第16話 ひび割れた消しゴム

 授業終了のチャイムが鳴り、次はオレの嫌いなプールの時間だったので憂鬱な気分で筆箱と教科書を机にしまっていたら、貸していた鉛筆を返しにヨースケがやって来た。

 サンキューとオレの机に鉛筆をおいて戻ろうとした時に床に何かを見つけたらしく、しゃがんで拾うと「うわっ何だこれキモッ!?」と顔をしかめた。

「これだーれの!」と上に掲げられたそれは薄いピンク色をしていて形はたぶん桃かハートなんだろうけど表面が乾燥して細かいひび割れが出来ていたのでしわしわの小さいキンタマにも見えた。

「なんだそれ」

「なんかキモッ」

「消しゴムじゃね? 誰のー?」

「私のじゃない」

「俺も違う」


「他は?」

 みんな一度は注目するも自分のではないと分かればどうでもいい、次の授業の準備したり教室から出て行ったりしていた。

「誰もいないのかー? いないんだったら俺がもらうぞー?」

 

 このクラスに持ち主はいないんじゃないかと誰もが思い始めた時、ひとり小さく手を上げた人物がいた。


 石川だ。


 気が付いたヨースケは「うわっ、これ石川のかよ」と手に持っていた消しゴムを放して下に落としたが、遠くの席でマンガを読んでいたゲンタが「ぎゃははは、ヨスーケ石川の消しゴム触ってやんの、うげぇー」と揶揄からかってそれでヨースケがイラっとして再びキンタマみたいな消しゴムを拾って投げつけたけどそれはゲンタには当たらずゲンタと向かい合って一緒にマンガを読んでいたシュウゾウに当たってしまってシュウゾウも怒って投げ返してそれから消しゴムの投げ合い避けあいが始まって他のやつらまで加わってちょっとしたドッジボールみたいな事になってしまった。


「男子たちやめなよ」と注意してきた真面目女子達もキンタマ消しゴムを投げつけられるとキャーっと避けて余計に教室内は盛り上がった。


 石川は席に座ったままうつむいていたが飛びかう消しゴムにビビってときどき身をすくめていた。


 こんなクソみたいないじめに参加するのはまっぴらごめんだ。

 もしオレの所にキンタマが飛んで来たらどうしよう。

 普通に教室から出て行っているやつもいるんだしオレも興味ない振りして教室から出るか?  

 でもそれだとただの見て見ぬふりの卑怯者じゃねえか。

 そんな者にはなりたくねえ。

 床に落ちたキンタマを探すふりしてこっそり拾ってどこに行ったか分からないってとぼけたふりして終わらせるか? 

 でもみんなに注目されているなか誰にもばれない様にあの目立つキンタマを拾う事なんて出来るのか?

 嘘ついているのがばれたら余計にやべーぞ。

 そうだ! 次の授業は体育だった! 

 早く移動して着替えないと遅刻するぞって言えばみんなも慌てて準備しだすだろうしそのどさくさに紛れてこっそりキンタマを拾ってこっそり石川に返せばみんなからの評価も変わらずオレの正義も保たれる、これしかねえ!


 オレはいつ言い出そうかと黒板こくばんうえの時計をみながらそわそわしていた、あまり早すぎてもまだ大丈夫と言われてキンタマ投げを続行されるだけだしな。移動と着替えにかかる時間と残りの休み時間のギリギリの所を見極めて発言しないといけない。


 そんなとき佐々木剣士が投げた消しゴムを酒井和也がかわし、たまたま教室の後ろのロッカーから水着入れのバッグを取り出していた真面目なゲイのヘンタイ福本尊ふくもとたけるの背中に当たってしまった。

「ウェイ~福本までキンタマの餌食になってしまったー!」

「オエーーッ!」

「フクモトーー! お前までー!」


 福本は床に落ちたキンタマとみんなの顔を交互に見ながらどうしたらいいのかと戸惑っているような様子だった。


「さあ福本は誰に投げるのか~?」

「俺にやったらぶっころーす」

「早く拾えー!」


 皆に注目されるなか福本はぎこちなくゆっくりとキンタマを拾った。

 不安そうというか苦そうというか半笑いみたいな絶妙な表情で教室をゆっくり見渡すと、彼はゆっくりとぎこちなく歩きだした。

 

 教室のみんなも静かに見守る。


 福本は石川のところまでやってくると机の端にそっと置いて誰の顔も見ないようにぎこちなくきびすを返し、そーっと教室を出て行った。




「は?」

「なんだあいつ」

「ちぇ、つまんね」

「しらけたー」

 

「そういえば次の授業体育だぞ! 男子は今日プールだから早く更衣室に行って着替えないと!」

「そうだったすっかり忘れてた!」

「やべえ! 急ごうぜ!」

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