第29話「今日は一緒に帰れる?」

 初デートの日以来、凪に一緒に帰ろうと誘われることが多くなった。


 重大な用事でない限り友達よりも彼女のほうを優先できるのが良い彼氏の条件だ、シュウゾウ達との約束は断るか、どうしても断れない時は凪をマンションまで送り届けた後に合流したりして遊んでいた。


 恋人と一緒に帰るといってもやる事と言えば手を繋いで歩く事とどこかに座って話をする事ぐらいで、話すっていってもこれまでたくさん話をしてきたし次第に話題も尽きてきた。

 そのうち無言でいる時間のほうが長くなり早めに解散する事も多くなった。


 だんだん友達といる方が気が楽だし楽しいと思えてきて、凪に見つからないようにこっそり帰る日も増えた。

 凪だってオレといる時より友達といる時の方が楽しそうにはしゃいでいるからそれで良いんだと思っていた。



 ある日の事。

 ゲンタが面白い映画のDVDを借りたというので放課後シュウゾウの家に集まってみんなで観ようということになった。


 帰りのホームルームが終わりシュウゾウ達と一緒に教室を出たら廊下に凪が立っていて「今日は一緒に帰れる?」と誘われた。

 シュウゾウ達には後でいけたら行くからと約束して凪と一緒に帰った。


 何か最近凪に捕まることが多い、オレが帰るところを待ち伏せされている気がす一る。

 昨日は見つからずにシュウゾウ達と帰れたので二人で帰るのは二日ぶりだ、今日もいつものように公園のベンチに二人で座って静かな時間が流れていた。


 正直ちょっとイライラしていた。

 話す事もやりたい事もないなら無理して誘ってこなくてもいいのにと思っていた。

 だから今日はちょっと意地悪をしてあえて自分からがんばって話題を考える事もしないで話し出すきっかけも作らないでいた。

 

 あまりにも長い沈黙に耐えきれなくなったのか凪が口を開いた。

「今日はどうだった? 何かおもしろい事とかあった…‥?」

「ん~特に何もないな、普通」

「そっか……」

 おもしろかった事なんて探せばいくらでも見つけられるのにあえてそっけなく答えた。


「じゃあ嫌な事とかは?」

「ないな」

「……」


 少しの間の無言。


 また凪が口を開いた。


「凪は昨日かえでちゃんたちと一緒に服を買いに行ったよ」

「へー」

「うん、フードコートに最近できたドーナツ屋さんがあってね、そこで人気があるビッグチュロスっていうのを食べてきた」

「ビッグチュロスってなんだ?」

「普通の良くあるチュロスより太くて長くて先っちょの方にホワイトチョコがかかっててかわいいトッピングがデコレーションされてるやつ」

「ほう」

「それでね、かえでちゃん達がたこ焼きも食べたいから買ってくるって言うから凪はひとりでテーブルに着いてチュロスを食べて待ってたんだけど、斜め向かいの少し離れた席に高校生の男子たちが座っててさ、『あそこにいる女見てみ、中学生かな、なんか大人っぽくね?』って言ってるのが聞こえてきてさ」

「うん」

「周りにはおじいさんとかおばさんとかしかいなかったから絶対凪の事を言ってるってわかったんだけど」

「うん」

「そしたらそいつらがさ、キャバ嬢みたいとか風俗で働いていそうとかAV女優にいそうとか好き勝手言っててめちゃくちゃムカついた、ひどくない?」

「何で?」

「えっ……、なんでって……」

「それ褒められてるんだろ?」

「はあ?」

「キャバ嬢ってかっこいいだろ、風俗嬢もAV女優も」

「どこが!?」

「そういうのも立派な職業だし、たくさんの男の人達を喜ばせたり癒したり楽しませてくれているし、しかもどんな男でもお金さえ払えば優しく相手してくれるし天使みたいだろ」

「なに言ってんの?」

「誰だって出来る事じゃないし、それにそういう職業って美人が多いじゃん、だから褒められてんだよ」

「バカじゃないの」


 凪が求めていたのはそういう事じゃないのは分かっていた、ただ『酷いやつらだな』って共感の言葉を言っておけば満足してくれただろう。

 だけどオレはあえてそうしなかった。何かムカついていたから。


 凪は不機嫌になって黙り込んでしまった。

 オレも機嫌を取ろうともせずに黙っていた。

 


 少しして凪がぼそっと喋った。

「最近、凪と居ても全然楽しそうじゃないよね……」

「そんな事ないし」

「嘘だ……」

 心にグサッときた。


「最近は凪が誘ってばっかで、朝立あさたつは全然誘ってくれなくなったし……」

 その通りすぎて何も言い返せなかった。


「友達といる時の方がよく笑ってるし……いきいきしてる……」

「それは凪だって同じだろ! 凪だって秋元たちと一緒にいる時の方が楽しそうに笑っているしいきいきしてるだろ!」

「朝立といる時だって楽しいよ?」

「嘘つけ!」

「嘘じゃないもん!」

「嘘だ!」

「嘘じゃないってば!」

「オレの前であんな笑顔してるところみた事ねーし!」

「してるもん!」

「してないっ」

「してる!」

「してない!」

「もういいよ、帰るっ」

「おう帰れっ」

「バカっ」

「はあ??」


 凪はベンチから立ちあがると肩を怒らすようにスタスタと公園の出口の方へ向かっていった。

 このまま振り返らずに行ってしまうのかなと思って見ていたら出口の所でオレの方を振り向いて口の所に両手でメガホンをつくって「朝立のバカーーー!!」とおもいきり吐き捨てて走って行ってしまった。

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