第45話 ミチ

 ミチは初日は不安そうにしていておとなしかったが段々慣れてきたのか2日目には笑顔を見せてくれるようになり同時に調子にも乗り出して甲高い奇声を発したり部屋の中を走り回ったりするようになっていた。

 走ると言ってもまだ歩くのもヨロヨロですぐ転びそうになるのでいつでも支えられるように並行してオレも付いていかないといけない、ミチはそれを追いかけられていると勘違いして余計に楽しくなってウキャキャと逃げ回った。


 オムツを交換している途中にもケツにクソを付けたまま逃げ回るし、テーブルや椅子の下にもぐって頭を打ちそうになるし、何でも拾って口に入れようとするし、裸足で玄関を降りようとするし、棚の本やテーブルの上の物は全部落とすし、食事をあげようとすると自分でやるとスプーンを奪い取るし、上手く食べれなくて結局手でつかんでぐちゃぐちゃに潰して顔に塗りたくるし目が離せなくてマジで大変だった。


 絵本を渡すと興味津々で同じページを何度も開いて繰り返しみていた。

 絵を指さして「これは?」と訊いてくるのでその度に「これは、これは、これは、これは」と教えてやった。


 おやつの時間には茹でただけのブロッコリーを渡すと両手で持って大事そうにモグモグと食べていた。かわいすぎる!

 茹でただけのニンジンを渡すとまた両手で持って一口かじってよほどおいしかったのか目を輝かせてニコっとしてオレを見てきた、かわいすぎる!!


 3日目にもなると完全にオレになついて、ばあちゃんたちが抱っこを代わろうとするとオレの胸に顔をうずめてぎゅっと抱き着いてきて離れたくないと意思表示をしてくるようになった、かわいすぎる!!!


 ミチを抱っこしながらスクワットをしたり、両手で持って上げ下げしたりするとミチも喜んでくれるし筋トレにもなるし最高。


 その日の夜、ナツミ姉さんが無事に双子を産んだと連絡があった。


 それから1週間がたった。

 ミチにお昼ご飯を食べさせてミルクを飲ませていたらとろんとした目をしていたので、縦に抱っこしてげっぷをさせるようにしながら寝かしつけていた。

 いつもは一定のリズムで揺らしながらやさしく背中をポンポンするとすぐ寝てくれるんだけどこの時はオレの顔をペチペチ叩いたり鼻に指を突っ込んできたり髪の毛や犬耳を引っ張ったりしてオレが嫌がるのを見て楽しんだり、向こうへ歩けという風に色々な方向を指さしてカレンダーの風景画や冷蔵庫にくっついた磁石や壁の模様を見て「これは? これは?」と訊いてきて中々眠ってくれなかった。


 さっきからあくびをしたり目をこすったりしてるし眠たそうなんだけどな、何でがんばって起きてんだよ、眠たかったらねろよ。


 そのうちにオレの方が眠くなってきて、立ったままコクンと倒れそうになったのであぶねーと思ってラジオを付けてみた。

 適当にチューニングのダイヤルを回していたらゆったりしたジャズの曲が流れてきたのでリズムに合わせてゆっくりと踊るように揺れてやった。


 そしたらミチはぎゅっと抱き着いてきてオレの肩にほほをのせてだらんとしだした。


 完全に気を許されているというか、身をゆだねられているというか頼りにされているというか受け入れてもらえている感じがなんだか嬉しかった。


 ときどき窓から吹き込んでくる秋の風が白いレースのカーテンをやさしく揺らしとても心地よい時間が流れていた。


 もし結婚して妻がいたらこんな感じで踊ったりするのかななんてふと考えて、ミチの事を最愛の妻だと思って彼女の小さい肩に顔をうずめるようにしてぎゅっとたいせつに抱きしめてみたら何だかすっごく幸せな気持ちがあふれてきて思わず笑顔になってしまった。

 ミチも何かを感じとったのかオレの目をみてニコッと笑ってくれた。

 その表情が何だか大人の女性のそれっぽくてちょっとドキッとした。


 ミチを預かるのも今日までだ、数時間後には退院したナツミ姉さん達が迎えに来る。

 ミチがいると気が休まらないし忙しくて疲れるしゲームも落ち着いてできないし早く迎えに来てくれないかななんて思っていたけどいざお別れとなると結構さみしいもんだな。


         ◎


 生まれた双子は女の子で、ノアとココという名前に決まった。

 ナツミ姉さんひとりで子供3人の面倒を見るのは大変だからとしばらくの間実家で一緒に暮らす事になった。

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