第16話 姿を現す

 

* 企むメイド *



 初日の夜はやはり、出発が遅れたからか、予定していた場所まで行けずに街道沿いで野宿、いや、野営かな? をする事になった。

 女性は私とお嬢様しかいないので、主人用の馬車が部屋代わりにと宛がわれた。

 宿に泊まるならばともかく、このような箱馬車に泊まる時は寝衣などに着替える事はない。せいぜい服の絞りなどを緩めてくつろげるようにするくらいだ。

 だが、お嬢様はエメラルダお嬢様からの最後の嫌がらせとして窮屈なドレスを着せられているため、流石にこれは着替えさせたい。

 荷馬車から着替えが入っている鞄を取り出し、馬車へと戻る。

 カーテンを閉めてもたき火の明かりが微かに布越しに入ってくるが、馬車の中は暗くこの中で何かをするのは、目が慣れたとしても無理だろう。

 普通ならば。


「……『回って』る?」

「いいえ。流石におりませんよ」

「あー……良かったぁぁ。もぉ……疲れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 肺と言わず体中から息を吐いたのではと思わせるような盛大なため息がお嬢様の口から出てきた。

 

「ずっと侯爵様と居て、気疲れでもしましたか?」

「うーん。最初はやっぱりコルセットがきつかったかなぁ……。頭の中はそれだけ。でも、緩めた後も特に会話はなかったかも?」

「おや、そうなんですね。てっきり、今のうちに距離を縮めるためにと、お嬢様と二人っきりを望んだのかと思ってたのですが」


 何やってるんだろうね、あの人。

 お互いに夜目が利くというか、魔法で補正しているので、戸惑う事無く着替える事が出来る。


「お嬢様、足とスカートを座面のほうに上げてくださいませ」

「こう?」


 膝を曲げて靴が座面に付かないよう気をつけながら体を捻るお嬢様。

 わたしはお嬢様と反対側の座席に正座で座り、座席と座席の間に土を出す。


「……これなに?」

「土です」

「土!?」

「座席だけで眠るなんて窮屈じゃないですか。隙間を埋めてゆっくり寝ましょうよ」


 土が付かないようにと布を広げる。


「コズミックって本当に豪胆ね」

「馬車の室内なんてどうせ雨が降れば、あっという間に汚れるんです。土の塊、一つや二つあったところで、片付けちゃえば分かりませんよ」

「そうかなぁ? あ、でも、広くていいね」

「お嬢様、靴は脱ぎましょう」


 背もたれに靴跡がつくのはあまりよろしくないですし。

 まぁ、魔法でちょちょいと綺麗に出来ますが。


 外から覗かれないのを良いことに、やりたい放題やった結果。わたしとお嬢様はぐっすり眠る事が出来た。

 翌朝、何事もなかったように綺麗になった馬車にお嬢様は小さく拍手し、私達は、しれっと馬車から降りて、侯爵へと朝の挨拶へと向かった。



 初日以降は街道沿いの宿場町で貴族が止まる事を想定した宿に泊まれた。

 また二日目の朝食の時に、帰る前には学生時代から仲の良かった隣の伯爵家の次期伯爵子息に顔を見せに行く予定だとお嬢様に伝えてきたため、わたしにも今後どのようなルートを辿るか、予想が付けられた。

 最短でお嬢様を自分の物にしたいようだ。

 お嬢様は静かに頷いているだけだった。


 二日目の夜も宿に無事止まる事が出来た。

 わたしとお嬢様はそれぞれ個室を頂いて居る。そこでわたしは荷物から筆記道具を取り出して、記載していく。

 お嬢様はご自身の結婚内容がどのようになっているかは知らないらしい。

 私も詳しくは調べていないが、私のお給金の支払い方法の変化から考えるに、何かあった時の責任者はお嬢様個人となっているのだろう。

 つまり、お嬢様は侯爵夫人であると同時に、一代貴族の準男爵なのだろう。

 ニヤリと口元が歪む。

 ならばこちらとしてはそれを利用しようではないか、っと。


 お茶が入ったトレイを持って、お嬢様に割り当てられた部屋へと向かう。

 あぁ、私の部屋とは違い、お嬢様の部屋には、もちろん護衛がいる。

 扉の前に立っている騎士に、両手が塞がってるので代わりにノックしてもらい、私が名乗り、中に入る。

 普通の部屋からすると広い部屋だが、貴族の令嬢が使う部屋としては小さい部屋。

 それでも応接セットがあるあたり、裕福な人間が使う部屋なのだという事が分かる。

 お嬢様に席についてもらい、トレイをテーブルに置く。

 ティーカップ等をテーブルの上に置き、ランチョンマットの下に敷いていた紙を取り、お嬢様に差し出す。 


「お嬢様、これにサインをください」

「なにこれ、雇用契約書?」


 私に渡された書類を見て、お嬢様は首を傾げた。

 傾げながらも内容を読んでいたらしい、お嬢様の顔が輝く。


「わたしがコズミックを直接雇えるようになるの!?」

「はい」


 今はまだ伯爵領内だし、伯爵様から、クビ宣告を受けたわけではないので、私は伯爵家のメイドだが、伯爵領を出れば、私が指示を仰がなくてはならないのはお嬢様になる。

 来月からのお給金は、伯爵家からではなく、お嬢様専属という事もあり、持参金代わりに貰った土地の税収から払われる事に実はなると聞いている。奥様が勝手に変更したため、お嬢様はそれを知らない。そしてそのお給金は、専属メイドとしては少し高めだが、高すぎるわけではない。常識の範囲内だ。

 だが、今居る代官の給金と私の給金を払えばお嬢様に入ってくるお金はほぼない。

 そういう金額を奥様は設定した。

 ちなみに払えない場合は夫の方へと請求する事になっている。

 お嬢様の面目丸つぶれであり、この時点で、銀鉱山としては価値がないものだと明かすことになるのだろう。もちろん侯爵は既に知っているだろうけど。

 きっと奥様はその時の事を考えると楽しくて仕方がないだろうな、とは思っている。

 そんなわけで、未だ私の雇用契約は、伯爵家が主体となって決めた契約で、今はまだそれをお嬢様は覆す事は出来ない。

 だが。


「これも、わたしが実家から出たって証明が出来れば、わたしが新たに作成した契約の方が優先順位は上になるのね?」

「そうです。あ、代官はクビにしちゃってください。あいつ、横領してるので」

「おうりょう……」

「代官のあては、侯爵家に付いたあとにでも、侯爵様にお願いした方がいいかもしれませんね。あてがなければ私の弟を推薦しますが」

「あら、最初から弟さんでは駄目なの?」

「駄目ですね。というか、侯爵様は面白くないと思いますよ? お嬢様が侯爵家夫人になったというアピールも兼ねてそこはお任せしても良いとは思います」

「うーん? よく分からないけど、分かったわ。でもコズミックはわたしが直接雇用でいいのね?」

「はい。そうすれば、わたしを辞めさせることが出来るのはお嬢様だけなので」


 私の言葉にお嬢様は嬉しそうに微笑んで、契約書にサインを行った。

 私の口元には笑みが浮かぶ。

「楽しそうね、コズミック」

「ええ。楽しいですね。あの男の顔がどのように歪むのかと思うと、笑い出したいくらいです」

「……そっか」


 お嬢様は返答の言葉を探していたようだが、最終的にはそれだけに落ち着いたのだった。






 * 景色を楽しんでいた元お嬢様 *



 ガタゴトと揺れる馬車に、揺られながらわたしは景色を楽しんでいたのだが、ふと、窓からみえる空を見つめる。

 このどこかに奥様の監視がいるらしい。

 鳥さんらしいんだけど、見えない。

 鳥さんと言えば……。


「侯爵様」


 声をかけて、自分がまだ話題にしてはいけない事を話題にしかけていた事に気づき、慌てて口を閉ざす。


「カモミール。その他人行儀な呼び方は辞めてくれ。イスクで良い」

「イスク様」

「イスク」

「……イスク」

「良し。それで、どうした?」

「え? あー……昨日の話だと、今日には、伯爵領から出るとお伺いしていたのですが……」


 慌てて話題を考える。

 こちらも気になってた事だ。

 

「ああ。もう少し言った所にある川が領境だ」

「そうなのですね」

「そこまで行ったら君はもう私の妻だ。誰がなんと言おうとも」

「……ありがとうございます」


 なんと答えたらいいのか分からず、礼を述べる。


「……困った事や辛い事はないか?」

「いいえ。ありません」


 なんかよくこの質問されるけど、なんでだろう。

 あ、初日のアレのせいかな?


「あの、イスク様、あ、いえ、イスク。初日は確かに体調を崩しましたが、あれは、そのコルセットのせいで、今はそんなことないから大丈夫ですよ」

「そうか……」

「はい」


 なんかちょっと困り顔だけど、なんでだろうね。





 侯爵様が言っていた川には大きな橋がかかってた。

 思ってた以上に大きい。

 

「驚いたか?」

「ええ! 大きくて吃驚しました」


 笑い声を含んだ声に、慌てて表情を戻し答える。


「あの建物は?」


 良く見ると橋の側に建物が見えて尋ねると、関所だと言われた。

 この橋の出入り口には門があって、何かあった時は閉める事も可能なのだという。

 

「あと、通行の制限をする役目もあるな」

「制限ですか?」

「私達のような者が通る時だ」


 この時はよく分からなかったけど、後で聞いた所、貴族の団体が通る時は一度通行を止めるのだそうだ。

 橋の上で賊に襲われないためらしい。

 あと、隊商と呼ばれる大がかりな荷物の移動の時にも制限がかかるらしい。


 そんな事を知らないわたしは、ただ、何が制限されるのか分からないまま、ただよく分からない感心を持ちながら窓から眺めた。

 大きな川を大きな橋で通る。

 今まで経験した事のない出来事に窓にぴったりとくっついて眺める。

 川の上から眺める景色は少し不思議な感じだ。

 馬車よりももっと高い所から眺めてるみたいだ。

 

「カモミール。反対側の景色も見てごらん」


 言われて、反対側の窓に寄る。

 こちらはわたしが見ていた所よりも木々が多い。


「あの山から流れた水が、この川を作っているんだ」

「そうなのですね」

「近くに見えるが、結構遠いのだぞ」


 そうなんだぁ。と景色を楽しんでいる間に馬車はどんどん進み、対岸へと近づいてくる。


「もう少しゆっくりと進むか?」

「いえ、大丈夫です」


 侯爵様の申し出は嬉しいけど、わたし達の優先順位はやっぱり早く伯爵領から出る事だと思う。

 橋の終わり、対岸の関所の門がどんどんと近づいてきて、わたしを通り越していく。

 ……これで、わたしは、領地を出たの?

 これで、わたしは自由?

 実感が湧かない。

 思わず振り返る。

 コズミックが馬車から顔を出してないかと思ったけど、流石になかった。

 少し進んだところで、馬車の扉が鳴らされる。


「侯爵様。全員橋を渡りきりました」

「そうか」


 侯爵は頷いて、わたしを見た。


「カモミール。これで」

「侯爵失礼します。『鳥』が近づいてきます」


 侯爵はわたしに何かを言いかけたけど、騎士の方が緊張を孕んだ声をかけてきた。


「何?」


 侯爵は馭者に止まるよう合図し、騎士も止まる。

 その騎士が腕を差し出すと、鳥が降りてきた。


『あら、気が利くわね』


 鳥から出た声は、奥様の声だった。

 わたしは恐怖で、スカートを握り込む。

 わたし達はやっぱり逃げられないのだろうか……。


「これはこれは……。伯爵夫人でしたか」

『ええ。旅に不慣れな者を連れての旅ですもの。何かあっては困りますから。ここから先は流石に見守ることは無理ですが、道中お気を付けて』

「お心遣い感謝します」


 鳥は騎士の腕から羽ばたいていく。

 わたしはそっと、窓に近づき鳥が本当にいなくなったのか、確認しようとした。だが、もし、その姿を見られたら? と思い当たり、その方がよほど怖いと思い必死に堪える。


 ああ、本当に見張られてたんだ。

 監視、されてたんだ。


 そんな恐怖がぐるぐると回ってくる。

 コズミックの言葉を疑ってたわけじゃない。

 でも、わたしはコズミックと違って、その存在が見えなかった。見つけられなかった。

 だから、実際は警告とか注意とかそういうものなのではないか、とも思ってた。

 慣れてきたら、内心、誰も見て居ない劇をやってるようで楽しい時もあった。

 でも、違った。

 違ったんだ。

 わたしは本当に見張られてたんだ。

 ずっと、ずっと……。


「カモミール。大丈夫か、カモミール!」

「……あ……。はい、大丈夫です……」


 侯爵様が声をかけてくれたので、反射的にそう返す。


「もう伯爵夫人の使い魔はいない。もう大丈夫だ」


 その言葉にわたしは顔を上げ、窓を見る。

 確かにそこにはあの鳥はいない。

 でも、気に入らないことがあれば、連れ戻しに来るのではないかと不安が拭えない。

 黙っていよう。安全だと本当に判断出来るまでは、いつも通り、過ごさなくては。


「ええ、ありがとうございます。侯爵様。少し驚いただけです。鳥がしゃべるなんて思ってもみなかったので……」

「……そうか。そういえばカモミールは学園にも通っていなかったな。初めて見たのなら確かに驚くかも知れないな」


 優しい侯爵様はそう話を流してくれた。







* 後悔中な侯爵 *


 失敗した。

 まさか、伯爵夫人の能力が使役系だとは思わなかった。

 カモミールは知っていたのだろう。二重で監視されていると思えば、緊張が解けるはずもない。

 小休憩の時に従者のロッジを呼び、予定を少し早める事を、伝える。

 本当は、カヴァルーンについてからにするつもりだったが、そうも言ってられなくなった。少なくともあのメイドから解放しなくては、カモミールはいつまでも怯えたままだろう。

 たとえ野営が続くことになっても、少しでも早くカモミールを友人の元へと連れて行きたい。


「では頼む」

「畏まりました。行って参ります」


 ロッジは護衛の騎士二人を連れて先触れとして馬を走らせた。

 それを見送り、カモミールの元へと戻る。

 荷馬車の影から出て、そこで目にしたのは、カモミールの細首へと両手を伸ばすコズミックだった。


「!?」


 まさか、こんな白昼堂々!?

 騎士達が居る中!?


「何をしている!」


 声を張り上げて、私は咄嗟に氷の魔法を放った。

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