るよ」
ティアはタロの嬉しそうな顔を見て、一緒に笑顔になるのであった。
それからは驚きの連続であった。
タロは生活魔法以外ほとんど使える魔法は無かったから、不便な事は色々な技術を身に付ける事で補って来た人生だった。
だから、木材の加工も購入したノコギリで一つ一つ切っていかないといけなかったのだが、ティアに魔法陣について教えられた。それは、世間で教えられている魔法の使い方とは違った。
一般的に魔法は魔力の集中と行使する時のイメージで使用する。もちろん、使用するにはスキルがある事が最低条件だ。
だが、ティアのものは、頭の中で魔法陣を描き、そこに魔力を注ぎ込むイメージで魔法を使用できるという。
魔法陣は魔法の種類の数だけあるからそれを覚えないといけないのでかなり厄介なのだが、逆に言うとスキル無しでも魔法陣を頭の中で描ければ、魔力が尽きない限りいくらでも行使できる。
タロは元々、誰でも使用できる最低レベルの生活魔法しか使用できなかったのだが、ティアに風魔法の魔法陣を地面に描いてもらってそれを頭の中で描いて魔力を込めると、本当に使用できるようになったのだ。
タロは、すぐにそれを応用する事にした。
脳裏で風魔法の魔法陣を思い浮かべ、さらにそれを円状に回転するイメージを描き、指先で使用してみたのだ。
その状態で木材をなぞると音を立てて切れてしまう。
「おお! これは凄いや!」
タロは感動もひとしおだったが、すぐに他の作業に移る。
チート級の能力に目覚めたタロにとっては、釘を打つのも金槌は必要なく、指で釘の頭を軽く叩くと打ち込むが出来るのだから、補修作業は見る見るうちに進んでいく。
「魔法を使えたり、基本能力が高いとこんな感じになるのか! 今までどんな感じなのか想像だけでは何も現実味がなかったけど、いざ自分が体験するとこんなに楽しいとは思わなかったよ!」
タロは十八年もの間、何の能力もない事でずっと鬱屈とした思いだったが、そこから解放された気持ちをティアに打ち明けた。
「タロが楽しいと、ティアも楽しい!」
ティアはタロの気持ちが伝わってくるのか、小さい体でぴょんぴょんと跳ねて喜ぶのであった。
二人が楽しく新居の補修作業を行っていると、ステラとアンナの母娘が訪れてきた。
「こんにちは、タロさん。そして、お嬢ちゃんもこんにちは」
「タロさん、また食事持って来たよ!」
母娘は命の恩人であるタロをよほど気にかけてくれているようだ。
「こんにちは、ステラさん、アンナちゃん」
タロが挨拶すると、ティアはタロの後ろに隠れる。
母娘を恐れたというよりは、タロ以外の人にまだ慣れていないようであった。
「そちらの子が、森で発見したお嬢さんですね?」
ステラは村で話を聞いたのだろう、ティアの存在を知っていたのだった。
「初めまして。私はアンナ、こっちが私のお母さんのステラよ。あなたのお名前は?」
十四歳の娘アンナが自己紹介すると、ティアに名前を聞く。
「ティア……!」
「ティア、良い名前ね!」
アンナが名前を褒めると、褒められたティアは頬を赤らめて照れながら喜んでいる。かなり嬉しいようだ。
タロが名付けてくれた名前だから喜びもひとしおだろう。
「もうお昼だから、ティアちゃん、お食事にしようか?」
アンナはそう言うと、持っていた籠をティアの前に突き出して見せた。
「……タロ、いい?」
「お二人ともありがとうございます。──うん。ティアも、お礼を言って」
タロは二人に礼儀正しく感謝の意を示すべくお辞儀をしてから、ティアにも同じ事を促した。
「うん! ──ありがとと、ございます」
ティアはタロを真似して頭を下げて言葉を噛みながらお礼を述べた。
「うふふっ。ティアちゃんはお利口さんね」
ステラはこの微笑ましい姿を褒めると、ティアはまた褒められた事が嬉しいのか照れてもじもじするのであった。
四人は積まれた材木を椅子とテーブル代わりにしてタロが魔法収納バッグから出した敷布を広げる。
そこに娘アンナが持っていた籠を置き、中身を取り出していく。
まずは薄い木のお皿を四人分。そこへカットしたパンを配る。そして、その上にお肉を一切れずつ乗せていった。
今度は、深さのある器と木のスプーンをひとつずつ配る。
最後に取り出したのはスープの入った器であった。
ステラが、一人ずつ器を受け取って匙でスープをすくって入れると、器を返していく。
ティアはここまでタロを見ながら真似して、静かにしている。
ただ、その口の端からはよだれが出ているが、それはご愛敬だ。
「それでは、頂きましょうか」
ステラがみんなに配り終わったので、そう告げると、みんな頷き、タロがスプーンでスープを頂く。
するとそれを真似してティアが不器用にスプーンを逆手に握って口に運ぼうとするがこぼれた。
その握り方に気づいたタロが握り方を直してあげると、スムーズにスープを味わい、その美味しさにティアは満面の笑みを見せた。
「タロ、美味しいね!」
「ああ、そうだな」
タロもティアの笑顔に笑みがこぼれた。
「二人共なぜかしら……、どこか雰囲気が似ている気がするわ。うふふっ」
ステラがそう指摘すると、タロとティアは目を合わせ、思わず二人共、嬉しそうな笑顔を浮かべるのであった。
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