第8話 初めての食事
タロはティアを抱きかかえて村人達と共に、新居まで戻って来た。
その頃にはティアはタロの腕の中で安心して熟睡している。
「──それで、この子があの場所で寝ていたと……?」
タロは帰りの道中、材木屋の店主、ダッチに嘘と事実を織り交ぜて説明した。
「はい。詳しくはまた、後でティアが落ち着いてから話を聞いてみますが、この子もまだ今の状況に混乱して泣いていたわけですから、あまり聞き過ぎるのもよくないなと思ったんです……」
「そうだな……。目覚めたらあそこに捨てられていたなんて、四歳の子にはショック過ぎるよな……。──わかった、落ち着くまではあまり聞かない方が良いかもしれん。──それでどうするんだ? この子、一時的にならうちが預かってもいいぞ? 元々うちにも息子が二人いるから、いまさら一人増えたところで問題無いしな」
「いえ、ティアは僕が面倒を見ます。ティアもそれを望むでしょうし」
タロはティアをぎゅっと抱きしめるとそう答えた。
「確かにな……。あそこでのあんたへの懐き方は尋常じゃなかったもんな」
ティアが服を着替えた直後に、子供慣れしているダッチが抱っこしようとすると、タロのズボンのすそを掴んで「ティア、タロが良い! タロじゃないと、嫌!」と言ってタロから離れようとしなかったのだ。
「子育ては大変だぞ? うちはカミさんがいるから大丈夫だが、あんたこれから村で生活するんだろう? 何かしら仕事を見つけて日銭を稼がないと生活できないぞ。一人で本当に大丈夫か?」
ダッチは現実的な問題を指摘した。
「ティアは強い子ですから僕と二人で一緒に頑張ってくれると思います」
タロは力強く自信を持ってそう答えた。
「長年連れ添った奥さんみたいな言い方しやがるな。わははっ! ──まぁ、困った事があったらその時は相談してくれ。協力はするさ」
新居に到着したダッチはそう答えると、村人達を連れて村へと戻っていくのであった。
「……さてと、これからどうするかな。今日は宿屋に戻らず、この家でティアと一泊するか。邪魔されずに話もしたいし」
タロは、暗くなりかけている空を見上げ、今日も一日が終わるのを確認すると、家に入り、魔法収納バッグからランタンをテーブルの上に出した。そして、生活魔法で火を灯すのであった。
翌日の早朝、床に引いた毛布の上で寝かされていたティアが目を覚ました。
「タロ、どこ!?」
そばにタロがいないので、ティアは慌てた。
「僕はここだよ、ティア」
タロがドアの無い部屋の出入り口からひょこっと顔を覗かせると、ティアはパッと表情を明るくさせて、トコトコとタロに駆け寄り足にギュッと抱き着いた。
「夢じゃない!」
ティアはタロとの出会いが現実であった事を噛み締めていた。
グ~!
安心したはずみだろうか? ティアのお腹が盛大に鳴った。
「……タロ、お腹減った」
「そっか、ティアは十八年間、自分の生まれた時の卵の殻しか食べてなかったんだよね」
タロはティアの十八年間の記憶が脳裏に流れ込んでいたから、どうやって十八年間も生き延びてきたのかわかっている。
竜の卵の殻は特殊な素材で出来ており、あらゆる魔道具の最高級の材料になると伝承や歴史書などにはそう記されている。
その特殊さは未知数過ぎて、一欠けらでも入手出来たなら、それを売れば一生遊んで暮らせるとも言われていた。
その殻をティアは生きる為に少しずつ食べて栄養にして、十八年間生き延びていたのだ。
ティアは本能に刷り込まれた知識以外では石畳の建造物と卵の殻しか知らなかった。
服を作れたのは、その本能に刷り込まれた『竜の守人』の存在があったからだ。
自分は国と国民、家族から多大な期待をされ、失望され、罵倒される十八年間の人生だったが、ティアは一人孤独に与えられる情報もほとんどゼロの中、十八年間を生き延びてきたのは過酷という言葉だけでは片付けられない人生……、竜生?だった事は、記憶を共有した自分が一番わかっている。
思い出すとタロの目に涙が浮かび、自然と頬を濡らした。
「タロ、どこか痛い?」
ティアはそう言うと、タロにギュッとまた、抱き着く。
「大丈夫、大丈夫だよ、ティア。食事を作らないとね。ティアが殻以外では初めての食事だから良い物を食べさせて上げたかったんだけど……、今用意できるものは携帯食しかないから、ちょっと火を通そうか」
タロはそう言うと、台所までティアと手を繋いで、かまどの傍に立つ。
火はすでに入っていたから、魔法収納からチーズと白パンを取り出すと切り分け、これもまた、魔法収納から串を出してチーズとパンを突き刺す。
それをかまどの火で炙るのであった。
ティアは、タロの一挙手一投足が楽しくて仕方がないのか、目を輝かせてそれを観察している。
チーズはとろとろに溶け始め、パンはこんがりきつね色に色づいた。
タロはそのとろとろチーズをパンに乗せて串を抜く。
そして、魔法収納から胡椒の入った壺を取り出し、ひと摘まみするとその上にパラパラとかけてティアに渡した。
「さぁ、どうぞ」
ティアはタロの言葉に、パッと笑顔をみせ、始めてみる食べ物に
チーズがティアの口元からパンまで伸びると、それが楽しいのかティアは目を大きく見開いてまた、笑顔がこぼれる。
「タロ、美味しい!」
一口目を味わったティアは初めて食べる人間の朝食に目は輝き、顔を紅潮させて、感動するのであった。
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