第13話 オレは優しい
ボサボサの名前は
目が隠れるくらいの長い前髪、もはや透き通っているんじゃないかと思うくらいの薄くて白い肌に尖ったアゴをした女、その見た目の不気味さと弱々しさと挙動不審すぎる言動のせいで呪の人形とか幻の妖怪とか言われて気持ち悪がられている女だ。
「良かったな剣士おめでとう!」
「おめでとう剣士!」
「お前らとってもお似合いじゃん」
「そうだぞ仲良くやれよー」
「お前らマジでぶっ殺すぞ」
「おー怖っ」
ふと、石川が今まで使っていた席に当たったやつはどうしてるのかと目をやると、野球部のヤツが不服そうにしながら濡らしたハンカチで席を念入りに拭いていた。
石川は机に突っ伏したままピクリとも動かない。
石川の前の席はまだ誰も座っていなかった、たぶんまだ誰にも決まっていないのだろう。
石川の右隣りの席にはおとなしい系真面目男子でヘンタイの
学級委員長の
他は無関心をよそおって雑談を続けているやつらに、チラ見してクスクスと笑っているやつら、担任の杉浦に至っては自分の作業に集中していて完全に無視だ。
オレの後ろの
剣士は教室をぐるっと見回すと、良い獲物を見つけたと言わんばかりの顔でこちらに近づいてきた。
後ろからガシっと肩を掴まれた和也。
「おい和也」
「何だよ、触んな」
「席こうかんしようぜ?」
「何で俺が、離せ」
「なぁ良いだろ? 頼む」
「嫌だね」
和也の素っ気ない態度にイラっとした剣士は彼の両脇腹に指をそえるとコチョコチョとうごかしてくすぐり作戦にでた。
「おい、ちょ、やめろっ」
「ホレホレホレホレ~早く立てよ」
「ちょ、まって、さわんなっ」
「ずっとやりたいって言ってたゲームソフトこのあいだ貸してやったよなぁ?」
「やめろって言ってんだろ……あはんっ」
「それ無くしたの誰だっけ?」
「今とても大事なところだから、あんっ! これ負けたら取り戻すのに何時間も掛かああんっ……」
「まだ弁償してもらってないんだが?」
「ウザッ……っていうかマジでヤメロ……」
「席こうかんしてくれるよな?」
「何で俺ばっかり、他の奴に頼めばいいだろ、ぃやんっ……」
和也の発したその一言でクラスの空気が一瞬にして張り詰めたのがわかった。
さっきまでニヤニヤと楽しんでみていたヤツらが一斉に目をそらす。
みんな自分に矛先が向けられるのが嫌だからだ。
「他の奴?」
「そうだよ、いっぱいいるだろぁんっやめて」
「他のやつって言ってもなあ……」
「
「朝世……?」
ふと剣士と目が合った。
剣士とは小学5年来の知り合いではあるし何度か遊んだこともあるけれど、そこまで仲が良いって関係でもないからか彼はちょっと気まずそうな顔をしていた。
オレは余裕かまして「いいよ」と言ってやった。
まさかこんな簡単に
「イェーイ、ヤッター!」
「後ろの席のほうがいいし、窓際の方が好きだから」
「そうか、じゃあ交換な」と剣士が机の上にエナメルバッグをドサッと置いたので、オレは机横のフックに掛けてあったリュックを取って机の中の物を急いで詰め直して席を立った。
「たすかるぅ、サンキュー
近くの席で見ていた
そうだオレは優しいんだ。
主人公はいつだって正しくて誰にでも優しい。
全部計算済みだバカどもめ。
和也が『他のやつに頼めばいいだろ』と言った時からオレは和也の視界に入りやすいように微妙に身を乗り出していたんだよ、それも和也の目をじっと見つめて視線を送りながらな! オレを指名してきた時は内心キターッと思ったね、こんなクソみたいなやり取りさっさと終わらせたかったからなあ!
自ら石川の隣に座ると言ったオレを
むしろ剣士に目をつけられたのが自分じゃなくて助かったと感謝されているだろう。
女子達からは、いじめをしないやさしい男だと思われてオレの好感度は爆上がりのはずだ、オレが苦手なタイプの和也たちからも離れられたし窓際の一番後ろという教室で最高の席も手に入れた、一石何鳥だ?
良い事しかねえよ!
交換した席に着いた。
前の席の石川はまだ机に突っ伏したままだった。
たぶん、ていうかこれ絶対寝たふりだろ。
みんなデカい声でしゃべってたし。
会話全部きこえてたよな、どんな気持ちで聞いていたんだろうか。
かわいそうだなと思った。
それにしても何だその髪の毛は、ダサすぎだろ。
荒地の魔女のようなボサボサの後頭部をぼーっと見ていたらなんだか急にフラフラしてきてすごく眠たくなってきた。
今日は朝から色々あったし体が疲れているのかもしれない。
オレも机に突っ伏して目を閉じていることにした。
開いた窓から吹き抜ける風が少し冷たくて心地よかった。
「ああ! 負けたあああー」
「俺と席をかわらなかった天罰だな」
「お前のせいだろうが剣士」
「俺は今何もしてなかっただろ」
「クソッ」
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