第19話 誰にだって人に知られたくない秘密はある

 次の日の朝、教室に入ろうとしたら空気がいつもと違う事に気がついて立ち止まってしまった。

 みんなの様子が何だかそわそわしている感じがして何事かと教室を見まわすと黒板にでっかく石川陽菜乃いしかわひなの福本尊ふくもとたけるの相合傘の絵とその周りにたくさんのラブラブハートの落書きが描かれていた。


 石川はどうしているんだろうと思って彼女の方を見たら机に突っ伏して寝ていた。

 石川の前の席の飯田汐里いいだしおりは本を読んでいたが表情は険しかった。

 きっと怒ってる。

 ふと安達琉偉あだちるいのほうを向いたらすげー見られててすぐに目を逸らされた。


 急に教室が静かになってみんなの視線がオレの所を向いている気がした。

 気配を感じて後ろを振り返ったらヘンタイ真面目ゲイ男福本が立っていた。

 オレがドアの所に突っ立っていたので教室に入れなくて困っているようだった。

 道をあけて通してやると福本も黒板の落書きに気がついて立ち止まった。

 彼は挙動不審気味にクラスのみんなと黒板を交互に見ながらどうしたら良いのか悩んでいるようだったがゆっくりと黒板に近づくとゆっくりと黒板消しを手に取ってゆっくりと落書きを消してからゆっくり歩いて席に着いた。

 その後すぐに担任の杉浦がやってきて何事もなく朝のホームルームが始まった。


 その日からだ、クラスのやつらが福本のぎこちない動きを真似して揶揄からかったり、お昼休みに石川と福本が隣同士の席で本を読んでいる所を「よっラブラブ」「アツいねお二人とも」なんて言ってはやし立てたり、2人が教室にいない時にこっそり机をくっつけたりという微妙ないじりや悪戯いたずらがはじまったのは。



 ちなみになぜ福本がゲイのヘンタイかというと―――。


 中2の夏頃、お昼休みにゲンタたちと冷房のある図書室でたむろしていた時の事だ。

 いつものダラダラタイムに飽きてきたオレは何か面白い本でもないかなと一人で色々なところを探し回っていたら、人けのない所でひとりぽつんと本を読んでいる福本をたまたま見かけた。 同じクラスのおとなしいやつだと思って近づいていって「何読んでんの?」って話しかけてみたら福本はすっごくびっくりして慌てて本をしまおうとしてテーブルの端に置いてあったリュックを落としちゃって中に入っていた本が床にちらばってしまった。 

 びっくりさせてしまったと思って「あ、ゴメン」とオレも一緒に拾ったんだけど本のカバーが全部、書店の名前が書かれた茶色いカバーだったので何の本だろうと思って中をパラパラっとひらいて見てみたら、少女漫画に出てきそうな綺麗な顔をした男たちが全裸で密着し合ったりキスをしたりロープで縛られていたりロウソクをたらされたり鞭を打たれたりしている絵が見えて、何じゃこりゃあと衝撃を受けた。

 で、福本を見たら凄く気まずそうな顔をして固まっていたので、見ちゃいけないものを見てしまった気がした。

 それでオレは「はい」と本を福本に返すと何事もなかったかのようにみんなの所へ戻った。

 ヤバいものを見てしまった、こんなのがみんなにばれたら福本のみんなからの評価も彼の残りの中学校生活もズタボロになってしまうと思った。

 誰にだって人に知られたくない秘密はある。

 どんな趣味を持っていようが人に迷惑をかけていないのであれば好きにすれば良い。

 オレはこの事は絶対に誰にも言わないでおこうと胸に誓った。

 それでも誰かと雑談なんかしていてうっかり話しちゃうという事はあるかもしれない。

 そうだ、夢を見たと言う事にしようと思った。さっきのは夢だ実際にはなかったんだと自分に言い聞かせて記憶から消そうとした。


 それなのに福本を見るとどうしてもあの衝撃的な絵の数々が頭に浮かんできてしまってオレの中では福本=ゲイのヘンタイになっていた。


 頭の中の声だけとはいえ人の事をそんな風に言うのは良くないよな、これからは言わないように気をつけよう。



         ◎



 ある日の学活の授業。


「来週は野外活動があるという事はもうみんな知っているな、この時間はそれの班決めをする、ひとチーム5人ずつだ、あとは飯田いいだにまかせる」、そう言うと担任の杉浦は教卓の横にある席に着いて何かの資料を読みだした。


 杉浦に後を頼まれた学級委員長の飯田汐里いいだしおりが黒板にグループ分けの表を描いて「メンバーが決まったら黒板に名前を記入していってください」と言った。

 みんなすぐに席を立って仲間同士で集まったり良い感じのメンバーを誘ったりして黒板に名前を書いていった。

 オレはシュウゾウとゲンタと佐々木剣士と酒井和也のグループに入る事になった。


 石川はずっと机に突っ伏したまま寝ていたがメンバーに1人分空きがあった飯田汐里ら真面目女子グループに入れてもらえたみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る