第30話 優しそうなおじさん
シュウゾウ達には後でいけたら行くと約束をしたけどいまは楽しく遊べるような気分じゃなかったので帰ることにした。
「ただいま……」
玄関のドアを開けると「あ、おかえりー」と母さんの部屋の方から声がした。
脱ぎ散らかされた母さんの靴を揃えて並べて中に入った。
手洗いとうがいをしに洗面台へ行ったら母さんの化粧水のフタが開けっぱなしになっていたので閉め、長い金髪が数本落ちていたので拾ってゴミ箱へ捨て、鏡に水滴が飛び跳ねていたのでタオルで拭き取った。
何か飲もうと台所に行くと、キッチンテーブルの上にはラップされた肉じゃがの皿とワカメだけ入ったお碗と[レンジで温めてから食べて、味噌汁は鍋に入っているから コンロで温める時は時々かき混ぜながら温めて]とオレが朝書いたメモが置きっぱなしになっていた。
「母さんお昼食べなかったの?」と母さんの部屋に向かって言ったら「食べたよー」と聞こえた。
「何食べたの? なにも減ってないけど」
「なんかラーメンが食べたい気分だったから、カップラーメン食べたの」
「肉じゃがの方が栄養あるのに」
「あんたが作る料理はいつも味が薄いのよ、病院食みたい」
「病院食おいしいだろ、健康の事も考えてるし素材の味も生かしてんだよ」
「あんたが食べて」
「ていうか食べないんだったら冷蔵庫に入れとけよ、今は冬だから良いけど夏だったら腐ってるぞ」
冷蔵庫に肉じゃがを入れて牛乳を飲もうと中を探したが見つからない、もしかしてと思って居間へ行ったら、座卓の上に注ぎ口が開けっぱなしのまま置かれていた。
飲んだコップと食べたお菓子も広げっぱなし。
牛乳のパックを持ち上げてみるとまだ中身が半分以上残っていてぬるくなっていた。
牛乳を冷蔵庫に直し、牛乳が乾燥してへばりついたコップを流し台に置き水につけて、開けっ放しで放置されていたスナック菓子の袋を閉じ、他のお菓子の包み紙とテーブルに落ちていたスナック菓子のクズを集めゴミ箱に入れた。
母さんはほんとにズボラすぎる。
昔はこういう事があると「何で大人なのにこんな当たり前のことも出来ないの」と文句ばかり言っていた。
そしたら母さんは「あんたってホント私のお母さんにそっくりね、男のくせにぐちぐちぐちぐち細かくてうるさい、そんな神経質じゃ女の子にモテないよ」なんて逆ギレされて毎日喧嘩ばかりしていた。
オレの方が絶対に正しいと思っていたから言い負かす事も出来たけどそんな時は母さんは悔しそうで悲しそうな顔をしていた。
言い合いに勝っても全然スッキリしないし嬉しくもなかった。
部屋でひとりになって考えた。
母さんには良いところもいっぱいあるっていうのに、そこは褒めないで悪いとこばかり見つけて責めてしまう、何よりオレをここまで育ててきてくれた人なのにあんな悲しい顔をさせて、罪悪感でいっぱいだった。
何でオレは母さんに文句ばかり言ってしまうのだろうと考えた時、人生を良くしていきたいからだと気付いた、大切な人と仲よく楽しく暮らすのが良い人生だろ。そのために毎日喧嘩をしてるなんて本末転倒だと思った。
どうせ何度言ってもズボラはなおらないんだし気になる事があれば気になった人が黙ってやればいいだけだと気付いてからは喧嘩をする事もほとんどなくなって良い関係が築けていると思う。
でもほんとにズボラすぎる、こんなんだから彼氏ができても長続きしないんだ。
居間の座卓を絞った布巾で拭いていたら母さんの部屋からケータイの着信音が聞こえてきて何か話をしているのが聞こえた。
話声が終わると戸襖が開いてオシャレをした母さんが出てきた。
「出かけるの? 今日は休みじゃなかった?」
「デート」
「デート!?」
「そう」
母さんは慌てるようにして洗面所の所へ行った。
「誰と?」
「長谷川さんって人!」
「誰だよ……」
母さんは洗面所から戻ってくるとソファの上に置いてあったバッグをとってポーチとスマホとハンカチをつめた。
「とても親切で良い人なの~、すごく気も合うし、もし上手くいきそうだったら今度あんたにも紹介するからね」
「いいよ別に……」
「もう下に迎えにきてるって言うから行ってくるね」
「うん」
「帰りは遅くなるから」
「わかった」
「じゃあね」
「いってらっしゃい」
母さんが玄関から出て行ったあとオレも外廊下に出てこっそり下を見てみたら高そうな車が1台止まっていて運転席から頑張ってオシャレしました感満載のどこにでもいそうな小太りでメガネをかけた冴えないおじさんが出てきた。
おじさんは助手席の方へまわりドアを開け母さんを招き入れるとゆっくりとドアをしめ、スキップするように運転席にもどると車を走らせ行ってしまった。
確かにやさしそうなおじさんだったけど、いつまで持つか。
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