第14話 これくらいの隙間があるのが自然な年頃

 石川を初めて見たのは小学5年の運動会の時だった。


 雲がほとんどない晴天だった。

 オレたちはクラス毎のテントの下に並べられた椅子に座らされ下級生の100メートル走をみんなで見ながら応援をしていた。

 10月というのにその日は気温がとても高く風もあまりない日で、たまに吹いてもむわっとした熱風で、喉が渇いたので水筒の蓋をコップにして麦茶を飲んでいたら、後ろに座っていた奴が突然肩を組んできて、あれ面白いから見てみと指をさした先に石川はいた。


 隣のクラスのテント。

 彼女の座る椅子の周りだけ誰も人が居なくて明るい色の土の地面が見えていた。

 まるでミステリーサークルみたいだなと思った。

 顔の向きを戻そうとしたら後ろの奴が面白いからまだ見とけと言った。


 よく見ると彼女は椅子の上に体育座りをして身を縮こめて両耳を手でふさぎながら競技を見ていた。

 いったい何をしているのかなと思いながら観察していたら、100メートル走のスタートのピストル音がパンッとなって、彼女がビクッと飛び跳ねた。

 それから少ししてまたピストルがなった。彼女はまたもビクッと飛び跳ねた。

 ピストル音がなる度に彼女の全身がビクッとなって椅子からちょっと浮き上がるのだ。

 

 浮き上がるは盛りすぎたごめん。

 でもそう思えるくらいびっくりしているように見えた。

 えええ!?と思った。

 教師が腕をまっすぐに掲げてピストルをならす姿は彼女も見ているはずなのにそんなにびっくりすることか?


 な、面白いだろ?と後ろの奴がニヤリとしたのでオレは苦笑いするしかなかった。

 面白いというより心配になるレベルだ。

 こんなのでビビッていたらこの先この弱肉強食のおそろしい社会で生きていけるのだろうかと。



         ◎



 小学六年の時に石川と初めて同じクラスになった。


 クラスメイトたちが石川とすれ違う時にあからさまに避けたり石川が触ったものを気持ち悪がったりするのを見て彼女はいじめられているんだなと分かった。 


 小学校では月に1回は席替えをしていたので石川と隣の席になった事も1度だけあった。 

 小学校の席は男子と女子のペアで机をぴたっとくっつけて座るという方式だったが石川たちのペアの机の間だけはいつも人が通りぬけられるくらいの隙間すきまがあいているのをオレは見ていた。

 オレは主人公だからそんな卑劣ひれつな事はしたくない、しかしここで完全に机をくっつけてしまうと今まで習わしを守って距離を保ってきたやつらが面白くないだろうし、正しいからって何でもかんでも正論を突きつけると反感を買うだけだ。

 ということでオレは約3センチだけ机を離す事にした。

 小学6年、12歳という年齢は男女の違いを意識をしだす年頃でもあるので恥ずかしがってこれくらいの隙間をあけているペアはいくらでもいる、何も不自然な事じゃない。 



  席替えをした次の日にいつもより早く登校したらすでに石川が席についていて図書館で借りただろう本を読んでいた。


 知り合いに挨拶をするのは人間の基本だと教わっている、隣りの席になったらもう知り合いみたいなもんだし挨拶をしないといけないと思った。


 オレは普段から誰にでも平等に接するようにしていてみんなにやさしいやつだと思われているから石川と普通に接しても揶揄からかってくる奴はそんなにいないだろう。

 それでもやっぱり堂々と元気よく挨拶をするのは気が引けたので抑えめにさりげなく「おはよう」と言ってみた。

 

 最初石川はおどろいた様子で挙動不審になってもじもじしているだけだったけど朝と帰りに毎回あいさつをするようにしていたら1週間後にはおはようって言うとすごく嬉しそうにおはようってか細い声で返してくれるようになった。

 普段同級生と話す事がほとんどいないから話しかけられるだけでも嬉しいんだろうなと思った。

 たったのあいさつだけでそんなに嬉しそうにしてもらえるのはオレもなんだか嬉しかった。


 そんな事があってから席が離れた後も中学に上がってクラスが変わっても石川とたまに出くわしたら挨拶だけはするようになった。


 あいさつだけで会話とかはほとんどしてないけど思春期の男女ってそんなもんだろ。



 中3になった今でもオレがひとりで歩いていて偶然出会った時なんかはバイバイって言って手を振ると石川は照れくさそうにバイバイって小さく手を振って返してくれる。


 オレが友達と一緒に歩いている時に偶然石川に会ったら友達にばれない様にさりげなく会釈だけでもしようと思うんだけど、そんな時は石川は下ばかり向いていて目も合わそうとしないでそそくさと通り過ぎて行ってしまう。

 でもその方がオレにとっても助かるって言うか……。

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