第47話 家族の手料理って最高だな
食品工場なめてた。
毎日何時間も同じ姿勢で同じ作業の繰り返し、遅く進む時間、当たり前にある残業と休日出勤、勝手に変わるシフト。
生活は不規則になって部屋は汚れ放題、多少の不潔は気にならなくなったし性欲と食欲はなくなった、体重は減ったのに体は重く感じる、不思議だ。立ちくらみや痙攣を頻繁にするようになったので栄養が足りていないのかと思って無理して食べたら下痢、ほぼ毎日腹痛と下痢。作業中はむやみにトイレにも行けないので仕事前は食事を控えないといけないという悪循環、身体じゅうに赤いぶつぶつが出来だしたので病院へ行ったらストレスが原因だと言われた。
もう辞めようと思って上司に話をしにいったら、何を言ってる、こんなのは働いていたらあるあるだ俺が若かった頃はもっと酷かったぞ、お前は気合と根性が足りないだけだ、甘えてる、会社の迷惑も考えろ、無責任だぞ、お前のようなヤツはどこへ行っても同じだ、すぐ弱音を吐いて投げ出そうとする、逃げるな、ここで逃げたら一生役立たずの負け犬のままだぞ、それでいいのか? と1時間ほど説教されて引き止められた。
深夜。
フラフラしながら帰宅して、暗い玄関をあがり暗い階段を登って暗い自室に入った。
ずっとブーブー震えっぱなしだったスマホをポケットから取り出し画面も確認せずに電源を落として床の積もった脱ぎっぱなしの服の上に落とした。どうせ明日の代理出勤のお願いか夢原からパチンコ代貸してくれってという電話だろう。
帽子とリュックも脱いで床に落として、汚れた身体のままベッドにうつ伏せに倒れこみ目をつぶった。
靴を履いたままだった事に気がついてつま先で脱いで蹴ってベットの上からポロっと落とした。
そういえば玄関のカギ閉めたっけ、外灯も消したかな、まあいいかもうなんか疲れた。
それから一週間、食事はほとんどとらず風呂にも入らずほぼ自室のベッドの上でダラダラと寝て過ごた。
起きているあいだ考える事といったら自己嫌悪ばっかり。
オレが無断でバックレたせいで他の人が大変だっただろうな、上司もすごくブチギレてるだろう本当に申し訳ない。
メールを見るのが怖くてスマホの電源は切ったままあれから全然触っていない。
ばあちゃんが心配して昼飯を運んできてくれた。
カレーライスと味噌汁と麦茶。
あまり欲しくはなかったけどせっかく持ってきてくれたのに断るのも悪いと思ってありがとうと受け取ってしばらく机の上に放置していたが、腐らせたらもったいないと思ってちょっとだけ食べてみた。
冷たくなっていたけど思いのほかすごくおいしくて、スプーンが止まらなくなって結局全部平らげてしまった。何だか気力がわいてきて、食べ終わった食器を下に持っていったらシンクにじいちゃん達が夕食を食べた後の汚れた食器が溜まっていたのでついでに洗った。昨日までは何もやる気が出なかったのに、やっぱ家族の手料理って最高だなと思った。
急にたくさん食べたからか後でお腹を壊してトイレに何度も通うはめになったけど……。
次の日、自室の床に山積みになっていた汚れた服を集めて洗濯した、量が多すぎて一度に入りきらず2回もまわした、かんたんに部屋の掃除もした。
スマホでゲームがしたくて久しぶりに充電して電源を入れた。
溜まっていたメールがたくさん入ってきたけど読まずに全消去してゲームをした。
ブロックを重ねるだけのゲームだ、単純なゲームは何も考えずに夢中になれるから良い。
記録更新できたら嬉しい。
何日もゲームばかりしていたらふと何故かケーキが食べたくなった。
イチゴがのった生クリームたっぷりのやつがいい、でも買ったら結構値段がするので自分で作ることにした。
早速スマホでレシピを調べて、たりない材料だけ買ってきて作ってみた、そしたら思いのほか上手に出来て、じいちゃん達に食べさせたら好評で、次はもっと良いものをつくろうと試行錯誤しながら改良していって、他のも作ってみたくなり色々な種類のケーキを作りまくった。ナツミ姉さんにも食べさせた、ミチ達にはまだ甘すぎるものは食べさせていないというので甘さ控えめのシフォンケーキやアップルパイも作った。
おいしそうに食べてくれてとても嬉しかった。
最初は「立春はこんなのも作れるのか、すごいな、市販の物とかわらないな」と褒めてくれてたじいちゃんは「もう甘ったるいのはいい、一生分食べた、やめてくれ、見たくもない」と拒否するようになって、「立春は何やっても上手ねえ、ケーキ屋さんで働けるんじゃない? 職場の友達にも持っていきたいからまた作ってね」なんて言っていたばあちゃんも「またケーキ作ってるの!? 私を太らせるき気!? ダイエットしてるの分かってるでしょ? もう私は食べないからね」と拒否するようになった。
ばあちゃんは食べきれない分をご近所さんにも配っていて喜ばれていたそうだが最近は「前にもらったのがまだ冷蔵庫に残っているから」と断られるようになったそうで家の冷蔵庫はケーキだらけになってしまった。
さすがにオレも甘い物に飽きてきて今度はしょっぱいものが食べたくなった。
ピザが食べたい。
デリバリーは高いので自分で作ってみようと思った。
そしたら思いのほか上手に出来て、自分でもこんなのがつくれるんだと感動して試行錯誤しながらピザを作りまくった。
「立春たのむ、もうピザはやめてくれ、この歳で毎日ピザは重い」
「私もたまにはさっぱりしたものが食べたいわ、今夜は私が料理をつくるから立春はもう何もつくらないで、おねがいだから台所に立たないで」と言われた。
〇
風呂場の鏡で自分の顔を見ていた。
半開きの目が死んでる。
髪も伸びっぱなしてうっとおしい、前髪が視界を狭めると余計に気分も暗くなる。
久しぶりに切ることにした。
犬耳が生えてからは自分で散髪をしている。散髪用のハサミとバリカンも買った。
前までは雑誌に載っている散髪の仕方を見ながら合わせ鏡にしたりして時間をかけて慎重におしゃれに見えるようにこだわって髪を切っていたが最近は髪型とかどうでも良い、鏡もよく見ずにとりあえず長くてうっとおしい所を適当につかんで適当に短く切っていった。
5分もかからずに終わった。
すごくヘタクソでダサすぎるけど、どうせいつも帽子をかぶっているか包帯を巻いてるかで誰にもみせないしこれで良いのだ。とりあえずさっぱりしてよかった。
〇
ある晩のこと、夕食を食べ終わった後の食器を洗っていたら居間でテレビを観ていたじいちゃんのケータイのベルが鳴った。
「はい、どうした? うん、え、まだ早いんじゃないか? 小さいときはお母さんがちゃんと見てあげたほうが……、そうか、へぇ、うん、うん、へぇ~、うん、ん~いいんじゃないか? どうせずっと家にいるからな、子守も上手だし、はい、うん、伝えておく、はい、チビたちはもう寝たのか? そうか、いや、起こさないで良いよ、はい、じゃあな、またなおやすみ」
「誰?」
「ナツミから」
「なんて?」
「仕事が決まったと」
「え、ナツミ姉さんもう働くの? 早くない?」
「俺もそう思ったんだけどな、家を買うからって」
「家!?」
「うむ、それでノアとココを保育園に預けたいんだがいまはどこも空きがなくて預けられないらしい」
「うん」
「だから空きがでるまでここで預かってくれないかと」
「はあ!? みるのオレしかいないんだけど」
「いつも家にいるしいいだろ? 困っている時は助けてあげたらいいじゃないか。立春は子守が上手だろ」
「はあ!?」
「おまえは保育士が向いているんじゃないか? 子ども好きだし、やさしいし」
「こどもが好きとか一度も言った事ないけど!?」
「好きだろ? 朝にやってる幼児向けの番組をよく観ているじゃねえか」
「別に子供が好きで観てるわけじゃないし! オレが楽しいから観てるだけだし! 世界感がなんか癒されるって言うか……朝から暗いニュースとか見たくないってのもあるし……」
「幼稚すぎないか? まあいい、とにかく頼んだぞ、俺も仕事からかえってきたら面倒みるから」
「帰って来たらって、その頃にはナツミ姉さんも仕事終わって迎えに来る時間じゃないの?」
「あぁ、そうか……じゃああまり会えないのか、ざんねんだな……」
「はぁ……で、期間は?」
「2週間ぐらいじゃないか?」
「はぁ……」
オレの事をいったい何だと思ってんだ、何もしないで住まわせてもらうのはなんかわるいから家事とかやってるだけでオレはお手伝いさんでも子守でもないんだぞふざけんな。今オレは自分の将来の事とか不安や悩みでいっぱいいっぱいで呑気に笑顔で子供の相手をしていられるような気分じゃねんだよ。
それに、こんな鬱々とした男に面倒見てもらうとか子供にとっても悪影響だろ。
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