第30話 市場が見つからない……



 駐車場を出ると、まわりは似たような脆弱ぜいじゃくな建物にかこまれていた。建物と建物をアリの巣みたいに細い通路がつないでる。見通し悪いな。


「九尾、どっちが市場なんだ?」

「さてのう。わらわもゴモラへ参るのは初めてゆえ」


 えっ? そんな? 期待してたのに。


「誰か知らないか?」


 誰も答えてくれない。

 それもそうか。ここに来たら、みんな捕まって売られてしまうんだもんな。あえて近づくバカはいないか。


 ウロウロしてるうちに、変な場所に迷いこんでしまった。外塀なんじゃないかな? 背の高い塀にそって、地面より数段高くなった石垣みたいなもんがある。その上を歩いていくと、大岩があり、ドアがついてた。


 なんだ、ここ?

 あけますよう?


 ドアノブに手をかける。まわった。鍵はかかってない。

 そぉっとあけると、せまい四畳半くらいの土間がある。変な魔法の実験室みたいな部屋だ。ゴチャゴチャといろんなものが置かれてる。でも、人影はない。


 どう見ても市場じゃないな。まちがえた。

 このさきは岩壁にかこまれて行き止まりだ。もとの道をひきかえさないと。途中で二又になったとこ、逆だったかな。


 おれがドアを閉めようとしたときだ。奥のほうで人の声が聞こえた。よく見ると、物陰にもう一つドアがある。


「そうか。マークが来たか。では私も会いに行こう。アリョーシャは?」

「何やら征服後の処理中なので、今回は見あわせると。ですが、レジェンドがいればとっておいてくれとメッセージが届いております」

「あいかわらずだな。アイツは。よく飽きないものだ。アイツのおかげで私もラクしていられるわけだから、せいぜい強い女を集めてやらなければな」


 奥のドアがあいて、男が出てきた。秘書っぽいスーツ姿の女の子をつれてる。女の子はもちろん、沙織なんだけど。


 暗いから男の顔はよく見えない。けど、背、高いなぁ。百八十はあるな。それになんとなく、体つきが日本人ぽくない。腰の位置が高ぇよ。足長かよ。クソ。


 おれは急いで胸ボタン押した。いや、ボタンはない。ないけど、なんとなく。


 二人のステータスが見えた。

 男は……まちがいない。ゴモラだ。ネームのとこに、ゴモラの支配者って書いてある。これって、もしかして、ゲーム上のユーザー名みたいに自分でいじれるのかな? ゴモラの支配者って、あきらかに本名じゃない。小山内も尾張信長、名乗ってるもんな。


 ゴモラの支配者はレベル32。ああ、けっこう強いな。全部で四十二人のホールダー持ってるのか。有沢と同じくらい? いや、でも、意外と数値はレベルほど高くないぞ? 変だな。有沢なんか筋力値、万の位だったのに、こいつは四桁だ。それも二千弱だから、おれとそんなに変わんない。


 あっ、なんでかわかった。

 補正値が低いんだ。秘書沙織の数値じたいは高い。たぶん、あの子レジェンド。なのに、二人のシンクロ度が——10? 10だな。つまり、初期値だ。えっ? あの美少女と一回もナニしてないの? なんで? おれなんか、速攻つきまくったけど?


 まあいいや。もしかして、コイツだけなら、おれ、勝てんじゃねぇの?

 あっ、いや、ダメだ。もしもってことがある。おれが今、負けたら、水城と魔魅を助けに行けない。二人を助けだすのが先決だ。


 ゴモラがこっちに来る。

 しかたないんで、おれは岩陰に隠れた。よかった。みんなが隠れるだけのスペースがある。


 しばらくすると、ゴモラと秘書沙織が通路に出てくる。ドアの近くに街灯があるんで、ゴモラの顔が見えた。


 ウッ! な、なんだよ!

 めちゃくちゃイイ男じゃんか! 褐色の髪にグリーンの瞳。CGみたいな美青年。西洋人の肌色、顔立ちなんだけど、日本語バッチリ話してたよな。それに純粋な外国人にしては骨格がちょい細いかな。ハーフなんだろうか? なんか少女マンガの美形ヒーローみたい。


「マスター。お待ちください」


 秘書沙織がゴモラの腕に手をかけようとしたときだ。ゴモラは不快そうな顔をしてふりはらった。


「私にさわるな」

「申しわけありません……」


 うん? ピンと来た。コイツ、もしかして? 超絶潔癖症。あるいは……。


 おれが考えてるまに、二人は通路を歩いていく。


「玲音。見失うぞよ」

「あっ、ごめん。ごめん」


 そうだった。あいつら、市場に行くみたいだもんな。あとをつけて案内してもらおう。


 ゴモラはまさか都市のなかに侵入者があるなんて思いもしないんだろう。まったくうしろ見ない。おれたちの尾行に気づくふうはなかった。


 あるていどの距離を置いて、おれたちはゴモラをつけた。


 迷路のような細い廊下を複雑に折れまがりながら進んでいくと、やがて、とつぜんひらけた場所が前方に見えた。人のざわめきが聞こえる。市場だ。いよいよ、奴隷市場にやってきた。

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