第2話 不幸続き
スサ改めタロは、祖国ドラゴニア王国を後にして南下すると、隣国であるクサナギ王国の辺境地に到達した。
ここまでの旅は一か月。
王都にいる頃は、インフラが整い治安もよく活気があり、ドラゴニア王国が落ち目になっていると言われていた事を実感する事はできなかったのだが、この旅で祖国が斜陽を迎えている事をひしひしと感じる一か月であった。
街道を外れるとその治安は悪化の一途で、非力なタロは護衛を付けなくては危険な旅であった。
行く先々の住民の心はささくれ立ち、善意を求めるのは難しく、唯一旅を快適にするのはお金の力だけであった。
お金は餞別代りにアマノ家から大金を貰っていた。
中途半端に与えては後々、お金が無くなった頃にまた、無心されると思ったのだろう。
どこか違う国で苦労しない程度に生活できる額を渡して、自分達を思い出して欲しくないようであった。
だからタロは、国外に出るべく、急ぐ旅であったが、国外に出るのは初めてで、あてもない。
しかし、真っ直ぐクサナギ王国を目指したのは、ただの古くからの伝承を宛てにしての事だった。
その伝承とは、五百年前のドラゴニア王国で最後のドラゴンが滅んだ際に天から一筋の竜の姿をした光がクサナギ王国に舞い降りた、というものである。
タロは、自分の紋章である『竜の守人』を重荷と感じていたが、かと言って自分の体に刻まれる紋章である。
どこかで、この紋章が開花するのではないかという甘い希望も捨てきれずにいたのだ。
だから、真っすぐに寄り道する事無くクサナギ王国に向かったのである。
そして、長い旅を経てクサナギ王国の王都についたタロは、すぐに、その噂の真偽を確認すると、どうやらそれは当時のクサナギ王国の前身であるヤマタ帝国がドラゴニア王国を陥れる為に吐いたデマだったという昔話を耳にするのであった。
最後の淡い望みを絶たれたタロは、ようやく諦めを付けてどこかに定住しようと決めた。
そして、来る途中、国境付近に道を間違えて訪ねた村がとても長閑なところであったのを思い出した。
国境一帯が山脈と深い森に覆われた傍にある辺境の村であったが、自然に囲まれ、疲れ切ったタロにはとても心癒される風景に映ったのだ。
「あの村に定住しよう。あそこなら誰も僕を知らないだろうから、ゆっくりと過ごせるに違いない」
タロはそう決心すると、クサナギ王国の王都から引き返してその村『アシナ』に向かった。
だが、不幸な出来事というものは立て続けにやってくるもので、道中で乗車していた乗合馬車を盗賊団に襲撃された。
抵抗せず金目の物一切を差し出せば命は見逃してやると言う盗賊。
これは意外に、手馴れている。
下手に殺してしまえば、すぐに国の軍が動き討伐対象になるからだ。
だが、命と引き換えに金品のみでの条件を出されると、不思議と被害者は盗賊に恩を感じる者も出てくる事がある。
これは、素直に支払った方が良い。
護衛で雇った冒険者も、この人数相手に抵抗は無理だと首を振っているから、仕方ないだろう。
タロは黙ってバッグからお金の入った袋を取り出すと、回収して回る盗賊の一人に渡した。
「お頭、こいつ大金持ってましたぜ!」
回収していた盗賊は、タロから渡された重みのある革の袋の中身を確認して驚くと盗賊団の首領である男に報告した。
「──ほう。これは確かに大金だな……。身だしなみは良いが、貴族にしては手が荒れているし、商人にしては手荷物が少なすぎるし、若過ぎるな……。お前、親は金持ちか何か、か?」
首領の質問に、タロはどう答えていいか迷って口を閉ざした。
「こいつびびってしゃべれなくなってやがる! ──お頭、こいつ、服も良い物着てますし、身ぐるみ剝いじゃいましょうぜ?」
盗賊団の子分は、タロを値踏みすると怖い提案をした。
「うちは、冷酷非道な真似はしない主義だ、止めとけ。──それと馬車は取り上げないでやる。だが、忘れるな。全員の顔は覚えた。軍の元に逃げ込んで俺達の事を吹聴しようものなら、地の果てまで追いかけて見つけ出し、家族共々皆殺しにするからな?」
盗賊団の首領は、慈悲を見せる一方、ドスの効いた声でタロ達乗客全員を脅す事も忘れない。
こちらは命を天秤に乗せられている身だ。
当然ながら頷くしかない。
「……よし。野郎共、今日は思わぬ大金が入ったから、引き上げたら酒盛りだ!」
盗賊団の首領が、子分達にそう声を掛けると、子分達は喜んで撤収する。
だが、その中の数人が、中々立ち去ろうとしなかった。
「お頭は……、行ったな?」
数人が頷くと、残されたタロ達を一瞥すると、
「全員、手荷物と服を脱いでここに置け。全てだ! 女はわかってるな? へへへ!」
乗客に綺麗な女性とその娘がいた。
盗賊達はそれに目を付けていたのだ。
タロはどうするか迷っていた。
もちろん、乗客全員を助けるかどうかだ。
不幸続きで、投げやりになっている自分がいたが、まだ、十八歳。
これから誰も知らない地で新たな人生を始めるのだという少しの願望もあった。
だから余計な事をしないで、自分の身だけを案じても良いのだが……。
「ちょっと、待って下さい」
タロは勇気を振り絞って、声を出した。
「あん? なんだ、さっきの金持ちのボンボンか。まさか英雄を気取って早死にしたいのか?」
盗賊は、首領がいなくなって残忍さを剥き出しにしていた。
「……俺と取引しませんか?」
「取引だと? おいおい、今の貴様はもう無一文だろう? もしかして、親から新たにお金を引き出させるとか言うなよ? 流石に俺達もそんな足がつく方法は危険だとわかっているからな。聞く耳持たないぜ?」
首領のやり方を傍で見ていて、知恵が回っているのだろう盗賊は、タロが言いそうな事を先回りして答えた。
「……乗客全員の身の安全を約束してくれたら、あんた達がいないのを不審に思って引き返してくるであろう首領に、さっきの革袋のお金と同じ額を支払います」
「何を言ってやがる? もう、お前の金目の物はそのバッグと高そうないい生地の服だけだろう。バッグの中身は日用品しか残ってないのはさっき確認済みだぜ」
「本当にそうですか?」
タロは意味あり気に答える。
そして、続けた。
「もう一度言います。乗客全員に手を出さないと約束するなら、さっきと同じ額のお金を支払います。どうしますか?」
「きっとハッタリだぜ? それよりもこいつの言う通り、お頭が引き返してくる前に身ぐるみ剥いで女もやっちまおうぜ!」
違う盗賊の男が、仲間を急かした。
「本当にいいんですか? 下手をしたら、みなさんのお頭に痛い目に遭わされますよ? それとも俺達全員を口封じしますか? それだと首領は必ずあなた達を特定して処分するんじゃないですか? それなら大金を選択した方が利口じゃないですか?」
タロは、冷静に取引を求めると、この盗賊達に判断を迫るのであった。
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