第18話 すぐプロレスをはじめる

 まだ安達との腕立て伏せは続いていた。


 安達は24回を過ぎたあたりからヒーヒー言いだして腕も脚もプルプルと震えだしていた。

 それでも頑張ってなんとか33回まではきたがそこから全然進まなくなってしまった。

 もう限界かなと思った。


 地面に寝そべってだらけていたゲンタも「もういいんじゃね?どうせ先生見てねえし、ズルしてもばれねえよ」と、なんでそこまでしてがんばるんだというような少し引いているような顔をして見ていた。

 それでも安達は生まれたばかりの小鹿のようにぷるぷるガタガタとふるえたまま腕立て伏せの体勢を決して崩そうとはしなかった。


 頑張っている姿をみると応援したくなる、何かいい方法はないだろうか、そうだ!

「良い事考えた! 安達、オレがサポートしてやるよ!」

「……」

 返事を返す余裕もない安達。

 オレは立ち上がると安達の上半身の上にまたがってUFOキャッチャーの要領で安達の脇腹を掴んで持ち上げようとした、そしたら安達は脇をきゅっと閉めて「きゃあっ」っと体をよじらせオレのサポートを拒んだ。

 急に触ったからくすぐったかったのかなと思って「ごめん」と謝って「もう一回いくぞ」と再び安達のわき腹に両手を挿し込み胸の横をガシっと掴んでサポートした、すると安達は女みたいに「いやんっ」と両手を地面から離して脇を押さえさっきよりも激しく体をよじらせだしてしまった。

「ちょ、まっ、安達っ!」 

「アアンッ!」

 安達の抵抗に手を離してしまいそうになるが今オレが手を放したら安達は顔面を地面にぶつけてしまう、絶対に離すものかと手をもっと前の方へ押し込むようにして安達の胸をがっしりと掴んでやった。


「アアアアアアアアアンッ!」


 その瞬間安達は大きく身をひるがえしてオレはつい手を離してしまった。

 


 片手で胸を守るようにして地面に尻をついた安達。


 顔面強打はまぬがれたが制服も髪もみだれてメガネもずれて。

 顔を赤くして、息を切らしてぷるぷるガタガタと震えながら動揺するような目でオレを見あげていた。

 

 オレは安達を見さげながら強姦魔ごうかんまの見る世界はこんな感じなんだろうかと一瞬思ってしまった。


 とりあえず安達を起こさないと。

「ごめん……、だいじょうぶか?」と手を差し出した。


 安達はオレの手を見て一瞬ためらうようなそぶりをみせたが。

「おいっ、なんで安達なんかを襲ってんだ立春たつはる

「おまえセーシ溜まりすぎて頭おかしくなっちまったんじゃねえのか、バカだろ」

「いくら安達が女っぽいからってさすがにそれはないな」

 後ろのほうで爆笑するヨースケたち。


 安達は「大丈夫」とだけ言うと自分で立ち上がり更衣室のある建物の中へはや足で入って行ってしまった。

「ぎゃははは拒否られてやんのー」

「そりゃ変態の手なんか誰も触りたくねえよな」

 

 安達はトイレにでも行ったかと思って戻ってくるのをしばらく待っていたけどなかなか帰ってこないのでひとりで残りの腕立て伏せを終わらせた。


 腕立て伏せが終わると後はやる事は何もない。

 オレたち三人は更衣室の建物の影になった所で皆が水球をしているところを見学していた。


 壁にもたれかかって脚を広げて座り、だらりとしているゲンタとヨーヘイ。

 オレはただ見ているだけなのももったいないなと思ったのでうつ伏せで寝そべっている風に見せかけてこっそりプランクをしながら見学をすることで体幹を鍛えていた。


 そうしたらゲンタが「立春たつはるって結構いいケツしてんな」と言ってそれを聞いたヨースケが「たしかに、立春って意外とプリケツだよな」とケツを触ろうとしてきたのでサッと身をかわして「さわるな」と目大きくしてにらんでやった。

 すると「は? なんだその顔は」、「立春が怒った顔しているところ初めて見たきがする、何だその怒り方ウケる」と二人は爆笑していた。

 こっちは本気で怒っているというのに失礼な奴らだ。

「そんなにケツを触られるのが嫌なのか?」て聞かれたから目ん玉ひんいてにらみながら「うん」って言ったら何が面白いのかまた爆笑された。


 オレを揶揄からかうのが楽しくなってきたのか2人は悪そうな顔をして互いに目を合わせるとまるでチーターが獲物を狙うかのように同時に飛びかかってきて2対1のプロレスが始まってしまった。

 これだからガキは嫌なんだ、何かあるとすぐにプロレスをしようとしてくる。

 オレは絶対にケツを触られないように地面に尻をついて必死に抵抗した。

「うぇい~~」

「モミモミさせろ~プリケツ~」

「嫌だ!」

 オレをひっくり返そうとして2人はあの手この手を使って技をかけてこようとする。

 オレはそれを払いのけた。

「腕は俺が捕まえるから、ゲンタお前は脚を捕まえろ!」

「やってるけど抑え込めねんだよ!」

「離せ!」


 アホの中学生に常識は通用しない、正攻法ではかなわないと思ったかチンコまで握ってくる始末、それでもオレは動じなかった。


 このクソ暑い中、次第にからみはどんどん激しくなり、オレたちは今どういう状態になっているのかもわからないくらいに絡まりに絡まって汗まみれになっていた。

 ほんとにサイアクだ、髪の毛のセットは崩れるし、制服は皺だらけになるしお互いの汗がベトベトして気持ち悪い。

 こんな事をしていったい何が楽しいんだ。

 まあいい、何が何でも絶対にケツだけは触らせない!


「こいつ、なかなかやるな……」

「立春お前結構力強いな…‥」

「鍛えているからな……」


「コラッー! お前達なにをしているんだ!」



 体育教師の角田かくだにばれてしかられて残りの時間は三人で正座したままプール見学をする事になった。


水中からひょこっと顔をのぞかせたシュウゾウが「お前たちアホだな」と一言吐き捨ててみんなの所に戻っていった。


 はぁ、いいなぁ気持ちよさそう……。


 結局その日は安達は戻ってくることはなかった。

 それどころかそののプールの授業にも一度も姿を現すことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る