第7話 銀色の竜の記憶
タロの目の前には確かに書物でしか見た事がない銀色のドラゴンがそこにはいた。
それも小さい、とても小さい銀色のドラゴンだ。
夢の中で見たドラゴンに間違いない。いや、これも夢なのか?
タロは夢か現実か区別がつかなくなっていたから、一度頬をつねって確認する。
「痛い……! ──やっぱり夢じゃない!」
タロはそして小さいドラゴンの少し手前で跪き、その状態で距離を詰める。
立ったままでは何か失礼だと思っての咄嗟の行動だった。
それだけタロの目には銀色の小さいドラゴンが神々しく映ったのだ。
傍まで寄ると、竜は眠っているのか呼吸をするたびに体が少し動いている。
書物の通りなら、人の言葉がわかるはず……。
タロは、そっと声を掛ける。
「ド、ドラゴンさん……?」
なんとも馬鹿馬鹿しい第一声だった。
すると、小さい竜の目がゆっくり開いて、目の前のタロを見た。
「きゅるるるる……!」
小さい銀色のドラゴンはタロの姿を見て静かに、だが、何かの感情を乗せて鳴いた。
それが、タロには泣いているように聞こえた。
その次の瞬間だった。
小さいドラゴンがポンッという軽い音と共に銀髪に赤い目のボロボロの服を着た小さい幼女に姿を変えたのだ。
「やっと、見つけてくれた……!」
そのドラゴンから変化した幼女は目に涙をいっぱい溜めてつぶやくと、タロに抱き着いてきた。
タロは驚いてどうしていいかわからなかった。
しかし、その幼女の右手がタロの左胸を触った瞬間、ドラゴンの幼女の記憶だろうか? 一気に色んな映像がタロの脳裏に流れ込んでくる。
それは、孤独な長い長い十八年間の記憶だった。
岩壁に覆われた中に神殿のような作りの建物があり、そこは淡い光に包まれている。
そして、その神殿の広間の中心にある大きな卵からこの幼女である銀色の小さいドラゴンは生まれた。
そこで『竜の守人』の紋章を持つ人間が現れるのをひたすら待っていた。
一年待ち、五年待ち、十年経ってもその人間は現れない。
ドラゴンの幼女は相手が近くにくれば必ずお互い引きつけ合い、出会う事が出来ると信じていたが、その瞬間は訪れない。
その間に幼女はドラゴンから幼女に変身する事を覚え、『竜の守人』が現れるのを心待ちにしていたが、十五年経ってもその気配がなかった。
ドラゴンの幼女はあまりの寂しさにそれから三年間、その神殿のような場所で泣き続けた。
小さい銀色のドラゴンの姿で、時には幼女の姿で泣き続けた。
そして、二十日ほど前、竜の幼女は『竜の守人』である自分の相棒となる者の気配を感じたのだ。
竜の幼女は十八年間信じ続けたこの瞬間に身を震わせた。
そして、今度は嬉しさに泣く。
ドラゴンの幼女の歓喜する気持ちは衝撃となり、空気を震えさせ、大地を揺らした。
孤独な十八年間など、この気配だけで竜の幼女は寂しい気持ちが吹き飛んだ。
徐々にその気配は近づいて来る。
それだけで嬉しくて楽しみで心が震えた。
その度に大地を揺らした。
そして、夢を見た。
彼が自分を迎えに来た夢だ。
やっとこの十八年間独りぼっちだった自分が、相棒に会えるのだ。
嬉しさのあまり、心を激しく震わせた。
するとこれまで以上に大地が揺れて壁面にひびが張り、神殿も崩れてしまう事態になってしまった。
ドラゴンの幼女は慌てて閉ざされていた神殿から、揺れた拍子で崩れたがれきの間から外の世界へと飛び出す。
ドラゴンの幼女は初めての外の世界に戸惑った。
十八年間、隔絶された場所にいたのだ。
だから不安でいっぱいで、夢で見た緑の場所、森を発見したドラゴンの幼女は彷徨った末にここに辿り着き、安心すると寝てしまったのだった。
「……ごめんな。十八年間も待たせてしまって……」
タロは、ドラゴンの幼女を抱きしめる。
「もう、一人は、嫌……」
ドラゴンの幼女はそう言うと、小さい手でタロに抱き着く。
「うん……、これからは一緒だ」
「うん……!」
ドラゴンの幼女は、自分と対を成す『竜の守人』に会えた喜びか、孤独から解放された安堵からか、涙をボロボロ流すとタロに抱き着いてわんわんと泣き続けるのであった。
「こっちから子供の泣き声がするぞ!?」
材木屋の店主の声が離れたところから聞こえてきた。
タロはドラゴンの幼女に慌てて話しかける。
「君の名前は? 僕はタロだ。君がドラゴンの化身である事は秘密にしないといけない。この世界ではもう、君以外にドラゴンが存在しないんだ。わかるかい?」
「私、名前ない。タロが名づける。私、秘密守るよ」
ドラゴンの幼女はすぐに泣き止むと、はきはきとタロに答える。
見かけは四歳ほどの幼女だが、受け答えはしっかりしていた。
「よし。……そうだな。僕も君に会う日が訪れたら想像していた名前があるんだ。牡なら、ギータ、君なら……、ティアだ」
「……うん! 今日から私、ティア! よろしくね、タロ!」
ティアは満面の笑みを浮かべてタロに再度抱き着く。
その瞬間、二人の間から光が漏れる。
それは小さい光だったが、とても温かくそして力強さを感じるものであった。
タロはその光に軽く驚くのであったが、それよりも今は大事な事がある。
タロは魔法収納バッグから自分用の上着を一枚取り出すとティアにかけて上げた。
ティアが着ていた服はボロボロだったからだ。
「ティア、この服はどうしたんだい?」
「ティアが生まれた殻から、タロを想像して十八年前に作ったやつ」
「そうだったね、じゃあ、これを着てくれるかい?」
「タロの匂いがする。ティア、これ着る」
ティアは嬉しそうにすると、ボロボロの服を脱いで着替え始めるのであった。
そこへ丁度、材木屋の店主達村人が草をかき分けて現れた。
「おお、いたかタロ。この辺りで子供の泣き声が……、ってタロ! 子供の服を脱がして何やってるんだ!」
「ち、違う! 誤解だから!」
タロは慌ててティアと店主の間に立って視線を遮ると、弁解してティアに急いで服を着替えさせるのであった。
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