第4話 アシナの村

 盗賊団が去ると、タロはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。


 馬車の傍にいる乗客達はずっと一部始終を固唾を呑んで見守っていたのだが、タロが座り込むのを見て、これまでのやり取りがギリギリの駆け引きで成り立っていた事を、ようやく理解したのであった。


「あ、あんた。ありがとう! お金だけでなく身ぐるみまで剥がされてたら、どうなっていた事か……!」


 御者を務めていた男が、商売道具である馬車も取られた時の事を想像したのだろう、タロと同じように座り込み、涙を溢れさせてタロを拝み、心の底から感謝の言葉を述べた。


「私達もあなたのお陰で助かりました、ありがとうございます……!」


 美人母娘は抱き合うように座り込み、タロ達の様子を震えて見守っていたのだが、やっと安堵したのか立ち上がってタロの手を取って握り締め、感謝した。


「タロ殿、雇われていながらお役に立てなくてすみませんでした。冒険者として恥ずかしい限りだ……」


 タロに護衛として雇われていた男は、何もできなかった自分を恥じて謝罪した。


「僕も必死だったのでほとんどハッタリの交渉でしたが、みなさん無事でよかった……」


「「「ハッタリ!?」」」


 乗客達はタロの言葉に、驚きのあまり唖然とするのであったが、助かった事の安堵からか誰かがタロのハッタリ発言に対して笑い始めると、それが連鎖し、最後はみんなで助かった事を喜び合うのであった。



「あんた、こんな辺鄙な村で本当にいいのかい?」


 乗合馬車の御者が、タロを予定にない片田舎にあるアシナ村の出入り口近くまで送り届けてから聞いた。


 乗客には美人母娘と、タロ、そして護衛役であった冒険者しかもう残っていない。


「辺鄙なところは失礼ですよ、御者さん」


 美人な母親は馬車から降りながら、注意する。


 ここまでの間に、この母娘と色々話していたタロであったが、どうやら目的の村は、アシナといい彼女たちはその村民という事だった。


 改めて見ると、この母娘は確かに美人である。


 母親の方は三十歳で、赤毛の長髪に、切れ長の黒い瞳に色気が漂い、スタイルもいいから、村では相当モテているのではないだろうか?


 娘はまだ十四歳だが母親似で、こちらも赤い色のボブカットに赤い瞳、こちらも母親に似て美人でスタイルも良い方だ。


「ああ、すまない。──だがなぁ。あんたほどの勇気と知恵がある人物が人生やり直すのにわざわざ深い森と山脈が連なるこんな麓の辺境の村よりも、もっと人がいて便利な大きな街に住んでもいいと思うのだがな」


 御者はタロの盗賊との駆け引きする姿に何かしらの才能を感じ評価したのか、残念そうだ。


「いいえ、僕は役立たずなスキルしか持っていないので、誰よりも劣ります。それを分かっているので、人と比べられない環境が良いんです」


「そうかい? ──じゃあ、達者で暮らしなよ」


「それではここまでで契約終了だな。あまり役に立てなくてすまなかった」


 冒険者は盗賊から守れなかった事を再度謝罪すると、タロと握手を交わし馬車に再度乗り込む。


 御者も命の恩人であるタロと握手を交わすと馬車に乗り込み、馬に鞭を打つと村を後にするのであった。



 アシナの村はドラゴニア王国との国境線にある辺境の村である。


 文字通りドラゴニア王国とクサナギ王国の間の国境線に連なる山脈の麓にあり、周囲は深い森に覆われているところを開拓したと思われる村だ。


 タロがこの村を知ったのは、ただ単に国境を越えた際に道に迷って立ち寄ったのがきっかけであった。


 そして、そのまま、クサナギ王国の首都に向かったのでその時の印象は、自然豊かで景色が綺麗な小さな村という感じであったが、よく見れば、国境沿いという事で、村を覆う柵も立派だったし、中に入ると宿屋も一軒、村の入り口の傍に建っている。


 それに通りを見ると看板を出している小さいお店もいくつかあり、多少は発展しているようだ。


「ステラさん、アンナちゃんお帰り。見たところ、商品は全て売れたみたいだな。──うん? そっちの男は、以前、迷って俺に道を聞いた人じゃないか?」


 門番の男が、美人母娘ステラとアンナの二人と一緒に入り口までやって来たタロに気づいた。


「覚えていましたか。その節はありがとうございました。用事が済んだのでまた、訪れてみました」


 タロは門番に挨拶をする。


「そうかい。一応、村に入るなら身分証を確認するぜ?」


 前回は、村に入る事なく、門番に道を聞いて引き返したので、今回はちゃんとドラゴニア王国で発行された一枚のカードのような身分証を魔法収納付きバッグから出して提示するのであった。


「ドラゴニアから来たとは前回も聞いていたが、王都発行の身分証かよ!」


 門番は待機部屋にある魔法の水晶に身分証を照らして空間に表示されたものを確認して驚く。


「はい、元は王都で暮らしていたので……」


「ひゃー! そんな遠いところから、ここまでやってくるとはとんでもない長旅だったな! ──うん? ステラさんとアンナちゃんは住人なんだから普段通り中に入りなよ?」


 門番は村の住人である美人母娘が、順番を待つようにタロの後ろで待っているので、入るように促した。


「違うわよ。私とお母さんはタロさんを待ってるの」


 娘のアンナがよく知った顔である門番に言い返す。


「帰って来る時に仲良くなったのか? ──ほら、あんた、アシナの村へようこそ。歓迎するぜ」


 門番は証明証をタロに返すと村の中に通すのであった。


「それではタロさん。村の中を案内しますね」


 美人母娘の母ステラが、先導して村に入る。


 娘アンナもタロの手を引っ張っていく。


「なんだい、なんだい。あんた、ステラさんに偉く気に入られたな!」


 門番が、軽く嫉妬するようにタロに声を掛けるのであったが、その言葉を背にタロはこれから生活する事になるであろうアシナの村へと美人母娘に伴われ入っていくのであった。

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