第2話 人生なんて楽勝
自分で言うのもなんだけど、小さい頃のオレは良くも悪くもとても素直で真面目で良い子だったと思う。
たまには反抗したり
なぜなら悪い子よりも良い子の方が良いに決まっているからだ。
絵本やアニメや映画の主人公はだいたいみんないい奴だし、悪い奴は成敗されるか罰が当たるかして最後には残念な事になる。だから良い奴になった方が良いに決まっているんだ。
世の中には良い人になるための知恵や教えがいたる所に溢れている。
誰かが言った『大人の言う事はちゃんと聞きなさい』、『目上の人は
正義のヒーローは言った『やめろっ! 弱い者いじめをするんじゃない! そんな事をしたらこの子がかわいそうだと思わないのか!』、『俺は困っている人達全員を救いたいんだ!』
ヒーローがまだ小さかった時、彼の父親が言った『泣くな男だろう。お前が母さんを守るんだ、いいな』
映画の中の悪役は『捕まって世間に恥をさらすくらいなら死んだほうがましだ』と言ってピストルで自分の頭を打ちぬいた。
絵本に書いてあった『良い事をしていれば君にもいつか必ず良い事がかえってくるよ』
ラジオからきこえてきた女の人の声は言った。『彼氏にするならやっぱり身長が高くて~イケメンで~お金持ちで~面白くて~優しい人がいいですねぇ~』
ゆうこ先生は言った『みんなで仲良く遊びましょう。遊具やおもちゃはおともだちと交代で使いましょう』
園長先生は言った『自分がやられて嫌な事は他の人にもやらないようにしましょうね』
おじいちゃんは言った『
おばあちゃんは言った『靴を脱いだら揃えて、次出る時に履きやすいように向きを変えて並べておくのよ』、『立春、居間のところでおじいちゃんがお腹を出して眠っているから。風邪ひかないように何かタオルケットでもかけてやって』
お母さんは言った『痛いっ! 人を噛むなっ!』、『クサッ! 立春あんた今おならしたでしょう? くっさ~い』、『汚いっ! ウンコをさわるなっ!』
小さい頃は周りの大人はみんな偉くて、みんな賢くて、みんな立派で凄いんだと思っていた。
だから大人たちの言う事をちゃんと聞いてその通りにしていれば立派な人間になれるのだと信じていた。
園では誰とでも分け隔てなくみんなにやさしくするように心がけていたし、おともだちの悪口や陰口も絶対に言わないようにしていたし。
ひとりぼっちで寂しそうにしているかわいそうな子がいたら積極的に話しかけにいって自然とみんなの輪に溶け込ませるようにしたり、ブロック遊びをしている時に後から来た奴にブロックを横取りされても文句も言わずに全部使わせてあげたり、お片付けの時間は誰よりも張り切ってさぼっている奴らの分も片づけてやったし、おもちゃの取り合いで殴り合い蹴りあいのケンカをしている子たちがいたら「ケガしたらあぶないよ、やめましょう!」と間に入ってやめさせて、泣き出した子には「大丈夫? 痛かった?」と背中をさすって慰めてあげた。
全部大人たちがそうしなさいと教えてくれたことだ。
実際、大人たちの教えをきいて実践しているだけでじいちゃんやばあちゃんには『立春は言う事をよく聞くしおりこうさんだなぁ』、『立春はいつもお手伝いしてえらいねぇ』って言われるし、保育園の先生達には『立春君はみんなにやさしくていい子だね』、『立春くんはおかたずけも頑張ってえらいね』って喜んで褒めてくれるし、園のおともだちも『たつはるくんってやさしいから好き』と言ってみんなが仲良くしてくれて人気者になれたし、人生なんて楽勝だと子供ながらに思っていた。
『たつはるくんいっしょにおうちごっこしましょう?』
『たつはるくんはハナのかれしなんだから~ダメ』
『ハナちゃんだけずるい!』
『そうだよずるい! みおはけっこんして奥さんになるもん』
『ずるくないよ! みおちゃんはかってにけっこんしたらダメだよ!』
『じゃあわたしもたつはるくんのかのじょになる』
『だめ~!』
『ヒュ~、たつはるおんなのこたちにモテモテだぁ~、ヒュ~ヒュ~!』
『たつはる、それよりおれたちとヒーローごっこしようぜ?』
『ダメ! たつはるくんはハナとあそぶの!』
『みおたちとおうちごっこするんだよ!』
『なんでハナちゃんたちがきめるんだよ』
『いこうぜたつはるー』
『ダメー!』
『ダメったらダメー!』
園児達に引っ張りだこで揉みくちゃにされながら、このまま全部順調に人生が進んでいくのだと思っていた……。
* * * * * *
ある日の保育園。
連日とても暑い日が続いていてその日は園庭で初めてのプール遊びが行われる事になっていた。
「今日はプールの日ですよー。みなさんちゃんと水着は持ってきましたかー?」
「「は~い!」」
先生の呼びかけに皆が元気よく返事をする。
「それじゃあお着換えしてお外に出ましょう~」
「「は~い!」」
オレはおともだちのカズくんとタケシくんにヒーロー戦隊の真似をして見せていた。
二人はお着替えの途中だったけど苦笑いしながらも見てくれていた。
そんなところへ肩からかけたビニールバッグを元気に弾ませてハナちゃんが駆け寄ってきた。
「たつはるくん、ハナといっしょにおきがえしましょう?」
「いいよ!」
オレはテレビで観たヒーローみたいにかっこよく変身する所をハナちゃんに見せてやろうと思った。
「フェザーアーマー強化フォームチェンジ!」
派手なアクションをきめ、素早く上着を脱いで「とうっ!」と天井に向かって放り投げた。
しかしハナちゃんは上着を脱ぐのに集中していてこっちをまったく見ていなかった。
それでも気にせず、オレはクルっと一回転して「ペレットスーパートルネードスラッシュ!」と必殺技名を勇ましく発してズボンとパンツを同時に掴んでシュッと脱ぎ取ると頭上でくるくるくるっと振り回して「セイヤァ!」と勢いよく床に叩きつけた。
カッコよくきまったぜと思ってハナちゃんの方をみると。
ハナちゃんは自分が脱いだ花柄のかわいい上着を床にひろげて一人黙々と丁寧に畳んでいた。
全然注目してれないハナちゃんにちょっと寂しさを覚えたオレは、なんとかして気を引かせようとハナちゃんに背を向けておしりを突き出すようにして。
「おしりプリプリ~♪ おしりプリプリ~♪」とおケツをペチペチとたたきながら腰を振って見せてやった。
その時だ。
「キヤアアアアアアー!!」
突然背後で甲高い悲鳴が聞こえたのでびっくりした。
肩越しに振り返ってみたらハナちゃんが腰を抜かして震えていた。
恐怖で涙目になったハナちゃんの視線はオレのおしりに釘付けになっていた。
正確に言うとオレのおしりの割れ目の上辺りについている子犬のようなくるんとしたしっぽにだ。
試しにしっぽをフリフリ動かしてみると「ひえええええええ!」っと声が出ないほどに顔を真っ青にして縮みあがるハナちゃん。
思っていた以上の反応にびっくりしたぼくはすぐに体の向きを変えてハナちゃんからしっぽが見えないようにした。
「いやだぁぁぁ~! こわいぃぃぃ~! たつはるくんが犬になってるうぅぅ~! うわぁぁぁぁ~ん!」
ハナちゃんのでかい悲鳴は保育園中に響き渡り、オレ達の周りはあっという間に園児達で埋め尽くされてしまった。
「どうしたの?」
「ハナちゃんだいじょうぶ?」
「たつはるくんがいぬになってる?」
「わあ!? なんだあれー!」
「見て! たつはるくんのおしりになにかついてるー!」
「ほんとだ!」
「なにかな?」
「しっぽじゃない?」
「なんで?」
「ほんとだ! いぬのしっぽみたい」
「ようかいいぬにんげんだぁー!」
「キャアー!」
「人間じゃないの?」
「犬になっちゃうの?」
「いぬおばけ~」
「こわい~」
「なにあれ……」
「へんだね」
「いやだ~」
「ちょっときもちわるい」
「チンチンちっちゃ」
ふざけて笑う男子に、恐怖に涙する女子。
「立春くん、これで隠して」
騒ぎに気付いたゆうこ先生が駆けつけてきてバスタオルで巻いてくれた。
「みなさん静かにしてー! しーっ! 静かにー! みんな落ち着いてくださーい! しーっ! 立春くんについているしっぽは生まれつきのもであって別に何にもおかしい事ではありません。世の中にはいろんな人がいるんです。だから大丈夫だよ~。落ち着いて~。みなさんお外へ出てプール遊びをしましょう~!」
ゆうこ先生が必死に呼びかけるも騒ぎは中々収まらなかった。
オレには何が起こっているのかわからなかった。
驚きと混乱と不安と罪悪感でどうしたらいいのかわからずただただ視線を泳がせて突っ立っている事しか出来なかった。
ふと、母さんやおばあちゃんが良く言っていた言葉が頭に響いた気がした。
お風呂上りに裸のまま走り回っていた時とかふざけて服を脱いでいた時によく言われた言葉だ。
『こら、はやく服を着なさいっ』
『大事なところは隠してっ』
『脱ぐなっ!』
『みられたら恥ずかしいよ? みんなに笑われちゃうよ? いいの?』
言う事を守らなかったからこんな事になったんだと思った。
その後の事はよく覚えていない。
その日以来、みんなのオレに対する態度は徐々に変わっていった。
女の子達はよそよそしくなってあまり近づいてこなくなったし、ハナちゃんは新しい彼氏候補のかずまくんとラブラブになったし、やんちゃな男子どもにはよく
『たつはるにさわるといぬになるぞ!』
『うわあ~』
『こぇぇ~!』
『にげろ~!』
『いぬかいじんめ! よくもあらわれたな!』
『ウイングバリアぜんほういてんかい! もうこれでさわられてもだいじょうぶだぞ!』
『ダメだよ~。こんなこと言ったらたつはるくんがかわいそうだよ~』
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